「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏が、新著『「働く」を問い直す』の発刊を記念して、ジャーナリストの浜田敬子氏と対談を行った。

組織からはみ出す人は嫌われる
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):浜田さんが編集長を務めていたリクルートワークス研究所の機関誌「Works」の2025年8月発行の号に登場させていただきました。
浜田敬子氏(以下、浜田氏):「Works」の創刊30周年に合わせて、「失われた30年」を検証する企画でした。働き方や価値観の変化を誰が体現して語れるだろうと考えたときに、パッと思い浮かんだのが勅使川原さんでした。
勅使川原氏:本当ですか? ありがとうございます。インタビューでは、小学生のときの話などで盛り上がりましたよね。
浜田氏:勅使川原さんの小学生時代の話がすごく面白くて、しかも私と少し似ていたんですよね。勉強ができる子って、生意気だから先生から嫌われますよね。私も、「先生の教え方より私のほうが上手な気がする」と言ったりしていたから、そりゃ面倒くさいよね(笑)。とにかく組織からはみ出す人は嫌がられるということを小学生ながら感じていました。
勅使川原氏:「自分の頭で考えろ」と言うくせに、ひどいですよね。

浜田氏:私の時代はまだ「自分の頭で考えろ」とは言われていなくて、とにかく「協調性」が大事だ、と。小学生のとき、いつも通知表に「協調性がない」と書かれていました。
勅使川原氏:うわっ!
浜田氏:「大人ってすごい意地悪だな」と。そのときから、なんとなく大人を簡単に信用してはいけないと思っていました。でも、中学1年生の美術の先生が初めて、勉強ができることを褒めてくれたんです。地元は山口県ですが、「あなたは東京の大学に行きなさい」と言ってくれて、ここから抜け出すには東京の大学に進学するという選択肢があるんだ、とそのときに思いました。
中学2~3年生のときには、ちょっと変わった社会の先生との出会いもありました。その先生はまったく教科書に沿った授業はせずに、とにかく「ニュースを見ろ」「新聞を読め」と言って、感想を書かせるんです。中学生なりに、幸福とは何か、豊かさとは何か、なぜ経済格差は生まれたのか、について書くと、先生は大喜びしてくれました。それで新聞記者になろう、と思ったんですよね。
3年生の3学期には期末試験の代わりに、卒業論文が課されたんです。原稿用紙30枚。歴史上の人物を1人選んで書くんですが、私がそのときに選んだのがロシアの革命家のレーニンだったんです。親がめちゃくちゃ心配していました(笑)
勅使川原氏:なぜレーニンを選んだんですか?
浜田氏:世の中は一人ひとりが立ち上がれば変えられる、というところに共感したんだと思います。ただ、1970年代でまだ学生運動が残っていたので、親は「早くもこの子はそっちに染まってしまったのではないか」と思ったみたいです。でも、その先生だけは褒めてくれました。他の生徒たちは論文の課題が苦痛で仕方なかったと思いますが、私1人だけでも覚醒させたので、先生は満足だったと思います。
自分がそんな感じだったので、勅使川原さんの小学生時代の話にシンパシーを感じたんです。
勅使川原氏:意外です。浜田さんはうまくやってこられた方だと思っていました。
浜田氏:全然! いつも言わなくていいことを言わずにいられなくて、失敗するんです。
勅使川原氏:分かります。この口が、災いの元なんですよね。
浜田氏:勅使川原さんは小学生時代、ある担任の先生に「リーダーシップがあって素晴らしい」と褒められたのに、1年後には別の先生に「リーダーシップが強すぎる」と問題視されたんですよね。
勅使川原氏:私という人間は何も変わっていないのに、担任が替われば評価がガラリと変わる。リーダーシップというものに果たして実体はあるのか、と。

突然求められる「主体性」
浜田氏:いま企業は、主体性を持って仕事をしなさいとか、自分の意志でキャリアを選ぶ「キャリア自律」を大事にしよう、などと言っていますが、実際の人事制度はそうなっていないですよね。主体的にリモートワークを選択したら、「社員が出社しない」と文句を言っている。
勅使川原氏:早稲田大学の武藤浩子先生の『企業が求める<主体性>とは何か』(東信堂、2023年)という本がすごく面白かったんですよ。本の中で武藤先生がおっしゃっていたのは、企業が求める主体性は、「主体的に行動する」から始まり、やがて「主体的に考え、行動する」と変化し、いまとなっては、「主体的に考え、行動したことを自己発信し、他者とつながる」までを含んでいる、と。つまり、主体性といいながら、行動力や、思考力とも結びつき、はたまた発信力や、共感される人物像も……なんて、難しすぎて全社員に求められたらたまらないですよね。
浜田氏:そもそもみんなが主体的に行動したら組織はバラバラになりますよね。10年以上前ですが、私の子どもが通っていた保育園では、子どもの自主性を尊重する方針でした。保育園の目指す子ども像は「主張できる子」。運動会でも他の子どもとは競争させない。障害物競走は一斉に走るのでなく、一人ひとり順番に走るんです、その子のペースで。ゴールしたらみんなで拍手するような保育園でした。
それなのに、公立の小学校に入学した瞬間に、協調性を求められる環境になる。日本の教育システムはある意味よくできているなと思いました。私の子どももあっという間に順応しました。画一的な人間をつくれるようにできているんですよ。そんな教育を受けた人たちが社会に出て職場に入ったら、そりゃ上司からの指示を待ちますよね。社会人になって急に「主体性を持ちましょう」っておかしくないですか?
勅使川原氏:「指示待ち社員」について悩んでいる経営者はたくさんいますが、話を聞いてみると、指示待ち社員と言われている人たちにもきちんと合理性があるんですよ。経営者が、最後の最後でひっくり返すようなタイプ、いわゆる「ちゃぶ台返し」をする人であれば、仕事を進めておくよりトップの「ファイナルアンサー」を待つほうが理にかなっていますよね。
日経ビジネス電子版の連載を基にまとめた書籍『「働く」を問い直す』の中でも、「他者の合理性」という社会学の考え方をかなり取り入れています。誰もが考えて行動していて、その人なりの合理性を持っている。経営者はそれをしっかり見て、他者の合理性に対して勝手に良しあしを決めたり、排除したりするのではなく、一緒にやっていく現実的な道を考えましょう、とかなり力を入れて書きました。
浜田氏:経営者やリーダーの人たちは、社員が考えていることを聞いてあげなければならないし、それができている職場の社員は幸福度が高く、結果も出せますよね。
勅使川原氏:そもそも、自分が考えていることを聞かれた経験ってないですよね。小学校で「あなた、いま何考えてる?」なんて聞かれたことあります?
浜田氏:ないない。逆に、聞かれないのに言っちゃうから、嫌われてた(笑)。
勅使川原氏:そうなんですよ。自分が考えていることを言っているだけで、「自己主張が強くて日本人女性の『奥ゆかしさ』に欠ける」と非難されたこともあります。なんだそれ、と思いました。
想像以上に共感が広がった「脱・能力主義」
浜田氏:先ほど話が出ましたが、連載をまとめた新刊『「働く」を問い直す』、読みました。日経ビジネス電子版で「脱・能力主義」というテーマで連載を続けてきて、読者の反応はどうでしたか?
勅使川原氏:最初は、編集担当の方と一緒に「反発があるのではないか」とドキドキしながら始めたのですが、想像以上に共感の声をいただけています。
浜田氏:読者には大企業の人も多いでしょうね。みなさん、もうこれまでの能力主義は限界だと思っているんでしょう。だったら、やめればいいのに。勅使川原さんの話は、組織の中でも、あまり活躍できていない人に響くのではないですか?
勅使川原氏:そうですね。でも、私は“勝者”にこそ届けたかったんです。これまでの著作のレビューの中で、「勅使川原は弱い人の賛同を得ようとしている」と書かれたこともありました。代弁者だと思うことすらおこがましい話なんですが……。だから今回は、かなり意識的に“勝者”に向けて書いたところがあります。良しあしは別として、世の中は立場のある人から変わっていくことも多いと思うので。そういった人たちに聞く耳を持ってもらい、結果的に気づいてもらえたらうれしいなと思っています。
あと、この書籍では、若手から中堅、中間管理職、経営者まで、組織にいる全員について書いたんですよ。誰ひとり枠の外に置いていていい人なんていなかった。全員が組織のつくり直しに参加する必要があると伝えたかったんです。
浜田氏:みんなそれぞれに苦しんでいて、みんな傷ついている。
勅使川原氏:まさに。
経営者の「腕組み写真」をやめた
浜田氏:2017年に「Business Insider Japan(ビジネスインサイダージャパン)」という米国メディアの日本版を立ち上げるときに、どんな媒体にするかすごく考えたんです。ミレニアル世代のビジネスパーソンを対象にすることは決まっていました。日本ではすでに日経ビジネス電子版、東洋経済オンライン、ダイヤモンドオンラインなどのビジネスメディアがあって、それらは対象年代が少し上なんですよね。ほぼ同年代を対象としていたのが「NewsPicks(ニューズピックス)」でした。
NewsPicksは私たちから見たら、まさに能力主義の「勝ち負け」の世界観を打ち出しているメディアでした。一方、私たちはもっと多様な世界観を実現したかったので、資本主義は否定しないけれど、「人に優しい資本主義」というコンセプトを掲げたんです。勝ち負けや過度な自己責任論、成長至上主義ではなく、人は何のために働くのかを突き詰めて考えたいと思いました。競争に勝った人だけを取り上げるようなメディアにはしたくないと、記事の内容や写真もかなり意識してつくりました。
勅使川原氏:それは外から見ていても伝わってきました。
浜田氏:例えばポートレートの撮り方一つとっても、当時ビジネスメディアに登場する経営者の写真は黒の背景に腕組みが多かったのですが、ビジネスインサイダーでは自然光の中で笑顔の写真にするなど。黒バック腕組み写真は成功者の象徴です。記事も多様な働き方などを取り上げるようになると、女性やZ世代が読者に増えました。
そういった経験があったので、勅使川原さんの著作を読んだときに、内容がすごくストンと腹落ちしたんですよね。「勝ち負け」ではないものがいま、求められている。当時、私たちも言語化できていなかったことが書かれているなと思いました。
勅使川原氏:すごくうれしいです。書店のイベントをしても、若い方が結構来てくれるんですよ。「自分のような若いファンがいるって知ってください!」と言ってサインの列に並んでくださった方もいました。メイン層は40~50代の就職氷河期世代ではあるのですが。
浜田氏:40~50代は一番傷ついてきた世代ですよね。一体何に傷ついてきたのでしょうか?
勅使川原氏:自分の存在そのものを承認してもらえなかった、持ち味を認めてもらえなかった、一元的な物差しで評価されてきた……といったところでしょうか。最近気がついたのですが、多くの場合、その傷つきは親との関係性から始まっているんですよ。女性の場合は母親から「普通にしてなきゃダメよ」「女は愛嬌(あいきょう)」などと言われ、男性は父親から「強くありなさい」「そんな負け犬みたいなこと言うな」などと言われて育つ。幼少期にまず親が認めてくれなかったことから始まり、学校でも社会でも認められない。その傷つきは40年たっても引きずるんですよね。
浜田氏:最初の段階からアイデンティティーが揺らぎ、自己肯定感が低くなっている。そういう人が職場ではターゲットにされやすいということですか?

勅使川原氏:そうですね、「自分なりに頑張っている」「私は私なんだ」とは思わせてくれなかったのが能力主義ですから、自ら墓穴を掘るようにして、「否定されるべき自分」「認めてもらえなくても仕方がない自分」を内面化しているように思えてなりません。みんなそれなりに働いているし、会社に貢献もしているはずなんです。でも、自分で自分を認めることができていない。能力主義以外で承認をされたことがほとんどないから。だから、自分はいつもどこか足りないと思っていて、誰にも評価されず、応援もされていないと思ってしまうんです。実際にはそんなことないんですけどね。
浜田氏:そういう考えは、女性にも多い気がしますね。学生時代まで天真爛漫(らんまん)だった女性が、会社に入った途端に打ちのめされてしまうのをたくさん見てきました。女性というだけで、男性と同じ仕事をすることができず、成長の機会も少ない。これは女性のせいではなく、社会の構造的な問題です。
女性をエンパワーメントするような研修をすると、女性たちが「私たちだけそんな機会をもらっていいんでしょうか」と言うんです。男性と同じように働けなかったのは、自分たちが悪かったのではないか、仕事ができないからではないか、と思ってしまっているんですよね。
勅使川原氏:確かにそうかもしれません。まさに、客観的に高い評価を受けても自身の能力を低く評価する心理状態である「インポスター症候群」そのものですね。
(構成:尾越 まり恵)
[日経ビジネス電子版 2025年11月11日付の記事を転載]
勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)

