「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏と考察する。※本連載を基にした書籍『「働く」を問い直す 誰も取り残さない組織開発』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

(写真=folyphoto/stock.adobe.com)
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ジャッジが早くて急に辞めたりする若手社員の扱いに困っている企業は多いと思いますが、自社だからこそ伸ばせる能力や得られる知見を育成のポイントに掲げるのがいいと勅使川原さんから聞き、大切なことだなと思いました。そのために現場でできる工夫として、チューターとの相性が悪ければ途中で代えてもいいというのは、目からウロコが落ちました。先輩社員が一度チューターを引き受けたら、最後までやらなければならないと思っていましたから。

勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):どんな組み合わせにも相性がありますから、新人とチューターがギクシャクしていたら代えたっていいのです。制度としてあらかじめ可変的にしておくこと、また、交代することは環境調整の大事なプロセスなのだということを、組織内で共通認識として持っておきたいですね。逆に、一貫していることや、変わらない(変えない)ことが、「ちゃんとしている」「責任ある」行動だと見られている組織のほうが要注意です。

勅使川原さんが外部の専門家として企業などで組織づくりにどのように関わるのか、ということを伺いたいと思います。そもそも、どのようなケースで呼ばれることが多いのでしょうか?

勅使川原氏:私のような組織開発の専門家が呼ばれて行くのは、部署が「うまくいっていない」ときが多いですね。チームがギスギスしている、パフォーマンスが落ちている、採用しても採用しても人が辞めていってうまく回っていない……。そんな状況です。

すごくストレスが高そうなシチュエーションですね……。いったいどうやって立て直していくのですか。

勅使川原 真衣(てしがわら・まい)氏
勅使川原 真衣(てしがわら・まい)氏
1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。BCGやヘイ グループなどのコンサルティングファーム勤務を経て、独立。教育社会学と組織開発の視点から、能力主義や自己責任社会を再考している。2020年より乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)、『働くということ』(集英社新書)や『職場で傷つく』(大和書房)、編著に『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版社)がある。最新刊は『格差の“格”ってなんですか?』(朝日新聞出版)、『学歴社会は誰のため』(PHP新書)(写真=稲垣 純也)

全員参加のワークショップを開く

勅使川原氏:現場のリーダーやメンバーは、みんなそれぞれの立場から頭を抱えている状況です。みながみな、踏ん張っている、しんどい状況。ですから、みんながそれぞれの心情を吐き出し、何はともあれその頑張りを承認し合う場がまず必要です。そのために、メンバー全員が参加するチームビルディングのワークショップを開催します。

全員参加ですか? みんながいる場で本音を言うのはハードルが高そうです。少人数や1対1ならまだ自分の心情を話せるような気もしますが……。

勅使川原氏:チーム全員で仕事に取り組んでいるのですから、全員が参加しないと意味がないですよね。人と人との相性は常にあるものですが、この人の前でなら何でも言えるけど、あの人の前では強がって何も言えない、といったいびつな状況が組織に影響を与えていることが多いのです。そのままにしておくのはまずいので、原因を突き止めるためにも全員参加のワークショップを開きます。

なるほど。それなら、勅使川原さんのような外部の専門家によるファシリテーションが必要になりますね。

勅使川原氏:うまく回っていない組織は、メンバー同志でお互いに違和感を持っていることが多いですよね。しかし、それを口に出して伝えることに慣れていません。だからこそ、私のような第三者が入ることで、言いやすくなる場合もあると思います。もちろん、そういったワークショップをやってみて、「これなら自分でもできそう。やってみたいかも」と思う人がいるなら、社内でファシリテーターとして育てていくのもいいかもしれません。

スマホで自分が見せたい写真を1点選ぶ

とはいえ、チームの中でモヤモヤしたものを抱えている人が、ワークショップでそれを吐き出すのは簡単ではないと思うのですが……。どうやって導いていくのでしょうか。

勅使川原氏:いきなり「さあみなさん、思っていることをここで吐き出してください」と司会が言うわけではありませんよ(笑)。そうですね、例えば、自分のスマートフォンを出して、ここでみんなに見せたい写真を1つ選んで、それを紹介してください、というお願いをします。

写真ですか? いったい何のために?

勅使川原氏:写真1点をワークショップの場で選ばなくてはならない。その際にいろいろと考えますよね。その思考と選択からは、「その人がいったい何を大切にしているのか」が見えてきます。

なるほど、確かにそうですね。みなさん、どんな写真を見せてくれるのでしょうか。

勅使川原氏:いろいろですよ。参加者の数だけバリエーションがあります。例えば、子どもの写真や、ペットの写真、クルマの写真、「推し」の写真を見せる人もいます。社内では趣味の話なんて全然しなかった人が、山登りで山頂から撮った風景の写真を出したら、「こういうところで息抜きをしたり、達成感を得たりする人なのか。意外だなぁ~」と素直にびっくりしたり。いずれによせ、仕事だけでは分からないその人の習性や価値観の一端を垣間見ることができます。

 このときに、誰がどんな写真を出してもそれを否定せず、発表が終わったら必ずみんなで拍手する、といったグランドルールを決めておくといいでしょう。この場では、人のよしあしを判断したり、ましてや否定したりといったジャッジメンタルな言動は一切とらない場なのだ、と感じてもらうことが、脱・能力主義による組織づくりの初めの一歩なのです。

ギスギスしている職場では自分の存在が承認されていないと感じている人もいそうですが、このワークショップでは安心して発言していいんだ、と思ってもらうわけですね。

自分が大切にしているものを認め合う

勅使川原氏:あとほかにルールとしては、「忖度(そんたく)禁止」でしょうか。例えば、部長が犬の写真を出したら、みんなが忖度して犬の写真を出すようでは、ワークショップの意味がないでしょう。個人の価値観の「違い」を認め合う会なのですから、無理やり「協調」しては元も子もありません。

 同様に、これは意外とやってしまいがちなのですが、みんなが家族の写真を出しているのに、ベテランの男性社員が趣味のバイクの写真を出したからといって、「この人は家庭に居場所がないんだな」などと心の中で思うのもNGです。多様な個人に、一元的なものさしを勝手に当てて、よしあしをジャッジしてしまうことが組織のギクシャクの根っこにあります。何はなくとも決めつけない。「ほほう、そういうものもありか!」と承認し合うことが大切なのです。

勅使川原さんは、著書『職場で傷つく』(大和書房)の中で、「自分が大事にしているものをないがしろにされたとき、人は傷つく」と書かれていましたね。部署がうまく回っていないとき、メンバーの中には傷ついている人もいるでしょうから、ワークショップでこのようにお互いの存在を承認し合うことには大きな意味があるかもしれません。

勅使川原氏:その通りです! 自分が大事にしているものや好きなことがないがしろにされた状態が「傷つき」なのですから、お互いが相手の傷に気づくためにも、それぞれの価値観を理解しておくことは大切です。だからこそ、ワークショップで自分が大事にしていることや許せないことを話してもらうんです。価値観そのものによしあしはないのですから、繰り返しになりますが、ジャッジしないことは肝要です。

 組織の問題点について話をしてもらうとき、よく出てくる言葉として「ちゃんと」や「しっかり」があります。「私はちゃんとやっているのに、あの人はちゃんとやっていない」とか、「私はしっかり話を聞いているのに、相手は聞いてくれない」など。でもこれ、みんなそれぞれの価値観の中では、「ちゃんと」「しっかり」やっているはずなんですよね。つまり、みながみな、それぞれの「正義」を持っているのです。

 それぞれが信じ込んでいる「正しさ」というのは、ばかにできません。ときに、正義同士がぶつかり合う聖戦(ジハード)になり得るものです。こうした対立や分断がある上に、さらに「最も正しいのは誰か?」なんて問題設定をしては……目も当てられない。自分の正義を認めてもらうことが、組織におけるすり合わせだ、なんていう考え方では成り立たないのです。

みんなが自分の正義を信じていて、ほかの人の正義を認めようとしないから、組織に問題が起きているのかもしれませんね。

勅使川原氏:往々にして「I am OK, you are not OK.」の枠組みで職場を見ようとしがちです。つまり、私は「ちゃんと」やっているけれど、あなたはやってないよね、ということです。それよりも、「I am OK, you are OK, too.」のほうがいいのではないですか。他者もOKだと認めても、自分の中のOKは何ら減りません。

これは、米国の精神科医フランクリン・アーンスト氏が1971年に考案した「OK牧場(Corral)」ですね。対人関係の姿勢を4つに分けて、「I am OK, you are not OK.」は自己肯定・他者否定、「I am OK, you are OK.」は自己肯定・他者肯定のポジションだといわれています。

勅使川原氏:自己も他者も肯定する姿勢になって、ようやく、組織でやるべきことについての話ができるようになります。

やっとですか? 組織でやるべきことは最初からみんなで話し合うのだと思っていましたが……。

勅使川原氏:そう思いますよね。でも、チームで同じ方向を見るために、まずは個人単位の正義を認め合うことが不可避です。その上でやっと、「では、ウチのチームとしてはどういうやり方が『ちゃんと』なんだっけ?」と対話することがネクストステップです。個人単位の正義の違いを認めてはじめて「チームの正義」の話ができるのです。

(写真=スタジオキャスパー)
(写真=スタジオキャスパー)

「働かないおじさん」の告白

お互いの正義を認め合うことができれば、チームの雰囲気が悪くてパフォーマンスが落ちているような状況を好転させることにつながるかもしれません。ただ、雰囲気を悪くしている原因って、「組織の偉い人同士の仲が悪い」とか、すごく言及しづらいことだったりしませんか? それをワークショップで白日の下にさらすのは至難の業なのでは……。

勅使川原氏:おっしゃる通り、そこはファシリテーターの腕の見せどころでもあります。組織の中で影響力を持つ「ツートップ」の2人がいがみあっている、なんて言いづらいですよね。ワークショップの中で、なるべく何でも言えるような雰囲気を保ちつつ、組織の問題点や改善点について挙げてもらっていっても、どうしたって言いよどんだり言葉に詰まったりする話題が出てきます。そんなとき、「あれ? なぜか今、しゃべりにくくなっていますね。なぜでしょう?」などと、半分とぼけつつ指摘しながら、ひもといていくのです。

なるほど。それは外部のファシリテーターだからこそできる指摘かもしれませんね。

勅使川原氏:私を含め、どんな専門家も、その組織にとっての「正しい答え」を持っているわけではありません。何事も現場のみなさんに確認し、問いながら進めるしかないのです。そうなると、おのずと、こうやってとぼけたりして、「質問」が「詰問」や「尋問」にならないように尋ねていきます。いわば……“名探偵コナンふう”になるわけですけどね。

 ワークショップの話に戻りますが、ツートップの衝突が、当の本人たちにとってはささいなことでも、チーム全体に影響を与えてしまっていると知ったら、さすがに改善しようと思うでしょう。もしメンバーがワークショップで「AさんとBさんが正反対のことを言うので困っています」といった証言をしてくれたら、大きな意義がありますよね。そのためにも全員参加が原則なのです。

それはいいですね。ほかにも、ワークショップだからこそ得られる組織が変化するきっかけはありますか?

勅使川原氏:そうですね。例えば、昔はバリバリ働いていたのに今は居場所をなくしていて、「働かないおじさん」のようなレッテルを貼られたりしている人が、大きな企業にはいたりしますよね。でもそんな人にも当然のことながら正義があり、その人の価値観の中で「主体的」に生きているはずです。ただ現状、その「主体性」なるものが周囲からは見てとれないとしたら……。まさに「働かないおじさん」問題は、そういう周囲の見立てに終始している状態だと思います。これに対し、「やる気がない」などと指摘しても、その人がイキイキと働きだす……なんてことは考えられないですよね。

 脱・能力主義的に組織開発を行うのであれば、こう考えることが不可欠です――もともとあった〇〇さんの「主体性」はいつどこで、どういう文脈で否定されてしまったんでしょうか――と。

なるほど……。ベテラン社員に対して、それをどんなふうに問いかけるのでしょうか。

勅使川原氏:ファシリテーターとしては、その人に対して、休憩時間などにそんな問いを向けてみます。私は実際、自販機に飲み物を買いに行くタイミングなどを狙って、お話をしています。すると、その人のちょっとどんよりとしていた目が、キラキラと輝いてきます。本当です。そして席に戻ってワークショップが再開したら、自分が置かれている状況について「組織に貢献できていないことがもどかしくて……」と涙ながらに話し出してくれることもあります。

状況が目に浮かぶようです。

勅使川原氏:こんなふうに「傷つき」を吐露し、率先して鎧(よろい)を脱ぐ場になったら、若手社員も無視できないですよ。個人のあり方を、何でもかんでも「能力」の問題に還元して指摘し合うことでは、すでにできた傷は癒えません。でもこうして弱さを言えたら、癒えるわけです。そうこうしてようやく、チーム全体で、みんながそれぞれ役割を持って仕事をするためにはどうしたらいいかを考えられるようになります。組織に貢献しなくていい、使えないやつだと思われてもいい、なんて人はそもそもいませんから。

よく分かりました。ありがとうございます。

日経ビジネス電子版 2025年5月22日付の記事を転載]

「人の働きは能力よりも周囲との関係次第。当たり前だけど見落としがちなことを教えてくれる一冊だ」――篠田真貴子さん推薦!! ギスギスする職場、ヘロヘロになる管理職、板挟みの人事担当者、孤独な経営者……。なぜ、みんな頑張っているのに、職場は問題だらけなのか? 気鋭の組織開発コンサルタントが、「働く」という大問題に切り込む!

勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)