前回ではSHIFTで際立った成果を上げた営業のエースをあえて配置転換したエピソードを紹介した(参照:SHIFT流の営業改革 「優秀だからこそ外す」人材の生かし方)。今回はその背景やSHIFTが取り組む営業改革の一端を、『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』(飯山辰之介著、日経BP)から抜粋・編集してお届けする。

(写真=菊池 くらげ)
(写真=菊池 くらげ)

 SHIFTでエンタープライズ領域(金融や流通などの大手企業を中心とする領域、ここではエンタメやネット通販などは含めない)の営業を切り開いてきた佐藤章太朗氏を、丹下大社長はバッサリ“切った”。なぜか。

 改めて営業開拓の立役者になった佐藤氏に注目してみよう。彼はSHIFTがこれまでも人材の採用で着目してきた、「埋もれた人材」の一人だったと言える。

 佐藤氏が就職活動を始めたのは世界金融危機の最中だった。企業は採用を急激に絞り込み、佐藤氏も「思い通りの就職活動はできなかった」と振り返る。挑戦できる環境を求めて富士通からセールスフォースに転職したが、納得のいく働き方はできず、再度の転職を決意する。

「100を1000にするのは私じゃなかった」

 SHIFTに行くと決めた際は、「テスト業務なんて末端の仕事をやっている下請けの会社に、なぜわざわざ行くの?」と周囲から引き留められたという。ただ「業界を変える」というホラにも映る丹下社長の理想に、佐藤氏はどうしようもなく引かれた。

 丹下社長の「使徒」を自任し、目覚ましい成果を上げていく佐藤氏。だが丹下社長はエンタープライズ領域から、彼をすげなく外した。佐藤氏に依存する営業は持続的ではないと判断したからだ。

 その営業スタイルは実に面白いが、いわば職人的で、佐藤氏の体験してきたことと、丹下社長への心酔に裏打ちされている。これは容易には仕組み化できない。急にやり方だけ教わって、同じ言葉をクライアントに言っても薄っぺらで響かないだろう。いうなれば佐藤氏の営業は、効果絶大だが分解・複製が極めて難しい「ブラックボックス」だった。

 加えて、SHIFTが注力してきたエンタープライズ領域の開拓は一巡しつつあった。次に求められるのは「面の拡大」だ。大手を少数精鋭で狙うばかりではなく、中小を含めた多くの企業に営業をかけて顧客層を広げていく必要があった。そのためには営業を仕組み化し、量を追えるスタイルを確立する必要がある。そこで丹下社長らは「人的資本の最適配置」に踏み込んだのだ。

 「私は10を100にした。だが100を1000にするのは『お前ではない』という判断だったと思います。ショックではありました。でも、このダイナミックな動きこそSHIFTなんです」(佐藤氏)

「飛信隊」は新たな前線へ

 佐藤氏の異動によって、SHIFTの営業は新たな局面を迎えることになった。この話に入る前に、佐藤氏のその後について見てみよう。今、彼が任されているのは、SHIFTが独自開発したSaaS(インターネット経由で提供されるサービス)の管理ツール「ワスレナイ」の新規顧客の開拓だ。

 ビジネスチャットツールや顧客管理ツールなど、近年はあらゆるサービスがクラウド経由になりつつある。「必要だから」と次々と導入していくと、今度は管理が難しくなる。実際に利用されている以上のアカウント数を確保していて、無駄な料金を払っていることも珍しくない。

 そこで最近はSaaSをうまく管理できるサービスの需要が高まっている。ワスレナイはその一つだ。佐藤氏は市場シェアでトップを走る事業にワスレナイを成長させた。さらに25年にはAIモダナイゼーション統括部という部署の副統括部長も兼務した。システム開発に人工知能(AI)エージェントを導入していく事業だ。双方ともSHIFTの成長戦略では極めて重要な役割を果たす。

 佐藤氏は新領域の開拓の前線に常に立たされ続けている。それが、丹下社長が考える「彼という人的資本をもっとも生かす配置」ということだ。「キングダムって漫画、知ってますか。『お前は飛信隊だ』なんて呼ばれてます」と佐藤氏は言う。飛信隊とは漫画キングダムで主人公が隊長を務める歩兵中心の精鋭部隊だ。常に激戦地に投入され、過酷なミッションを担う。

キーエンスがやって来た

 SHIFTの話に戻ろう。佐藤氏がエンタープライズ領域の営業を外れるタイミングでやって来たのが、キーエンス元社長の佐々木道夫氏(現SHIFT会長)だった。2018年に社外取締役として参画し、20年に営業強化を請われ副社長に就任している。

 キーエンスは圧倒的な営業力で知られる。1日5〜10件のアポを詰め込むのが当たり前とされ、さらに営業を高い水準で仕組み化している。そのノウハウを導入すれば、新規開拓の件数を大幅に伸ばせると踏んだ。

 「キーエンスと同じことをしても、キーエンスにはなれない」という指摘がある。同社の強みを分析した書籍『キーエンス解剖』(弊社刊)によれば、「キーエンスの経営の本質は、適切な目標設定と徹底的な可視化、それに基づく高頻度の改善をあらゆる場面で実行するところにある」という。

 書籍を読む限り、SHIFTはどちらかと言うと、キーエンスよりウエットな部分があるように思う。ウエットな部分を突き詰めていこうとしている、と言ったほうがより正確か。一方で、適切な目標設定とか徹底的な可視化など、キーエンスに通じる部分も多い。佐々木会長も「SHIFTとキーエンスとは共通点が多い」と話している。

 「ただし」とも佐々木氏は言う。「私が(SHIFTに)来たばかりの頃はまだ営業部員の数は少なく、営業活動の量も足りていなかった」。ニーズはたくさんあるのに、取り切れていないと見た。そこで、かつてキーエンス時代にボードメンバーとして一緒に働いてきた木村剛氏(現SHIFT執行役員)など、同社の営業スタイルを熟知する出身者も招き入れながら営業改革に取り組んだ。

 その施策は奏功し、顧客の裾野は急拡大していく。月間取引顧客数は20年5~8月期の366社(単体)から、足元では961社(同)にまで拡大している。営業にたけたキーエンスのノウハウを注入することで、実際にSHIFTは多くの企業に食い込んでいくことに成功したと言える。

 佐藤氏らが大手企業との取引に道を開き、そして佐々木氏や木村氏らキーエンス出身者が取引の裾野を拡大した。ピラミッドで考えると、佐藤氏の職人技によって三角形の頂点が引き上げられ、キーエンスの手法により三角形の面積が広がった、そんなイメージだ。

 ただし改革の歩みは止まらない。SHIFTとキーエンスとでは事業モデルが違う。そこで足元では属人的な営業でもなく、他社のスタイルをまねるでもない「ネオ・シフト流」ともいえるスタイルの確立に、人事部門やエンジニア部門も巻き込む形で取り組んでいる。

日経ビジネス電子版 2025年12月18日付の記事を転載]

IT企業でありながら「元警察官だろうがキャバクラだろうが引きこもりだろうが、前職を問わない」採用、「トップガン」と呼ばれる社員の隠れた能力を引き出す仕組み、急成長した社員が稼げば「前年比で600万円の昇給」が当たり前に行われる風土。これらが「上場10年で売上高50倍」という驚異的な数字に結実した。人の能力をとことん引き出し、企業の成長につなげる。丹下社長ら経営陣、そして現場への密着取材で、SHIFTの「究極の人的資本経営」を徹底解剖する。

飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)