『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』(飯山辰之介著、日経BP)はIT企業SHIFTの人材戦略に着目し、その仕組みや狙いを詳らかにしている。ただし人材戦略は経営戦略や事業戦略と緻密に連動して初めて威力を発揮する。そこで今回は同社の営業改革ついて触れたパートから一部を抜粋し、同社の人材への姿勢や生かし方に迫ってみよう。

(写真=starmix/stock.adobe.com)
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 「俺はエースだと思っていたのに、何で外すんだ……」。SHIFTでエンタープライズ領域(金融や流通などの大手企業を中心とする領域、ここではエンタメやネット通販などは含めない)の営業を切り開いてきた佐藤章太朗氏は、丹下大社長の決定にショックを受けていた。2018年ごろのことだ。

 「今の営業スタイルは佐藤依存になっている。お前が優秀なのはめちゃくちゃ分かる。でもこのままじゃ多分伸びない」。丹下社長は佐藤氏にこう告げ、配置転換すると話した。「まさに『バッサリ』ですよ。人情も何もあったもんじゃない」。佐藤氏はこう振り返る。

 ただし、その顔に悲壮感はない。むしろ誇らしげにこう続ける。「でもね、ここが丹下のすごいところだと僕は思うんですよ。成果を出してきた人間に、普通、そんなこと言えます?」

山のように積まれた名刺

 佐藤氏は富士通とセールスフォースの営業を経て、15年にSHIFTに入社した。同社が上場した翌年のことだ。当時の売上高は33億円程度だったが、3年後の18年には128億円に拡大している。佐藤氏は功労者の一人。エンタープライズ領域の営業を開拓し、SHIFTの躍進を支えた。

 SHIFTは当初、ゲームなどをはじめとするエンターテインメント領域やネット通販領域などを中心としたテスト事業で成長してきた。その足取りは確かで、上場も果たした。ただし安穏とはしていられない。もう一段の成長を実現するには、金融に製造、それに小売業界など、まだ十分には入り込めていないエンタープライズ領域の大手企業を開拓する必要があった。

 ただし、こうした領域の大手から見ればSHIFTはまだまだスタートアップ。縁もゆかりもないスタートアップが大手に入り込むハードルは低くはない。事業責任者の連絡先を把握するのも一苦労。アポイントを取り付けたところで、まともに取り合ってはもらえないことだってある。

 では、佐藤氏はどうやって狭き門をこじ開けていったのか。

 「実はSHIFTのオフィスには大手企業のキーパーソンの名刺が山のように積まれていた。これは幸いだったと思う」と佐藤氏は振り返る。どこで集めてきたのか。

 名刺収集に格好の場があった。企業が集まる展示会だ。当時の展示会でSHIFTはいい意味でも、悪い意味でも、ちょっと知られた存在だった。お酒を配って回ってみたり、あらゆる出展者のブースに名刺交換に行ってみたり、とにかく目立つためなら何でもやっていた。展示会には企業の重役クラスがちょこちょこ顔を出す。これを見逃さず、すかさずアプローチして名刺をゲットしてきたという。

 余談だが、佐藤氏は「今も展示会はエンタープライズ領域のリード(見込み顧客)を確保する格好の場所」と話している。特に狙い目は金曜の夕方だそうだ。出展企業のキーパーソンが、比較的リラックスした状態で展示会に顔を出すのだという。

 話を戻そう。名刺はあった。だが有効活用はされず、段ボールに詰め込まれていた。「いきなり大手企業の偉い人にテレアポするなんて失礼だ」。そんな遠慮――というより「(新興企業の)うちが電話しても取り次いでもらえるどころか、失礼だと怒られるのでは」という萎縮があるからだろう。

 だが佐藤氏は躊躇(ちゅうちょ)しなかった。名刺に記された番号をプッシュし、営業電話をかけまくったのだ。富士通では大手自動車メーカーを担当し、セールスフォースでは新規開拓をゴリゴリとやってきた。大手にいたからこそ、余計な遠慮がなかったのかもしれない。「けんもほろろに(電話を)切られると思うでしょ。それがね、意外と会ってくれるものなんですよ」(同)

「使徒」の営業スタイルはマネできない

 アポは取れた。次の勝負は商談だ。佐藤氏の営業スタイルは独特だった。「自動車業界では500万円(の原価が)あれば素晴らしい車を造ることができますよね。ITはどうでしょうか。500万円支払ったところで何もできません」「小売業では100円を稼ぐために大変な苦労をしています。それを我々は溶かしているのが現状なんです」といったふうに「いかにIT業界に課題が多いか」と、自らの業界の問題点をあけっぴろげに話すところから入った。

 そして丹下社長の思いを語った。プロセス・テクノロジーや標準化、自動化の話、それに業界を変えたいという理念を熱っぽく伝えた。

 このスタイルは顧客の心をつかんだ。そもそも日本の大手ITサービス企業は新規営業をほぼしない。既に取引関係が構築されているから、この関係を維持することが営業の主な仕事となる。外資系大手は自社がいかにグローバルで確固たる地位を築いているかアピールしがち。スタートアップは自社のサービスを売り込むのに必死だ。そんな営業の在り方に慣れていた顧客からすると、佐藤氏の営業は新鮮で、真摯なものに映ったのだろう。

 もちろん佐藤氏は口から出まかせの営業をしていたわけではない。丹下社長にほれ込み、その理念を共有していた。「キリスト教でいえば、自分は(イエスの教えを広める使命を帯びた)使徒のようなもの」だと佐藤氏は話す。

 「使徒」の努力は実を結び、SHIFTは次々にエンタープライズ領域の有力顧客を獲得していった。その数は300社に上る。「日本を代表する、ほぼ全ての企業と取引できるようになった」(佐藤氏)。その功績が高く評価され、佐藤氏は社長賞を受賞。 貢献度合いでは自他共に認めるナンバーワンとなった。そんな佐藤氏を丹下社長はバッサリ“切った”。(続く)

日経ビジネス電子版 2025年12月11日付の記事を転載]

IT企業でありながら「元警察官だろうがキャバクラだろうが引きこもりだろうが、前職を問わない」採用、「トップガン」と呼ばれる社員の隠れた能力を引き出す仕組み、急成長した社員が稼げば「前年比で600万円の昇給」が当たり前に行われる風土。これらが「上場10年で売上高50倍」という驚異的な数字に結実した。人の能力をとことん引き出し、企業の成長につなげる。丹下社長ら経営陣、そして現場への密着取材で、SHIFTの「究極の人的資本経営」を徹底解剖する。

飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)