「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏と考察を深めていく日経ビジネス電子版の連載をもとにした書籍『「働く」を問い直す』が誕生した。それを記念し、ジュンク堂書店池袋本店にて2025年12月、経営学者の舟津昌平氏との対談を行った。

「働いて、働いて、働いて…」では人手不足は解決しない
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):日経ビジネス電子版の連載をもとに、『「働く」を問い直す』という本を書きました。読んでいただけましたか?
舟津昌平氏(以下、舟津氏):とても面白く拝読しました。職場で起きる様々な問題に対し、組織開発の手法で挑んでいますね。若手やベテラン、中間管理職、経営者など、いろんな立場の人の問題を扱っています。意欲的だと感じました。
私も本を書くときに、いつも難しいなと思うのが、本の中で解決策や処方箋を提案しても、読者が現実でそれを実行できるとは限らないということ。現実は複雑なので、「これをやれば必ず解決する」とは言いづらい。だからといって「答えなんてないよ」と言うのも無責任。そんな中で、これまで勅使川原さんが提唱してきた考え方を、どうやって現実の問題に応用させていくかを、“総集編”としてまとめたのがこの『「働く」を問い直す』の特徴ではないかと思います。
勅使川原氏:ありがとうございます。ギスギスしていたり、人が一人、また一人と辞めてしまうような職場であっても、若手やベテラン、中間管理職など、いろいろな人が口を塞がれずに思っていることを言えるのが大事ですよね。
いろいろな「働く」がある中で、話題になったのが、高市早苗さんの自民党総裁就任時の「ワークライフバランスという言葉を捨てる」という発言です。せっかく長時間労働を見直す機運が高まってきたのに……日本の「働く」はどうなってしまうのでしょうか?
舟津氏:あの発言は、自民党総裁に就任した際のスピーチで、自民党議員に向けられたものでした。当選議員数が少なくて、自民党も日本社会と同じで、人手不足だと言っていると解釈しました。それに対する解決策が「働いて、働いて、働いて、働いて、働いて……」なのだとしたら、本当にそれをずっと続けられるのか、という疑問があります。量的な人員不足を労働量投入でどうにかしようとしている、という意味で。

勅使川原氏:そうですよね。私には、自民党員に向けてならば許される発言とも思えないのですが……。いずれにせよ、日本企業の現場では、とにかく人手不足と言われています。新しく中途採用しようとしても、なかなか採れない。既存のメンバーがヘトヘトになるまで働いて、何とか回している状況です。
舟津氏:私の著書『若者恐怖症』(祥伝社新書)でも触れましたが、終身雇用が解体されたといわれていても、実際には終身雇用を継続している企業もそれなりにあります。端的に言えば、業績がいい会社は、やり方を変えずに済んでいる。つまり、組織の調子が悪いからこそ、働いて、働いて、働いて……という発言になるわけです。経営者は、「今、人が少ないです」と言うけれども、これから日本はどんどん人が少なくなります。そのときに、「もっとがむしゃらに頑張ろう」では絶対に無理がある。もう少し知恵を絞りたいですよね。
勅使川原氏:命も時間も限られているので、もっと戦略的に考えていかないと、とてもやっていけないと思います。
舟津氏:日本人には、長時間労働で頑張らなければならないという強迫観念があると思います。今、日本社会が試されているのは、長時間労働をやめたらどうなるか、ということですよね。やめたときに、本当にこれまでと同じ結果は得られないんだろうか、と。
かつてNHKの「プロジェクトX」という番組で、あるメーカーの社員が1年間休みなく働いて、世界初の商品を生み出したことが美談として放送されました。でも、もはやそんな働き方はできません。
かつてのような長時間労働が必要条件だとすると、もう世界初の製品は生み出せないし、米国の巨大IT企業にも勝てないということになります。果たして、本当にそうなのか。それは、長時間労働をやめる勇気がないと分からない。だから今はまだ、みんな死ぬほど頑張っているんですよね。
勅使川原氏:不安があるので何とかしなきゃと思っているのだけれども、従来のやり方をなかなか変えられない。それにつけ込んで、人材開発を手掛けるコンサルティング企業も、必要かどうかも分からないサービスを売り込んでくる。コンプレックス産業化しているんですよね。美容業界で「3カ月以上続けないと、効果が出ません」とか、教育業界で「これをしないといい学校に入れません」とかと同じです。
先ほど「やめる勇気」とおっしゃいましたが、勇気の問題なんでしょうか?
舟津氏:厳密には「勇気」とは違うのかもしれませんが、意思決定の問題ですよね。例えば最近は「若手はすぐ辞める」という強迫観念が広がって、企業は辞めさせまいとあれこれ手を尽くしています。でも、どんな組織でも入社1年で1割ぐらいは平均的には辞めるんです。だから「仕方がない」と諦めてもいいはずなんですよ。「誰のせいで辞めたんだ」と犯人探しをするより、残った人のケアをするほうがよほど建設的です。
早期離職した人を対象に調査をすると「会社が何もしてくれなかった」と答える人はかなり少ない。会社が手を尽くしても辞める人は辞めるのだとすれば、頭を切り替えて、「これはやらない」と意思決定するのも大事だと思います。それによって望ましくない結果が出ても受け入れられるかどうかを、企業は問われている。

「気を使う」ことと「ケア」は違う
勅使川原氏:今の話だけを聞いていると少し突き放しているように感じられるかもしれませんが、『若者恐怖症』や『Z世代化する社会』(東洋経済新報社)などのご著書を読むと、舟津さんの優しさがにじみ出ているなと思いました。ヘロヘロになっている中間管理職に向かって、「コントロールできないものに労力を割くならば、いっそもう少し手をつけやすいところにリソースを割り振ってもいいんじゃないか?」と言っているようにも感じられて。
舟津氏:ありがとうございます(笑)。優しさの話でいえば、本当に若者たちはそんなに気を使われたいのでしょうか。「若者へのケア」といいながら、過度に気を使い過ぎていることが、結果的に若者のためになっていないのではないか、と思うんですよね。
勅使川原氏:本来多義的な「優しさ」を、特定の文脈で恣意的に用いてますもんね。舟津さんの「優しさ」と安易に言ってしまいましたが、一度撤回しておきますか(笑)。ただ、「ケア」という言葉が今出ましたが、それはけっこう意図的に拙著で光を当てようとした点です。というのも、『「働く」を問い直す』のもとになった連載のタイトルは『「脱・能力主義」の挑戦』で、これは職場や経営に「ケア論」を取り入れるための試みだったんです。
先ほど舟津さんがおっしゃった「気を使う」と「ケア」は、おそらく違うものだと思います。若者に関する問題を個人の問題にすり替えるのではなく、「これは社会で構造的に生み出されたものだ」と、システムから考え直すほうが、よほど優しいケアになるはずですよね。
舟津氏:勘違いされていると言えば、「心理的安全性」という言葉もまさにそうですよね。安全であることと不安を排除することはイコールではないはずなのに、混同されている。心理的安全性とは、失敗しても大丈夫だと思えることなのに、多くの企業では不安がないようにすることが安全性だと勘違いして、少しでも嫌なことがあったらそれを排除しようとしてはいないでしょうか。
勅使川原氏:究極的には、同質性をひたすら高めれば安心感を得やすくなるので、すごく危険な話にすり替わってしまう気がします。自分たちと似たような人ばかりを採用して、チームを組んで、安心だなんて。同質性の議論は『若者恐怖症』の中にも出てきますよね。
舟津氏:基本的には、異質な人と一緒に働くことを受け入れなければ仕事は進まないはずです。でも、人は同質のほうが気持ちいいと感じてしまう。多様性を喧伝(けんでん)する社会の流れと裏腹だなと感じています。
同質性からくる安心感を追求すると、例えば採用のとき自分に似ている同性を選びがちでしょう。すると同質性がさらに高まってしまう。同質性の高い組織は、必ず同調圧力が強くなる。それは職場の働きづらさにつながるはずです。性別をはじめとする属性に対して組織内で意図的に多様性を持たせることが大事。このとき問題となるのは、何を属性とするのか、そしてどんなときに属性が違うと判断するのか、という問題だと思います。
「自分史面接」の問題点
勅使川原氏:最近すごく驚いた話があります。大手商社が、新卒採用で従来のようなエントリーシートを使わずに、代わりに「自分史」を書かせて、それをもとに面接をするのだそうです。「ガクチカ(学生のときに力を入れていたこと)」を聞くのはもうやめにして、これからは「自分史面接」だとか。
家柄が良くて、いろいろな経験をさせてもらった学生は、書くことが潤沢にあるでしょう。でも、人に話せるような人生ではなかった学生だってたくさんいますよね。「これからはいろいろな経験をした人を多様な評価軸で採用する」と言いながら、実は生い立ちや出自がすごく影響するような選抜になっていくのではないかと心配になりました。
舟津氏:「あなたの生い立ちを書きなさい」というのは、本来採用では触れてはいけないプライベートの部分に踏み込んでしまう可能性もあるので、けっこうグレーだと思います。自分史を書かせるというのは、純粋に内面を見ているようなフィクションを持ちつつ、実質的に出自や家柄を見ている可能性がある。それに、つまらない人生を送ってきた人は入社できないということなの? となりますよね。それはおかしいでしょう。

勅使川原氏:つまらない・面白い、と他人がやすやすと人生をジャッジすること自体に違和感がありますよね。
舟津氏:これはある学生の話ですが、面接で失敗経験を聞かれて、「ない」と答えたら、面接官が苦い顔をして「もう少しちゃんと準備してこい」と言ったらしいです。学生の皆さんは、失敗話をちゃんと準備しておかないといけないんですよ(苦笑)。
就活を控えた学生たちが話しているのを聞くと、みんな必死にどうやって嘘をつくか頭をひねって考えているように感じられます。失敗経験でも、「どのくらいのレベルの失敗の話をしたらいいのか」と必死に嘘を考えているんですよ。嘘の付き合い、ばかし合いになっている。面接でストレス耐性をアピールするために「小さい頃から親に殴られてきたので全然大丈夫です」と言うつもりだ、と話す学生もいました。
勅使川原氏:全然大丈夫じゃない(苦笑)。
舟津氏:仮に入社できたとしても、それではその組織が暴力を肯定するような価値観を持っているということなのかという。もしくは、「面接だから嘘をついてもいい」で終わってしまう話なら、それはそれで問題ですよね。
採用を通じて何らかの能力を測りたいけど、どう測っていいか分からないから、企業は何か新しい基準を作り、それをクリアするために学生たちは嘘をつく。いたちごっこですよね。こうした茶番は終わらせて、学生たちに嘘をつかせないようにしなければならないと感じています。
勅使川原氏:学生の側に、いたちごっこから降りて嘘をつくのをやめろ、と言っても難しいと思うので、私は企業の側が考え方を変えるのがいいと思います。そのために、本来多様な「働く」を問い直しているのです。
(構成:尾越 まり恵)
[日経ビジネス電子版 2026年1月27日付の記事を転載]
勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)
