現代の閉塞感を突破していくには、従来の延長線上ではない既存の常識を超えた発想、つまり「妄想力」が欠かせない──。吉野家CMO(最高マーケティング責任者)の田中安人氏は、妄想力を原動力に、社会に強烈なインパクトを残す数々のマーケティング戦略を展開してきた。同氏の最新刊『 妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術 』の抜粋から、妄想力を仕事に生かすヒントを紹介する。今回は「妄想力×ダイオウイカ=はなまるうどん売り上げ倍増」作戦の裏側を。
「この強烈なインパクト、何かに使えないか?」
「体長18メートルのダイオウイカを丸ごと天ぷらにして発売!」
2013年4月1日、こんな仰天ニュースがネットを駆け巡った。この日付を見て、もうお気づきの方も多いことだろう。このニュースは、「はなまるうどん」がウソをついても許される日であるエイプリルフールに発した渾身(こんしん)の「ネタ」だった。
実はこの年の1月、NHKが「世界初撮影! 深海の超巨大イカ」と題して、NHKスペシャルでダイオウイカを大々的に取り上げた。ダイオウイカは「深海で生きた姿を見た者は誰もいない」「地球の海・最後のミステリー」と言われていた幻の巨大生物。それをNHKの撮影班が科学者の国際チームと協力して初めて撮影に成功した。歴史的快挙の特ダネだった。小笠原諸島を舞台に、最新鋭の潜水艇2隻で1000メートルの深海に潜航し、100回に及ぶダイブの末、撮影の成功にこぎ着けたという。
放映後の反響はすさまじく、私もこの番組を見て興奮した日本国民のひとりだった。
僕は、自分で立ち上げたグリッドという小さな会社のCEOだ。事業内容は、クライアントの企業に対して経営戦略の立案サポートやマーケティングなどのコンサルティングなどを提供している。一言でいえば、マーケターである。おかげさまで、様々な企業や団体と取引をさせてもらっているが、中でも、はなまるうどんとは20年近く特別な関係が続いている。
ダイオウイカがブームになった2013年初め頃、はなまるうどんの知名度はまだまだ低かった。讃岐うどんブームに乗って全国への店舗展開を加速させ、2011年には店舗数が200店を突破したものの、店の増加の割には売り上げが伸び悩み、じれったい状況だった。
この状況をなんとかすることが、僕に与えられたミッションだった。ただし、一つ大きな問題があった。宣伝予算がほとんどない。簡単なミッションではないことがわかっているからこそ、僕は最高のチームをつくらなければと思った。
1パーセントの可能性にかける
そこで、売れっ子のアートディレクター、青木克憲さんを訪ねることにした。青木さんは、「キリンラガービール」のブランディングや読売ジャイアンツのエンブレムマーク、宇多田ヒカルさんのCDジャケットを手がけるなど、第一線で華々しく活躍されていた。
青木さんは、いわゆる友だちの友だちという関係だった。雑談をしたことはあったが、仕事をしたことはない。そもそも外食業界というのは、自動車とか化粧品とか家電などの業界と違って、宣伝予算はスズメの涙ほどしかない。当然、青木さんのような一流のクリエーターと仕事をすることなど夢のまた夢だ。
普通に考えていたら、青木さんが僕たちの仕事を引き受けてくれる可能性なんて1ミリもないと諦めてしまうだろう。でも僕は、そういうふうには考えない。なぜなら、実際に本人に直接聞いてみるまで結果がどうなるかなんてわからない。
青木さんの事務所に連絡すると、会ってもらえることになった。そして、僕は青木さんを前に、自分の思いを素直にぶつけることにした。
「正直、お金はありません。でも、社長も僕も、このはなまるうどんに命を懸けています。今は何の武器もないはなまるうどんですが、世の中の多くの人たちに好きになってもらうために、どうか一緒に闘ってもらえないでしょうか! 面白いこと、すごいことをしたいんです!」
かっこをつけたり、駆け引きしたりすることなく(そんな余裕はなかったというのもあるが)、土下座せんばかりの勢いで、内に秘めた思いを曝(さら)け出した。
すると、青木さんは笑ってこう言った。
「いいですね。やりましょうか!」
えっ、えっー。マジですかと、僕は心の中で叫んだ。正直さ、素直さは、ときにとてつもないパワーを生み出す。僕は、諦めの悪さと正直さ、素直さでは、誰にも負ける気がしない。
のちに青木さんからは、こう言われた。
「普通はお金の話って、最後にするものじゃないですか。でも、田中さんは最初にきっぱり断言した。お金はありませんって。でも、面白いことをしたいという熱意が伝わってきたんですよ。なんかそれがよかったんですよね」
最強の制作チームに立ちはだかる「予算の壁」
青木さんからは、素晴らしい「才能」も紹介してもらった。小西利行さんだ。小西さんは、CM制作から企業ブランディング、商品開発、ホテルプロデュース、都市開発まで手がける敏腕クリエーターで、主な仕事にサントリー「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」などのCMや製品開発、「一風堂」の海外ブランディングなどがある。だが、2012年頃はまだブレイク寸前のところにいて、宣伝費のない僕たちでもぎりぎり仕事をお願いできるところにいらした。非常に頼れるメンバーが加わり、チームの士気は上がった。
クリエーターと僕の共闘が始まった。色々なアイデアが出るけれども、広告予算がないという大きな壁にすぐ突き当たる。私とクリエイティブチームは頭を悩ませた。そんなとき、こんな考えが頭をよぎった。
「予算がなくて売り上げを倍にするなんて、ウソでもつくしかないじゃないですか」
ウソでもつくしかない……あれ? ウソをついていい日が1日だけあるぞ! この発想が出発点だった。
そんな折、小西さんから「いっそ、ダイオウイカでイカ天つくっちゃわない?」という仰天プランが飛び出した。
役員たちの反応は、「ぽかーん」
僕たちは、『はなまるうどん「まるごとダイオウイカ天」新登場!』のエイプリルフール企画を仕上げ、ゴーサインを得るため、役員に集まってもらった。この度肝を抜くような提案を聞いた役員たちの反応は、「ぽかーん」だった。
「面白そうだけどねえ」
役員たちは、こう言って互いに顔を見合わせ、苦笑いした。当然、「だけどねえ」のあとに続くのは、否定の言葉だ。こうして役員プレゼンは終わった。
しかし、1回で諦めるつもりはさらさらなかった。企画を修正して、2回目の役員プレゼンに臨んだ。しかし、賛同は得られなかった。再び企画を修正して、3回目の役員プレゼンへ。ここでも再び撃沈した。レジリエンスのある人でも2回却下されればたいてい諦めるところだが、僕は「頼むからもうこれ以上、提案しないでくれ」と言われるまで、再提案を続けるつもりだった。
そして迎えた4回目の役員プレゼンで、僕たちの提案は了承された。おそらくすべての役員が心の底から納得してくれたわけではなかったと思う。また、3回目と4回目のプレゼンで、それほど内容に大きな差は正直なかった。役員たちを動かしたのは、僕たちの熱量の高さだったのではないかと想像している。
とにかく、僕たちのエイプリルフール・プロジェクトは、スタートを切ることができた。その日以降、企画案の実現に向け突き進んだ。完成したビジュアルには、次のコピーが記された。
栄養満点! タウリン500万㎎!
健康になりたい人に朗報!
まるごとダイオウイカ天 新登場!
㊥8万7000円 ※1週間前までにご予約ください。
サイズ:18メートル(釣果により多少の誤差が生じます)
予算がほとんどないのに、「エイプリルフールに世の中の人を驚かせよう!」と優秀なクリエーターたちが「面白がって」、ほとんど手弁当で集まってくれた。そのおかげで、非常にクオリティーの高いビジュアルを完成させることができた。
朝、目覚めたら大変なことになっていた!
2013年4月1日午前0時ジャスト、はなまるうどんのホームページでこのビジュアルを公開するようにセットした。「見た人が面白がってくれたらいいな」と思ってその日は眠りについた。が、翌朝、目覚めると、すごいことになっていた。
まず、はなまるうどんのサーバーが、アクセス集中でダウンしていた。メディアなどへの告知は特にしていなかった(エイプリルフールのウソを事前に告知するのは不自然と思ったし、カネもないし)。だから、そこまでの大きな反響があるとはまったく予想していなかった。調べてみたら、ビジュアルをアップして2時間でサーバーがダウンしていた。SNSなどでの拡散の力、おそるべし!
トラフィックが急増したのは、サーバーだけではない。4月1日、朝10時の開店直後から、各店にお客様が殺到した。売り上げで見ると、このキャンペーンによって各店平均で前年同日比200%増、中には400%増の店もあった。
この企画は、関わったすべてのクリエーターが楽しみまくってつくったものである。遊び心満載につくられた細かい仕掛けを仕込んだりもした。
例えば、ウェブページのソースコードに、アスキーアートでダイオウイカのキャラを潜ませた。そんなことをしても、普通の人は絶対に気づかない。ウェブサイトを表示したブラウザ上でマウスを右クリックして「ページのソースを表示」をさらにクリックすると、ソースコードが表示されるが、よほどの物好きじゃないとそんなことはしない。
だけど、ネット民は侮れない! これに気づいた人がいて、どんどん拡散していった。誰も気づかないような細部にまでこだわっている(これは、飲食業では特に重要)ことが、大いに評判を高めた。このエイプリルフール・キャンペーンで、はなまるうどんの認知度は飛躍的に向上し、若い層を中心に新規顧客が爆発的に増加した。
田中安人(著)、日経BP、1870円(税込み)



