書籍『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2025』(A.T. カーニー編/日本経済新聞出版)の著者の代表、A.T.カーニー アジアパシフィック代表兼日本代表の関灘茂氏に2回にわたってインタビュー。関灘氏は、機能的価値ではもはや差別化は難しく、情緒的価値をいかに創っていくかが重要で、競争に勝つには事業横断でビジネスモデルを構築する必要があると指摘する。後編の今回は、事業横断、産業横断の戦略や生成AI(人工知能)の影響などについて。

前編 「A.T. カーニー メガトレンドは情緒的価値と領域横断モデル」

食品メーカーが金融サービスを提供

前回の話で、事業横断、産業横断でビジネスモデルを構築していかないと競争に勝てないとの指摘がありました。産業横断の戦略をどのように構築していくのか一つ例を教えてください。

関灘茂氏(以下、関灘) 食品メーカーを例にとって、食品を作って生活者に届けるのはなぜなのかというWHY(理由)を考えてみます。もしそれが「お客様に健康的で豊かな生活を届けたい」ということだとすれば、食品の提供だけでは不十分であり、運動や睡眠などの習慣を改善するサポートまでする必要があるのではないか、と考えてもよいかもしれません。

 自社を食品メーカーであると捉えるのではなく、「世の中の人々の健康を実現する会社」であると捉え直すことで、運動習慣を築くサービスを提供してもよいかもしれないですし、生涯の健康維持に必要なお金の心配を解消するために金融サービスまで提供してもよいかもしれません。

 食品にとどまらず関連するサービスまで提供することで、お客様が本当に健康を実感できるようになれば、その企業やブランドへの強く活発なロイヤルティーを持ったファンになってくださるかもしれません。その結果として、既存事業である食品事業がより強化されるといったサイクルを生み出せるかもしれず、事業横断でのビジネスモデルになるかもしれません。

 自分たちはお客様のためにどのような価値を提供したいのか、お客様にとってのビフォアとアフターでどのような違いを提供したいのか、といったことを青臭く検討してみるのもよいかもしれません。自分たちの商品やサービスだけで本当に提供したいものを提供できていると言えるのか、提供したいものは何なのか、といったことに気づく機会になると思います。

 そういった気づきを得ることで、「食品事業で利益を得るのではなく、金融サービスで利益を得ることはできないか。健康関連サービスで利益を得るのではなく、食品事業で利益を得ることができないか。複数事業領域を組み合わせることで、自分たちの良い商品をもっと多くの人に届けられないか」といった思考の幅を広げるきっかけになるかもしれません。

「自分たちはお客様のためにどのような価値を提供したいのかを青臭く検討してみるのもよいでしょう」と話す関灘さん
「自分たちはお客様のためにどのような価値を提供したいのかを青臭く検討してみるのもよいでしょう」と話す関灘さん
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産業横断の戦略を構築するには、そのようなパーパスを考えることが重要なのでしょうか。

関灘 そう思います。事業領域がパーパスに規定される部分もありますし、どのようなパーパスを掲げるかで、どういった従業員が集まるかも変わってきます。日本でも人材の流動性が高まっており、より自由に職場を選ぶ方も増えていくでしょう。自身が共感できるパーパスを掲げ、具体的な行動を積み重ね、成果を実感できる組織に自分の貴重な時間を投下したいと考える方も増えていくのではないでしょうか。

 いくつかのクライアント企業の皆さんがパーパスを定めて、社内だけではなく社外にも発信され、大きな成果を得られていると見ています。社外にも明確にパーパスが伝わった結果、そのパーパスに共感したスタートアップ企業からの提案が増え、我々のような外部の専門家もより能動的に応援・提案するようになっています。社内外にパーパスを発信することで、新しい経営リソースを吸引し、新しい組織能力の構築にもつながっていると言える面もあります。パーパスを定めて、社内外に共有することは重要であると思います。

AIでレバレッジできるのは人間だけ

これから生成AIが浸透して、仕事の仕方や商品、サービスが変わるといわれています。そうした影響はどう織り込んでいけばよいのでしょうか。

関灘 私が社会人になりたての頃は、情報収集のために国会図書館に行くといったことも入社1年目のコンサルタントが行う仕事の1つでした。その後に、インターネットでの検索が当たり前になり、これからの新入社員の仕事はどうなるのか、といった会話もあったように記憶しています。

 しかし、簡単にネットで検索ができるようになり、入手できるデータや情報の量が増えても、新入社員の仕事はなくなりませんでした。むしろ、その莫大なデータや情報をどのように分析し、どのように咀嚼(そしゃく)し、示唆を出すのかといったことを考え、実行していく仕事の難易度は高まりました。

 文字の誕生、印刷技術の浸透など過去にも大きな変化があり、相対的に価値が低下する仕事がある一方で、価値が高まる仕事が生まれてきました。同様に、生成AIの浸透によって、価値が低下する仕事もあれば、価値が高まる仕事も生まれてくるでしょう。

 生成AIによって、プレゼン資料やクリエーティブの作成の一部が補完されたり、代替されたり、といったことがすでに起きています。また、生成AIの利活用が進むことによって、提供価値の同質化が起きてもくるでしょう。そして、オリジナリティーのある資料やクリエーティブを作成し、提案するために、生成AIの使い方の差別化も進むでしょう。

 仕事の仕方、商品・サービスの企画・開発・提供などを、生成AIを使ってより効果的にレバレッジし、差別化し、付加価値を高めるのは人であるということではないでしょうか。

「生成AIを使って差別化し、付加価値を高めるのは人」
「生成AIを使って差別化し、付加価値を高めるのは人」
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同じ環境で育まれる世界の共通性

関灘さんはアジアパシフィック地区の代表です。世界のビジネスパーソンと関わる中で、文化の共通点や相違点が見えてくると思います。グローバルでリーダーシップを発揮する難しさのようなものはありますか。

関灘 『 異文化理解力 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養 』(エリン・メイヤー著/田岡恵監訳/樋口武志訳/英治出版)という書籍があります。様々な軸で各国の人々の文化的な違いを可視化しているのですが、この本で指摘されているような違いは、確かに傾向としてはあると思います。

 ただ、アジアパシフィックの各オフィスを巡り、メンバーと対話を重ねて感じるのは、生まれ育った国で培われる文化、習慣、感性などの違いはあるものの、共有されているものも多いということです。

 「Well-Being社会の創造」というパーパスや「各国を変える、世界が変わる」というビジョンへの共感、「1人1人がIkigaiを持てるように」といった考え方や「Tangible Results(目に見える成果)」、「Essential Rightness(本質的な正しさ)」、「Kando Quality(感動品質)」へのこだわりなどが共通点となっています。

 どの国のオフィスのメンバーであれ、その国を代表するクライアント企業のCEO・CXOの皆さんに貢献すること、闇雲な規模拡大は目指さずにテーラーメードのサービス提供をすることを重要視する環境であることに変わりはなく、その環境によって様々な共通点が育まれているように思います。

 ジェンダー、年齢、出身国、出身校、職歴などの属性軸を超えて、一生活者として、一地球市民として共感できるパーパスやビジョンを掲げ、仲間と出会い、協働を重ねて、信頼関係を築き、考え方やこだわりを共有し、一緒に価値創造を成し遂げるということを愚直に続けることで、次世代により良い状態でバトンタッチできると考えています。

文/橋口いずみ 写真/鈴木愛子

2025年の経営トレンドをつかむ

19の業界別のアジェンダについて、各分野を専門とするコンサルタントが解説。幅広い産業で起こっている最新のトレンドをキャッチアップし、様々な業界に通底している経営のメガトレンドを構想する。

A.T. カーニー著/日本経済新聞出版/2200円(税込み)
<日経BP徹底予測フォーラム2025>
日経BPは2025年の経済・技術・消費トレンドを総力を挙げて取材・予測します。編集長や研究員らが激論を交わすオンラインイベント「日経BP徹底予測フォーラム2025」(無料・事前登録制)を12月11、12日に実施します。イベントの詳細情報と参加お申し込みについては【こちらのサイト】をご覧ください