健康でいたいけど、おいしいものを我慢するのも、面倒なことを続けるのもむずかしいですよね? 自分の暮らしを楽しみながら、賢く食べて優雅に生きるフランス人は食事制限もジム通いもしません。日経ビジネス人文庫『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』(ミレイユ・ジュリアーノ著/羽田詩津子訳)から「贅沢(ぜいたく)で、太らない」技術を抜粋して紹介します。1回目は、「フランス人のパンの食べ方」について。
パンは何も悪くない
炭水化物ダイエットが登場してから、パンは世間の「敵」の筆頭にあげられたように思える。たくさんの人々が果てしない減量作戦のために、人生のもっとも基本的な喜びを忘れていることがただ悲しく感じられる。その作戦の信奉者が、パンを食べている人たちよりも、むしろ心臓病の危険が増すというのはいっそう悲しいことだ。
パンは人々を太らせるのか? 馬鹿馬鹿しい! たいていのものは食べすぎれば太るのだ、もちろん。しかし、パンそのものにはどこも悪いところはない。食事からパンを消去することは憂うべきことで、おそらく不健康だ……きわめて反フランス的である。
誤解しないでいただきたい。パンをあなたの人生に加えろと主張しているわけではない。この惑星の何億という人々はパンがなくても問題がない。だが、わたしのようにいいパンを評価するなら、健康的な体重を保ちながら、それを楽しむことはできるのだ。
いいパンは繊維質に富んでいて、お通じに効果がある。わたしたちフランス人は栄養摂取だけではなく、消化にも気を配っているのだ。そしてフランスのパンには脂肪が含まれておらず、最近は軽めの味なので、カロリーの塊というわけではない。
フランス流 賢いパンの食べ方
しかし、フランス女性はそれなりの基本ルールを持っている。食べた枚数を勘定し、最初の料理が出される前にはパンを食べず、外食の大きな落とし穴を回避している。つまり、パンを前々菜にしないということだ。それは学ぶべき簡単な技術である。空腹で失神しそうでないかぎり、10分間我慢すれば、大量のカロリーを節約し、バランスのとれた食事のために胃袋のスペースを確保できるのだ。
食事といっしょの(あるいは食事としての)ひと切れかふた切れのパンは大きな楽しみのひとつである。ひと切れ(バゲットの直径なら厚さ2.5センチぐらい)なら、フルーツひと切れ以上のカロリーはないし、澱粉(でんぷん)なのでもっとゆっくりと糖に分解されていく。少量の他のもの(サーディンふた切れとか、トリュフひと切れとか)とバターを添えれば、それだけで心から満足できるバランスのとれた軽食になる。タルティーヌ・ブール(バターを塗ったバゲットの薄切り)は朝食にはうってつけだ。ジャンボン・ブールはフランスの古典的なハムのサンドウィッチで、人気のある昼食だ。
アメリカのサンドウィッチでは、パンは付随的な存在に思える。かたやフランスのサンドウィッチでは、パンを食べるきっかけを、はさむ具が提供しているにすぎない。といっても、きっかけが必要なわけではない。母はよく午前11時頃にバゲットを切って、おやつとして食べていた。
アメリカ人にとって最大の障害は、食べるパンの量ではなく品質だ。残念ながら、それはアメリカ人だけに限ったことではない。ヨーロッパのほとんどの国が、いいパンに対する伝統的な技を失ってしまったのだ。食べ物がフランスと肩を並べる高い水準にあり、同じように重要視されているイタリアですら、パンの品質はかつてと同じではない。
パリにわたしを訪ねてくるイタリアの友人は、必ず最高のバゲットと最高の天然酵母のパンかクロワッサンを探し回っている。フランスのすばらしいパン店は、これらのパンに手を抜くことは決してない。
フランス人のパンへのこだわり
わたしたちにはいくつかの基準と期待がある。バゲットは大きな不規則な空気穴があって、皮がパリパリして堅くなければならない。天然酵母の白いパンには、しっとりしたやわらかさと酸味を求める。さらに食べ物とのとりあわせもある。
牡蠣(かき)なら、ライ麦パン(3分の2がライ麦、3分の1が小麦の薄い茶色のパン)。チーズのときは、どんなナッツのパンでもいいわけではなく、クルミかヘーゼルナッツのパンを好む。そしてもちろん、オリーヴのパンはプロヴァンスだけの特産物ではなく、どの土地でも地中海料理、とりわけ魚料理にはつきものだ。それでもパンは決してありふれたものにはならず、その感覚的な可能性を探求することに喜びを覚えるのだ。
しかし熱心な職人が近所にいなくて、大都会以外では出会う可能性が少ないとしたら、アメリカ女性はおいしいパンを手に入れるためにどうしたらいいのだろう?
初めてニューヨークに引っ越してきたとき、わたしは同じ苦境に立たされた。そのためフランス女性がめったにしないことをやらざるをえない羽目になった。自分でパンを焼くことを学んだのだ。とくにむずかしかったのは、クロワッサンを焼くことだったが、チェーンベーカリーがクロワッサンと呼ぶ脂ぎった忌まわしいものでは絶対に満たすことのできない、日曜朝の恒例のメニューを用意しようとした。
洗濯物を川に持っていくのと同じように、パンを焼くことは時代遅れで時間のむだだと考えている人に対して、偉大なアメリカの美食家、M・F・K・フィッシャーが『食の美学』(本間千枝子、種田幸子訳/サントリー博物館文庫)で述べている言葉を贈ろう。
「ヨガも、音楽が響いている礼拝堂での瞑想(めいそう)も、自分で自分のパンを焼くというつつましい作業ほどには、あなたの憂鬱(ゆううつ)を払拭してくれないだろう」
品質においてパリのベーカリーと肩を並べることはできない。しかし、パンを焼いている香ばしい匂いに期待を高まらせながらおいしいパンを味わうことは、比類のない経験だ。それに、オーヴンから出して30分以内のパンほどおいしいものはない。
だからこそパリにいるときには、近所のすばらしいベーカリー〈カルトン〉の焼き上げ時間に週末の予定をあわせているのだ。もしかしたら、ニューヨークの友人たちが相変わらず日曜の朝にわたしの素人クロワッサンを食べに来るのも、同じ理由かもしれない。食べ物をその本来のすばらしい形で味わうことは、実にうれしいことだ。
いつか週末にパンを焼いてみてほしい。
『 フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか 』
ミレイユ・ジュリアーノ著/羽田詩津子訳/日本経済新聞出版/990円(税込み)

