知名度や企業規模に勝る競合に負けない採用を実現すべく、SHIFTの人事部員は奮闘した。前回の記事(SHIFT人事部奮闘す(1)事業部の壁を越えろ、採用巧者への道程)でも見てきたように、優秀な人材を確保する上で課題になっていたのが、人事部門と事業部門との間にある壁だった。そこで中途採用を担ってきた古澤美月人事部長は自らの役割を再定義し、事業部に乗り込んでいく。SHIFTの採用巧者への道を『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』(飯山辰之介著、日経BP)から一部抜粋してお届けする。

事業部門の状況や計画を深く理解できなければ、競争力のある採用はできない、そう考えた事業人事部の古澤美月部長は垣根を越えるべく動き出した。
事業部長と相対し、「事業計画の立案から入りたい。せめて計画や目標などを共有してほしい」と頼んだ。それでもなかなか色よい返事はもらえない。情報を渡すメリットが見えなかったからだ。せめて事業部の会議に同席させてもらえたらと頼み込んだが、メンバーに加えてもらうのも一苦労。参加するはずの会議に呼ばれないこともしょっちゅうだった。
一緒に仕事をして雰囲気を変えた
悩む古澤部長がたどり着いたのが、人事業界の一部で話題になっていたHRBP(人事ビジネスパートナー)だった。事業部門に寄り添い、経営目標の実現に必要な人材戦略の立案・実行を担う。「ある日突然、HRBPと名乗り始めた。『採用担当』では事業部門には入り込めない。だから名称から変えた」(古澤部長)。
さらに多忙な業務をうまくやりくりして時間をつくり、事業部門の仕事を自ら経験した。部員と一緒になって営業に行ったり、見積書を作らせてもらったりしたという。全部門の事業部長を毎週訪問し、採用した人材の状況や人事の困りごとなども聞いて回った。
間近で同じ仕事している古澤部長の姿を見て、事業部門側が胸襟を開き始める。今置かれている状況や今期の事業目標、人材に関する課題など、詳細な情報を共有してくれるようになったのだ。「距離が近くなれば、検討している新しいサービスや取り組み、体制の変更などについて相談してもらえる。誰にどんな仕事を任せるべきかといった相談も持ち掛けられるようになった」(古澤部長)
ただし情報をもらうだけでは盤石な信頼関係はつくれない。「人事側から情報提供することも重要だ」(同)。足元の人材市場はどういう状況なのか、どんな人材をどれくらい確保できるのか、あるいは現状では確保が難しいのか。抱えている情報をなるべく細かく、定期的に報告した。

「数字で語る人事」が壁を低くする
「事業部門が人事部門を信用しないのは、人事側にも原因がある」(同)。事業部門側から見れば採用の実態はブラックボックスに近いのに、人事部門は情報を出したがらない。だから「あいつらはいい人材を送り込んでこない」とか「やる気がない」といった不満がたまる。
仮に採用がうまくいっていないとしても、その背景、たとえば競合とバッティングしているとか、そもそも求める人材が市場にはいないといった事情を共有できれば、人事部門と事業部門はチームになれる。「ではどうすればいいか」と一緒になって課題解決に取り組むことができる。
もっとも、人事部門の情報共有が進まないのには理由もある。人事が扱う情報の多くは個人のプライバシーに関わる。コントロールは難しい。また1章でも触れたように、人事は施策の意義や効果、価値について、どちらかというと定性的に語ってきた。だから数字で語る事業部門とは話がかみ合いにくい。ただ共通言語がなければ、競争力のある人材戦略は実現しない。
「うちの人事はデータを重視し、数字で語る組織文化が定着していた。これは幸いだったと思う」と古澤部長は振り返る。
(続く)
[日経ビジネス電子版 2026年2月5日付の記事を転載]
飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)
