現代の閉塞感を突破していくには、従来の延長線上ではない既存の常識を超えた発想、つまり「妄想力」が欠かせない。歴史を振り返っても、時代を変え、動かしてきたのは、ポジティブな「妄想力」にあふれた偉人たちだ。ポッドキャストの人気歴史番組「COTEN RADIO(コテンラジオ)」を手がけ『 歴史思考 』(ダイヤモンド社)の著者でもある深井龍之介氏と、『 妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術 』の著者、田中安人氏が、歴史に学ぶ妄想力の生かし方について対談した。

「既成概念にとらわれない妄想力」が今こそ必要

田中安人氏(以下、田中):現代のように、先行きが不透明で将来の予測が困難な状態のときは、過去の延長線上で物事を考えてもなかなか予想通りにはならないし、世の中にインパクトも与えられません。だからこそ、ビジネスパーソンには従来の常識や既成概念を飛び越えた「妄想力」が必要だと僕は提唱しています。深井さんの『歴史思考』を読むと、歴史を学ぶと、従来の常識や当たり前と思っていたことが実はそうではないことに気づかされると同時に、私たちが抱えている様々な悩みの解決にもよく効くと書いてあります。常識を超えるという点で、妄想力と歴史を学ぶことは似ていますね。

深井龍之介氏(以下、深井):僕も田中さんの本を読んで、共通項がたくさんあると感じました。重要なのは、想像の外側の部分なんです。従来の当たり前の中で思考しても越えられない領域があり、そこを突破するには「あったらいいな」を妄想することが必要だと田中さんの本に書いてありましたが、本当にその通りです。『歴史思考』にも書きましたが、そういう妄想力が世界史を動かしているので、特に今の時代にはすごく重要だなと思いながら読ませていただきました。

 今の日本には、政治や経済などで停滞感がすごくあります。歴史の中では、決められたことをちゃんとやらなければならない時期もありますが、今はそういう時代ではありません。いろんなものが停滞し、止まってしまっている。そこを突破するには、「既成概念にとらわれない妄想力」が必要だと僕も思っています。

深井龍之介(ふかい・りゅうのすけ)氏<br>1985年、島根県生まれ。九州大学文学部社会学研究室を卒業後、大手電機メーカーの経営企画部門に配属。2011年に独立後は、複数のスタートアップ・ベンチャー企業の経営に参画し、16年にCOTENを設立。世界史データベースを開発中。著書に『歴史思考』(ダイヤモンド社)がある。
深井龍之介(ふかい・りゅうのすけ)氏
1985年、島根県生まれ。九州大学文学部社会学研究室を卒業後、大手電機メーカーの経営企画部門に配属。2011年に独立後は、複数のスタートアップ・ベンチャー企業の経営に参画し、16年にCOTENを設立。世界史データベースを開発中。著書に『歴史思考』(ダイヤモンド社)がある。
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田中:過去の歴史の中で、こういう時代はあったんですか。

深井:厳密に同じような条件がそろっている時代はないのですが、ある側面において近い時代はあります。よく指摘されているのは、第1次世界大戦前の状況との類似点です。今、米国一強の状態が揺らいでいますが、第1次世界大戦前も、英国一強の状況から群雄割拠になっていきました。一般の人たちの閉塞感や「希望が持てない状況」という側面で見ると、平安時代の末期から鎌倉時代初期、浄土宗や浄土真宗、日蓮宗などの鎌倉仏教が出始めたころも、そんな感覚があったのだろうなと思います。スポットを当てる側面によってはほかにも似た時代があります。

妄想力が卓越していた歴史上の偉人は誰?

田中:歴史上の人物で、妄想力がずば抜けていたのは誰ですか?

深井:いっぱいいます。例えば、古代ギリシャのアレクサンドロス大王は妄想力が卓越して高かったと思います。当時、ギリシャ人にとって、インドや中国があることぐらいまでは分かっていましたが、世界の全貌が見えていない中でインドまで東方遠征して、「世界を統一してやろう」という野望を抱くなんて、すごい妄想力だなと。当時、そんなことを思いついたのは彼ぐらいです。

田中:今の時代でいえば、「火星まで統一してやるぞ」という感じですかね。

田中安人(たなか・やすひと)氏<br>グリッドCEO、吉野家CMO(最高マーケティング責任者)。1965年京都市生まれ。89年大学卒業後、八百半デパート(後にヤオハンジャパンに社名変更)に入社。広告制作会社を経て、2002年に広告代理店を起業。10年マーケティング関連のコンサルティングを手がけるグリッドを設立。17年吉野家CMOに就任。HR(人事)、IR、経営戦略、海外戦略、マーケティング、スポーツマーケティング、ベンチャー投資、アドバタイジング・エージェンシーなどでの幅広い経験から、多くの企業のアドバイザーを歴任する。
田中安人(たなか・やすひと)氏
グリッドCEO、吉野家CMO(最高マーケティング責任者)。1965年京都市生まれ。89年大学卒業後、八百半デパート(後にヤオハンジャパンに社名変更)に入社。広告制作会社を経て、2002年に広告代理店を起業。10年マーケティング関連のコンサルティングを手がけるグリッドを設立。17年吉野家CMOに就任。HR(人事)、IR、経営戦略、海外戦略、マーケティング、スポーツマーケティング、ベンチャー投資、アドバタイジング・エージェンシーなどでの幅広い経験から、多くの企業のアドバイザーを歴任する。
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深井:本当にそんな感覚ですよね。誰も思いつかないし、妄想するだけでなく実行してしまっている。秦の始皇帝も妄想力がすごい。当時、中国を統一するのはヨーロッパを統一するのと感覚は変わらないので、普通は思いつかないじゃないですか。今、ヨーロッパを一つの国にしようとは多分誰も思っていませんが、それを思いついて実行しているというのはすごい妄想力ですよね。

 ジャン=ジャック・ルソーの妄想力もずば抜けています。彼は人民主権、つまり政治の主権は人民にあるという考え方を提唱し、現代の国民主権のもとになりました。民衆が自分たちで統治することを考えたわけですけれど、当時、そうした考えは、概念としては存在していましたが、識字率が低く教育も受けていない民衆が、自分たちを自分たちで統治できるわけがないと思われていた。それを、こうしたらできるのではないかと考えたのはすごい妄想力です。

田中:妄想力で重要なのは「だったらいいな」を頭の中で妄想するだけでなく、それを言語化して発信し、仲間を集めて、実現に向けて動くことです。こうした偉人たちも、実際に妄想を行動に移しているところがすごいところですよね。

深井:それに関連してなのですが、歴史を勉強していると「時代の流れ」を強く感じることがよくあります。ルソーは時代よりも早すぎた人で、彼が生きている間はあまり支持されなかったのですが、亡くなった後に信奉する人がたくさん出てきて、大きな影響力を持つようになった。

 一方、生きている間に、妄想力を生かして時代を引っ張っていった人の代表例は、オットー・フォン・ビスマルクではないでしょうか。彼は大きな歴史の流れには逆らわないけれど、自らのビジョンを持っていて譲らないところもある。つまり、妥協するところと譲らないところのバランス感覚が絶妙なんです。それで、いろんな人を巻き込んで協力させることに成功している。

 当時、ドイツという国はなく、プロイセン王国やオーストリア、バイエルンなどに分かれていて、ビスマルクはこれらをドイツという国にまとめたかった。これも妄想の世界ですよね。存在しないわけだから。

 一方で、彼は超保守派だったので国王を大変尊重していて、民主主義や国民主義、自由主義には反対でした。けれども、時代の流れは自由主義で、ビジネスを自由にしたいとか、投票や議会をもっと自由にしていきたいとか、そういう動きが出てきていた。ちょうど、「今の時代の当たり前」が出始めたころですね。それを見てビスマルクは、君主制は諦めないけれど、議会政治になることは譲っている。彼の思想的立場から考えると、議会政治も嫌なはずですよ。

 けれども彼は、歴史の大きな流れを見て、「自分のビジョンを是が非でも達成したいから、その大きい流れをビジョン実現のために使います」という感覚を持っていたんです。世の中は全部、自分の思い通りにはできないけれど、大きな流れを見て、それをうまく活用して自分のビジョンに近づけていくやり方をしていた。だからこそ、政治的心情が全く違う人も含め、いろんな人を巻き込むことができた。その結果、ドイツ帝国の初代宰相となり、皇帝のもとで様々なドイツ近代化改革を実行できたんです。

たいていのことは先人たちが考えつくしている

田中:これまで地球上に存在した人の数は1000億人以上で、僕たちが思いつくようなことはほとんど、誰か偉い人がすでに考え抜いていると、深井さんは主張されていますね。

深井:そうなんです。僕たちが想像できる範囲内のことは考えつくされていて、人類史上初の発想であることはほとんどない。誰かが少なくとも1回は考えているんですよ。だから、歴史でそれを勉強してから、自分の妄想力をブラッシュアップするという使い方が、僕が最もお勧めしている歴史の使い方です。

 アリストテレスなんて2300年以上前の人なのに、彼の思考のレベルに到達できないことがざらにあります。過去には、信じられないくらいの天才が何人もいる。彼らが考えたことを踏まえられるのは、現代人の特権であり、これを使わないのはものすごくもったいない。

 僕たちが悩んだり考えたりしていることは、すでに過去の人がより深く考えているので、それを知ってから自分で考えるほうが生産的です。我々人間は、過去に考えられたものよりも低いレベルのことを思いついて、繰り返し実行しかねないですから。

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意思決定の重要なヒントをくれる歴史データベースを開発中

田中:それは絶対に避けたいです。だから、深井さんは、歴史を活用できるように、世界史データベースを開発しているんですね。

深井:はい。政治や経営の場で決断に悩んでいるとき、過去の歴史をさかのぼって同じような状況を検索して探し出し、ChatGPTなどのAIにパターン分析をさせると、例えば五つくらいのパターンが出てきて、それを意思決定の参考にしてもらえるようにしたいと考えています。

田中:データベースの完成はいつくらいですか?

深井:2025年にベータ版が出来上がり、5年後くらいに、意思決定の支援に使えるようにしたいです。

田中:歴史はそのまま経営のマネジメントに使えますね。答えは歴史の中にある、ということですかね。

深井:ここがちょっと難しいところで、多くの人は答えを探そうとするじゃないですか。でも、歴史の中に答えはあまりなくて、常にヒントがあるという感覚です。

 最前線で活躍しているビジネスパーソンは全員そうだと思うんですけれど、誰も答えを教えてくれないですし、情報が足りている中で決断できることはまずない。情報が全然足りないけれど、決めて動かなければならない。これが、ビジネスで決断する人たちの基本だと思うんですよね。彼らにはヒントだけでもすごく役に立つ。それは自分で普段から深く考えているからです。

 考え抜いても分からないとなったとき、歴史は重要なヒントになります。ただ、難しいのは、歴史についての書物は、こうしたヒントを得やすいようには書かれていないんですよ。だから、その壁を乗り越えられるように、歴史データベースの作成に取り組んでいます。

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取材・文/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 写真/鈴木愛子

今、企業に求められているのは、「世の中の課題」を解決して利益を上げ、成長していくこと。けれども、そもそも課題とは、専門家たちでも解決できないから、そこに積み残されているものです。解決するには、斬新で強力な発想、つまり「妄想力」が欠かせません。ただ、多くの人は、社会や組織に適応し、常識・慣習やルールが染みついていくにつれて、その力が封じ込まれてしまっています。本書は、その封印された妄想力を解き放つべく、著者のユニークな実例を基に指南します。

田中安人(著)、日経BP、1870円(税込み)