「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏と考察する。※本連載を基にした書籍『「働く」を問い直す 誰も取り残さない組織開発』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

よく「経営者は孤独だ」などと言いますが、勅使川原さんから経営者だって悩みや葛藤を抱え、仕事を通じて傷ついたりしていると聞き、少し反省しました……。これまで、経営者の悩みや傷つきなんて想像もしてこなかったな、と。
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):普段はどんなに強そうに見えても、人間ですから、いろいろ抱えているものです。自分にだっていろいろな顔(役割や感情)があるように、他者も多面的な存在であるということは、心に留めておきたいですね。
それこそ、多面的な人間の一部しか反映していないのが「学歴」だと言えます。能力主義の浸透した社会では、企業の採用や配属などでも個人の学歴が重視されてきましたが、それに代わるものが何かあるかというと、人事担当者も悩んでいそうです。そこへ、勅使川原さんが『学歴社会は誰のため』(PHP新書)という新刊を出されました。その中で学歴についてどんな議論をしているのか、興味があります。
勅使川原氏:脱・能力主義によって組織をつくっていくためには、人それぞれにある持ち味の組み合わせによって事業を担い合っていく必要があります。この本では、「人をどう組み合わせるとよいのかが、『学歴』で本当に分かりますか?」という問いかけをしています。学歴に関する論争というのは古くからあり、終わりが見えないものですが、「どの学校歴ルートが最もトクか?」というようなそろばんで弾くことで、「働くということ」がよくなっていくのでしょうか、と問うているわけです。

確かに、学歴に関しては、「中学受験をしたほうが結果としてコストパフォーマンス(コスパ)がよい」とか、「大手企業の人事部が評価するのはこの大学のこの学部」みたいな記事があふれていますが、それらが組織をよくすることにつながるのかというと、よく分かりません。
勅使川原氏:そうですね。学歴の話は、個人のコスパや損得勘定の話であれば、いくらでもしてもらっていいのですが、人と人とを組み合わせて職場をよりよくするための材料にはなり得ないと思うんです。学歴は組織開発をする上で脆弱な情報と言わざるを得ません。それに実態として、就活サイトなどで学生がエントリーする仕組みの裏に「学歴フィルター」がいまだにありますよね。恣意的に設けられた基準から漏れた大学の学生は応募すらできないという状況は、隠れた差別にほかなりません。ただ、この問題に関して、私は差別を責め、騒ぎ立てたいわけではありません。それを許してきた、日本の労働社会の構造に着目しています。
フィクションとしての「学歴不問」
「学歴不問」とする企業も増えている印象がありますが、まだ学歴フィルターは存在するのですね。学歴による選抜がなくならないのは、なぜでしょうか。
勅使川原氏:ヒントは、日本のメンバーシップ型雇用という慣習にあります。詳しくは本書を読んでいただきたいところですが、メンバーシップ型雇用と、それにひもづいた人材管理の慣習では、「この人は仕事でもきっと頑張れそう」くらいの粒度で「職務遂行能力」というものを個人が持つ前提にして、選抜するよりほかないんですよね。職務遂行能力を暗示する、代理指標の最たるものが学歴だったわけです。
しかし考えたいのは、個人(学生)を「見極め」て選抜することだけで、本当に日本の労働をよりよいものにできるのか、ということなんです。いつまで個人は、企業から「お手並み拝見」とばかりに、曖昧な「能力」を基にした、選抜という名の選別をされ続ければいいのでしょうか。
職務遂行能力、つまり「仕事ができる力」があるかどうかを、学歴で測っているというわけですか。こんなざっくりした新卒一括採用が、いまだに多くの企業で行われているのですね……。
勅使川原氏:メンバーシップ型雇用かつ新卒一括採用をする企業にとって、「能力」の見極めに使えるリソース(人、時間、カネ)は極めて限られています。いくら考えても個人の能力というものがよく分からないなら、「頑張れそう」かどうかのシグナルとして学歴に着目してしまおう、というのは悲しいかな、合理的な選択と言えます。しかし、そういった企業にとって、分からないのは個人の能力だけではないんです。
というと? 能力以外には何が分からないのでしょう。
勅使川原氏:入社後にやる「仕事」、つまり職務(ジョブ)だって、てんで分からないじゃないですか。配属ガチャだなんだと労働の歪(ゆが)みが語られていますが、それには企業側が職務要件を整備してこなかったことも、大いに影響していると考えられます。もちろん、企業側にも悪意があったわけでは毛頭ありません。メンバーシップ型雇用という慣習ゆえに、各人が担う職務を詳細に定義する必要がこれまでなかったのです。
採用などの際にも、仕事といっても何を具体的にするのかは、事前に明らかにされてこなかったし、それを問いただす人も組織の中にいませんでした。頑張れそうな人をガサッと採用して、ジョブローテーションさせて、だいたい年功序列で昇進させて、定年がきたらゴソッと出ていってもらうのが当たり前でしたよね。でもそのやり方を、この先も続けていていいんでしょうか? もとい、続けられるのでしょうか?
とても続けられなさそうです。
勅使川原氏:企業は、職務要件の整理は手付かずのままなのに、一方で個人に対して「求める能力」や「求める人物像」の要請を厳しくしていこうとしています。それが人材育成の未来だと言えるのか、甚だ疑問です。
個人に「能力」を求めるのなら、企業側も職務要件の明示など、具体的に求めていくべきではないか、ということですね。
勅使川原氏:はい。仕事というものは、孤高の数学者などを除いて、基本的に「分業」で成り立っています。分業で担い合うには、どういった職務の要素や役割があるのかを明示することは不可欠です。職務要件を明らかにした上ではじめて、誰がその役割を果たしやすいか、という話になります。その意味でも、分業体制(人と人、人と職務の組み合わせ)を考える材料として、学歴は脆弱ではないか、と言いたいのです。
人事部長が見つけた「プラチナ住所」
それでは、学歴以外のどんな情報でなら、意味がありそうでしょうか。勅使川原さんの過去の著作で印象に残っているのが、「プラチナ住所」という言葉です。都心の超一等地にそびえたつタワーマンション(タワマン)等の住所のことで、それがエントリーシートに書かれているのを人事部長が発見し、採用につながったとか。
勅使川原氏:それはこんな話でした。日本最高峰の大学の学生2人がある超有名企業の選考を受け、1人は合格、1人は不合格だったのですが、合格した1人も実は不合格になりそうでした。しかし、人事部長がエントリーシートを見直し、「帰省先住所」に書かれた都心の超高級住宅街にあるタワマンの住所を発見し、“敗者復活”したのです。それに対して不合格になったのは、ひとり親家庭出身で塾にも行かずに一流大学に合格した猛者だったのですが、「カルチャーフィットが弱い」という人事部長の一言であっけなく不合格になったそうです。
実家の住所で選考が左右されるなんてひどい話ですが、「カルチャーフィット」という言い訳もよく分からないですね。つまり、自社の組織への適合性が弱そう、ということですか?
勅使川原氏:組織文化への「親和性」をあたかも個人が有する能力の一種として「カルチャーフィット」と言っている企業は散見されます。なじみやすさ、親しみやすさ、仲間意識が持てそうかどうか、といった曖昧なものであり、結局は「相性」の言い換えなのに、個人の「能力」の問題にされてしまう。仮に「カルチャーフィットが……」と言われたとして、何をどうすれば改善できるのかというと、その手立ては事実上ありません。それってあんまりじゃないですか……。
企業は「多様性」を声高に謳(うた)っていますが、それとも相いれません。私も、このことには虚無感と違和感を覚えます。分かるようで分からない「能力」で企業が個人を選別することは、決して当たり前ではなく、本当はもっと職務が企業側から開示され、双方対等な立場で相性のよさを見極め合う機会がつくられてしかるべきではないでしょうか。
適性検査の結果は役に立つ
まさにそうですね。学歴や、実家の住所などではなく、どのような個人の情報なら、組み合わせを考える参考になるでしょうか。
勅使川原氏:組み合わせたときのチームのダイナミクス(力学)を予見するのに使える情報ならば大歓迎だと考えています。例えば、新卒採用でも経験者採用でも、選考時に企業は「適性検査」を実施していますよね。有名なところでは、リクルートの「SPI」、e-人事の「CUBIC(キュービック)」、エス・エイチ・エルの「玉手箱」などですね。これらの適性検査では、言語や数理、図形、論理、英語などの問題のほかに、「性格テスト」も含まれています。性格というか、その人がとりやすい言動パターンや、「選好性」(好んで選びやすいパターン)が、ある程度の信頼性をもって知ることができます。
なるほど。ただ、私が就職するときにはまだ適性検査がなかったので、どのようなものなのか少しピンとこないのですが……。
勅使川原氏:昨今の適性検査はWebアンケートのシステムを使っていて、性格テストの部分については、日ごろの行動について50~200近くの問いに答えていくものが一般的です。アンケート形式なので正直に答えないこともあるのではと思うかもしれませんが、そのような場合はシステムの側で「この人、回答がブレているので、ウソをついているようですよ」と教えてくれたり、回答パターンで「自己過大評価傾向」かどうか、などまで分かるものも。

そのテストで性格というか、言動パターンなどが把握できるのですね。
勅使川原氏:車で例えるならば、アクセルの働きをしやすい人なのか、それともブレーキをかけるような慎重なタイプなのか、といったことですね。その程度でも、今やろうとしている事業に対して、既存メンバーにはすでにアクセルタイプが7割いるから、ブレーキタイプを加えようか、などと考慮できます。また、新規事業創成部と銘打ったチームなのに、ブレーキタイプを10人集めてしまっては、なかなか大胆な議論にはなりにくいかもね、といったことも予見できるでしょう。
つまり、人の「持ち味」を組み合わせるための情報として、この適性検査の結果というのは、学歴よりはよほど足しになるのではないかということですね。少なくとも、「攻めが得意な人」と「守りが得意な人」ぐらいでも把握できれば、組み合わせるときの参考になるという話です。
営業部門で、大型案件を取ってこられるような「攻めが得意な人」だけでなく、それとは真逆のコツコツとオペレーションを頑張る「守りが得意な人」を組み合わせるわけですね。
勅使川原氏:そうです。過去にはこういう例もありました。巨額の赤字を抱えていた米IBMは、米マッキンゼー・アンド・カンパニー出身のルイス・ガースナー氏が新社長に就任し、徹底的な「組織風土」「リーダーシップ」改革により、窮地を脱したといわれています。組織開発として社員の「性格」の把握から始め、性格診断の情報を基に、変革に向く人や、既存事業に向く人を分けて、組織編成や人員整理、部門業務の振り分けなどの調整を行ったのです。
IBMのような大企業でも、社員の性格の把握から始めて成功したのですね。
勅使川原氏:もちろん、性格だけですべてが決まるわけではありません。ただ、持ち味の組み合わせを考える上で参考になる情報ではあります。繰り返しますが、適性検査の結果はあくまでも持ち味(その人の凸凹)の把握に過ぎません。それを組織開発に活用するためには、事業で成し遂げたいことに関連する職務・機能を明文化し、人と人との組み合わせによって推進していくということが必要なのです。経営者の手腕というのは、組み合わせの創造と試行錯誤だ、と言い換えても過言ではないかもしれません。
(聞き手:竹内 靖朗、構成:尾越 まり恵)
[日経ビジネス電子版 2025年3月18日付の記事を転載]
勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)
