「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏が、新著『「働く」を問い直す』の発刊を記念して、ジャーナリストの浜田敬子氏と対談を行った。前回(参照:社員が指示待ちの原因は経営者の“ちゃぶ台返し” 突然求められる「主体性」)、2人の子ども時代や、職場での「他者の合理性」について話が出た。今回は、能力を評価しようとするのではなく、その人の持ち味を把握し、組み合わせることの重要性について議論していく。

特集のタイトルで不安をあおっていた
浜田敬子氏(以下、浜田氏):私がかつて朝日新聞社で「AERA」の編集長をしていた頃に、はやっていた特集のタイトルが「〇〇力」でした。「コミュ力」「人間力」など、ビジネス書のタイトルにもたくさんありましたよね。読者に就職氷河期世代が多かったので、「生き残るためにこんな力をつけましょう」という特集をよく組みました。当時はそのような特集を組むと、すごく売れたんです。
思えば、「〇〇力」は、人材関連企業などが、「いま求められている市場価値」として打ち出しているもので、勅使川原さんが提唱している「脱・能力主義」とは真逆ですよね。
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):そうかもしれません。
浜田氏:一方で、そういった特集をつくっている「AERA」編集部の職場は、限られた人数、編集部員で回すしかないような状況でした。新聞社という男性中心の職場の中で、長時間勤務も転勤もできない女性社員たちが、「AERA」だったら自分の望む仕事ができるかもと希望し、30人くらいの編集部で3分の2が女性、ワーキングマザーも多かった。長時間勤務ができることこそが能力と見なされるような新聞社において、限られた時間でしか働けない女性たちは、「能力がない」と見なされがちです。でも、決してそうではない。画一的な働き方では能力が発揮できないだけなんですね。
勅使川原氏:すごく切迫感がありますね。

浜田氏:当時すでに雑誌の売り上げは右肩下がりで、新規の編集部員の募集をしてもなかなか応募もない。少ない部員で面白い雑誌をつくるにはどうしたらいいのか。考えた末に、働き方を柔軟にし、一人ひとり得意なことをやってもらう、というところに行きつきました。得意なことを任せると一番成果が出る。マネジメントの役割はそうした人をどう組み合わせるかだなと。それを分かっていながら、誌面では「〇〇力を身につけましょう」と一元的な価値観を押し付けていたんです。いまだからその矛盾に気づきますが、当時は分かっていませんでした。
勅使川原氏:ニーズは不安の“化身”だと思います。当時ニーズのあった「〇〇力」は、恐怖心と相性がよくて、人々の不安をあおっているんですよね。
浜田氏:それがビジネスと結びついているからたちが悪い。
勅使川原氏:不安をあおると、売れるんですよね。“能力業界”はコンプレックス産業化している、と初作以来ずっと指摘してきました。……夜道は気をつけて歩いていますが。
「能力」と「スキル」を分けて考える
浜田氏:ジェンダーやダイバーシティーについて取材をしていて気づいたのが、勅使川原さんが言っている「一元的なものさし」ですら測ってもらえない人がいる、ということ。それが女性なんですよね。最初から土俵にすら上がれていない。土俵の上にいる男性社員たちの評価は“暗黙知”で行われ、評価する経営者や幹部は自分と似た人たちを高く評価するため、男性ばかりが昇進していきます。自分と違う人を評価すると、自分を否定することになるんでしょうね。そうして、女性はいつまでも管理職になれません。
だから、“暗黙知”による評価ではなく、「能力」を可視化してほしい、そのほうがフェアではないか。能力を数値などで評価すれば、女性にとってある意味プラスになるのではないか、と思っていたんです。でも、勅使川原さんは本で、「能力は測れないのでは」と問うたわけですよね。それで少し混乱したんです。どう考えたらいいんですか?
勅使川原氏:さすが浜田さんだな、と思いました。まず、「能力」と「スキル」を分けて考えたほうがいいと思います。浜田さんがおっしゃっているのは、「能力」の評価というより、「スキル」ないしは「職務要件(ジョブ)」の評価が必要だということです。
大きな違いとして、「スキル」や「ジョブ」には良しあしがありません。序列を伴わないのがスキルなので、自動車に例えたときにアクセルが偉くてブレーキがダサいということはない。どちらも車を走らせるために必要な機能ですよね。だから、この仕事を遂行するためには必要なスキルやジョブを明確にすることが必要なんです。
浜田氏:私は能力とスキルを混同していたんですね。この違いは、企業の人事担当者の間ではクリアになっていると思いますか?

勅使川原氏:残念ながら多くは混同されていると思います。初めの採用の段階からポテンシャルを含めた能力(≠ジョブ)や仲間としてふさわしいかどうか(メンバーシップ、会員制)による評価になっているから、難しいですよね。曖昧な能力で判断しようとして、何となく頑張れそうな人を選ぶのが、従来の日本企業の「メンバーシップ型」です。それに対し、事前にその仕事で必要な職務要件を明らかにし、その達成度も細かくチェックする「ジョブ型」は、いま不当な目にあっている人を救える可能性があるし、組織側の責務でもあると思うので、書籍でも厚めに書きました。
浜田氏:職務が曖昧だから、日本では長時間働ける人が評価されてしまう。ジョブ型のほうが女性と相性がいいと思います。一方で、メンバーシップ型は能力主義と相性がいいのでしょうね。
リーダーのあり方も人それぞれ
浜田氏:書籍では、その人の性格特性を把握するために使われる、「アクセル」「ブレーキ」などの4象限の図がすごく面白かったです。私は絶対にアクセルタイプだな、と思いました。
勅使川原氏:浜田さんはそうだと思います(笑)。企業が採用試験で実施する「適性検査」の性格特性パートの結果をプロットした図ですね。横軸に「アクセルか、ブレーキか」、縦軸に「社会性重視か、情動重視か」として4象限をつくると、大まかなタイプが分かります。複数の適性検査が流通していますが、心理学のビッグファイブ理論をほぼ各社用いていますから、外向性(アクセル)・内向性(ブレーキ)くらいは手持ちの結果をたどれば把握できるはずです。
浜田氏:私自身は、自分の感情を重視しつつも、メディアに携わるときは社会的な意義付けも大事にするので、縦軸としては両方の側面を持っているなと思いました。
勅使川原氏:そうですね。パキッと「あなたはこれ」と言えるものではないのですが、それだとつかみどころがなくなってしまうので、便宜上、持ち味として強く出るものから把握していこう、という算段です。組織開発の現場では、その人の「凹凸」を把握するために、この4象限の図でメインがどれか、サブがどれか、というような使い方をしています。私は、メインが「ドライバー」でサブが「エクスプレッシブ」です。つまり、アクセルタイプであるのだけれども、メインが社会性重視で、サブが情動重視、ということです。この4象限は、良しあしではなく、それぞれの持ち味を表すということが特徴です。

浜田氏:会社によって、ドライバーの社員が多かったり、エクスプレッシブの社員が多かったりする特徴がありますよね。
勅使川原氏:成長フェーズによっても変わりますね。
浜田氏:確かに、スタートアップ企業はアクセルタイプが多いでしょうね。ただ、あるところまで成長したときに、縁の下の力持ちタイプがいなくて組織が崩壊していくところが多い印象があります。
勅使川原氏:アクセルタイプの経営者からすると、ブレーキタイプは異質で面倒だから、採用したがらない傾向があるのかもしれません。でも、縁の下の力持ちタイプの貢献度は計り知れませんよ。自分と同じタイプばかりを評価したり、派手で目立つ人を採用しがちであれば、組織の成長は止まってしまう。
浜田氏:私は企業で管理職の研修をする機会も多いのですが、多くの人が能力主義にとらわれているなあと感じます。ただ、リーダーシップも最近では、上から命令するトップダウンだけではなく、後方から支援する羊飼い型や、部下に奉仕するサーバント型などいろいろなタイプがありますよね。それも良しあしではなく持ち味であり、いろいろなタイプが組織には必要で、自分が得意な方法でリーダーシップをとればいいのだと思います。トップダウンができない人でも、すごくいいリーダーになったりしますよね。
勅使川原氏:チームの既存メンバー次第だったり、市場環境の中での成長フェーズ次第でもあるので、組み合わせが大事なんですよね。
浜田氏:多様なメンバーがいる組織の場合は、メンバーに任せるサーバント型がうまくいくような気がします。
勅使川原氏:確かに。サーバント型のリーダーは、メンバーの存在そのものを承認しているんですよね。鍵はそこにあると思います。能力主義は「できるお前のことは認める」という条件付き愛ですが、サーバント型、すなわちケアの発想は、無条件の愛です。
部下の不満が爆発して自分の傲慢さに気づく
浜田氏:「Business Insider Japan(ビジネスインサイダージャパン)」を立ち上げたときに、私は最初トップダウン型のマネジメントをして、組織が崩壊しました。0から1を立ち上げるときは、誰かが日々決断する必要があるので、朝5時から全原稿を読み、1人で仕事を抱え込んでいたのですが、パンクして1年で3回倒れました。
これではいけないと2年目にメンバーと合宿をしたときに、「土日にチャットを飛ばすのはやめてくれ」など、みんなの不満が爆発したんです。私は土日も仕事をしていたので「返事は月曜でいいよ」と言いつつ忘れないようにチャットをバンバン送っていたんですよね。いま考えるとアウトですよね。
そこで初めて自分が傲慢だったことに気づきました。自分が一番年上で、新聞社での経験も長いから、どこかで自分が一番仕事ができると思っていたんですよね。メディア未経験の若い社員もいて、「私が教えなきゃ」とも思っていた。でも、若いメンバーのほうが圧倒的にSNSにたけている。得意な人に任せればいい。そこでメンバーに権限委譲するようになりました。
「浜田さんのつけるタイトルの意味がわかりません」と言われたこともあります。私たち世代の感覚でつけたタイトルがミレニアル世代(1980年から90年代半ば生まれ)に伝わらないんだったら、一度自分がつけたタイトルを若いメンバーに見てもらうようにもなりました。「どう?」って。部下からこうしてノーを突き付けられないと気づけなかったと思います。

勅使川原氏:部下からノーと言われても、まだ「うちの部下は頭が悪いから」と言っている上司もいるので、気づいて権限委譲できたのはすごいと思います。
浜田氏:もう体力的に限界でしたね。
勅使川原氏:私も、2020年にがんが見つかるまではめちゃくちゃ働いていました。いま思えば、まわりを信用していなかったんですよね。それで離れていった人もいるので、反省はあります。
昔、女性の先輩たちが「私は2日徹夜したのよ」「私なんか赤ちゃんをおぶって仕事したのよ」と言っていて、そういう人がいると「私だってやれないはずがない」というような、錯覚というかプレッシャーのようなものが生まれるんです。トイレに行く時間も惜しんで働いていたので慢性ぼうこう炎になっていたし、脱毛症になったりもしましたが、それでも自分はまだできると思っていました。
自分ががんになって限界だなと思ったから、まわりのみなさんの力を借りようという発想になり、それで著作を書いているのかもしれないなと思います。
(構成:尾越 まり恵)
[日経ビジネス電子版 2025年11月13日付の記事を転載]
勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)
