ウォーレン・バフェットの相棒にして伝説的な投資家チャールズ・T・マンガー。バフェットとマンガーの会社、バークシャー・ハザウェイの年次株主総会で、ある若い株主が人生で成功する方法をたずねた。その答えは人生での成功法であると同時に、投資で失敗しないための独自手法を説いたものでもあった。「避けるべきこと」に重きを置くマンガーの思考法を『Poor Charlie’s Almanack チャールズ・T・マンガーの金言』(ピーター・D・カウフマン編/貫井佳子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

まず避けるべきことに重きを置く

 2004年のバークシャー・ハザウェイの年次株主総会で、若い株主がウォーレン・バフェットに人生で成功する方法をたずねた。バフェットが自分の考えを述べたあと、チャーリー・マンガーが付け加えた。「コカインに手を出さないこと。列車が近づいている線路に進入しないこと。エイズに感染しそうな状況を避けること」。多くの人は、この軽口めいた答えをただのユーモア(たしかにそうではあったのだが)として片づけてしまうだろう。だが実のところ、チャーリーの人生全般での厄介事の回避に関する見解と、投資で失敗しないための独自の手法の両方を忠実に反映している。

 この発言からもうかがえるように、概してチャーリーは、ある状況で積極的にとるべき行動を考える前に、避けるべきこと(つまり、してはいけないこと)にまず重きを置く傾向が強い。「とにかく自分がどこで死ぬのか知りたい。絶対にそこには行かないようにするから」とは、チャーリーのお気に入りのブラック・ジョークの一つだ。

 人生全般と同様にビジネスでも、チャーリーはチェス盤上の見込みのないマスを即座に除外し、より実りのありそうなエリアに時間と集中力を振り向けることで、計り知れない優位性を身につける。また複雑な状況を、できるかぎり平易で感情に左右されない基礎的な要素に解きほぐそうと努力する。

単純であるべきだが、単純化しすぎてはならない

 ただ、このように合理性と単純明快さを追求する過程でも、チャーリーは「物理学への羨望」と呼ぶものを慎重に避ける。物理学への羨望とは、(たとえば経済学の中の)きわめて複雑なシステムをニュートン力学の方程式のように汎用的なものへ単純化してしまいたくなる、一般的な人間の欲求を意味する。チャーリーが忠実に守っているのは、「科学理論はできるかぎり単純であるべきだが、単純化しすぎてはならない」というアルベルト・アインシュタインの忠告であり、自身でもこう語っている。

 「自分の特定の行動が害よりも大きな利益をもたらす、と感じたり、強く確信したりすることには反対だ。私たちが向き合っているのは、あらゆるものが他のあらゆるものと相互に関わり合っている非常に複雑なシステムなのだから」

合理的な判断をいつも下せるとは限らない

 チャーリーの投資観の形成に大きな影響を及ぼした人物に、もう一人のベンジャミン(フランクリンではなくグレアム)がいる。グレアムの著書『 賢明なる投資家 割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法 』(土光篤洋監修/増沢和美、新美美葉訳/パンローリング)から生まれ、長らく支持されてきた概念に「ミスター・マーケット」がある。ミスター・マーケットは普段は温和で理性的だが、時折、不合理な恐怖や強欲の虜(とりこ)になってしまう。グレアムは投資家に、しばしば極端な楽観と悲観を示す金融市場の振る舞いに惑わされず、感情を排した自らの判断力を注意深く用いるよう、警告した。

 チャーリーも、きわめて有能で意欲にあふれた人であっても、純粋に合理的な判断をいつも下せるとは限らないことを認識している。このため、人間の誤判断における心理的要因を、投資活動に適用できる特に重要なメンタルモデルの一つとみなしている。

 「私自身は、2段階分析とも言うべき手法をとるようになりました。まず合理的に考えて、利害を実際に決定づけている要因は何かと問います。次に、自分の潜在意識にどのような要素が影響を及ぼしているのかを探ります。脳は無意識のうちに自動的に働き、だいたいは有意義な行動をもたらしますが、しばしば誤作動も起こします。第1段階は、ブリッジのプレイ中に用いるのと同様の合理性を重視したアプローチで、実際の利害や現実的な可能性などを評価します。第2段階では、誤りがちな無意識下での判断を促す心理的要因を評価します」

 言わずもがなだが、ここまで紹介してきた手法を大学の講義やウォール街で学ぶことはできない。それはチャーリーが、自ら設定した厳格な条件を満たすために一から築いてきたものであり、独自の表題をつける価値があると言ってよいだろう。たとえば「してはいけないことという大きなグループを即座に排除し、続いて残ったものを多分野横断的な分析でよどみなくふるい分け、そしてしかるべき状況が訪れたときにのみ、断固たる行動をとる」というように。

 こうしたアプローチを構築し、順守することに、その労力に見合う価値があるのだろうか。チャーリーは、あると考えているようだ。「座ったまま、自分よりはるかに賢い人々を出し抜くのはなかなか楽しい。より客観的、より多分野横断的に考えるよう、自分を鍛えてきたからこそできることだし、私自身の経験が証明するように、たくさんのお金もついてくるのだから」

ウォール街では学ぶことができないマンガー独自の投資観(写真:vacant/stock.adobe.com)
ウォール街では学ぶことができないマンガー独自の投資観(写真:vacant/stock.adobe.com)
バークシャー・ハザウェイ元副会長、唯一の著作

ウォーレン・バフェットの相棒にして伝説的な投資家チャールズ・T・マンガー。マンガーの複雑かつ独特な投資評価と意思決定を本人が明かした伝説的な1冊がついに邦訳! これは単なる投資本ではない。身の回りの世界を理解するために自分の頭でどう考えるべきかを示した指南書である。

ピーター・D・カウフマン編/貫井佳子訳/日本経済新聞出版/5500円(税込み)