ウォーレン・バフェットの相棒にして伝説的な投資家チャールズ・T・マンガー。ロジックや本能、直感を駆使し、「今回は違う」という通説に逆らうマンガー独自のアプローチはどのように築かれたのか? 人生をかけて「独学」で身につけた化学、経済学、心理学、経営学を組み合わせた指針を本人が明かした伝説的な1冊、『Poor Charlie’s Almanack チャールズ・T・マンガーの金言』(ピーター・D・カウフマン編/貫井佳子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
マンガーの「多重メンタルモデル」アプローチ
チャーリー・マンガーにとって投資における成功は、自身が慎重に的を絞り、構築した人生に対するアプローチの副産物にすぎない。
かつてウォーレン・バフェットはこう言った。「チャーリーはどんな案件でも、この世の誰よりも速く的確に分析・評価することができる。たった60秒で問題点を正確に見抜く。パートナーとして完璧だ」。バフェットがそこまで絶賛するのはなぜか。その答えは人生、学習、そして意思決定に対するマンガーの非常に独特なアプローチにある。
チャーリーの投資アプローチは、ほとんどの投資家が採用している、より初歩的なものとはまったく違う。チャーリーは企業の財務情報だけに頼った表面的な評価ではなく、投資先候補企業の内部状況と、その企業が活動している分野のより広く総合的なビジネス環境(エコシステム)の両方を材料とした包括的な分析を行う。そして、その作業のために用いるツールを多重メンタルモデルと呼んでいる。
このモデルは、情報を収集、処理し、行動へとつなげるプロセスの枠組みとして機能する。多重メンタルモデルは歴史学、心理学、生理学、数学、工学、生物学、物理学、化学、統計学、経済学などの伝統的な学問領域から分析ツールや手法や公式を取り入れ、巧妙に結びつける。
チャーリーが投資分析に用いるエコシステム・アプローチのロジックは、非の打ちどころがない。複数の要素で成り立っている世の中のほぼすべてのシステムと同じように、エコシステムを理解するには、さまざまな領域から複数のモデルを取り入れ、巧みに適用する必要がある、というのだ。ジョン・ミューア[訳注:「国立公園の父」と呼ばれるナチュラリスト]が自然界の相互関連性について語ったように、「何か一つのものだけを切り離そうとすると、それが世界のあらゆるものと結びついていることに気づく」のである。
チャーリーは、内外双方の環境を構成している関連要素のすべて、あるいは少なくともほとんどをしっかりと把握することで、自分の投資先候補の各社と結びついている世界を解明しようとする。適切に収集され、整理された複数のメンタルモデル(本人の推計によると約100に及ぶ)は、人生の目的や本質に関する卓越した洞察へとつながる文脈、本人の言葉を借りれば「格子状の枠組み」を導き出す。
ここでの目的により即した表現をすると、チャーリーのモデルは混沌と混乱を内包する投資上の複雑な問題を基礎的要素の組み合わせへと明確化することのできる分析の仕組みを提供する。そうしたモデルの特に重要な例としては、工学由来の冗長化およびバックアップ・システム・モデル、数学由来の複利モデル、物理学・化学由来のブレイクポイント・モデル、転倒モーメント・モデル、自触媒モデル、生物学由来の現代ダーウィン派総合モデル、心理学由来の認知的誤判断モデルが挙げられる。
こうした広範囲にわたる分析を行うと、投資候補企業同士を融合させたり、結びつけたりする形で影響を及ぼす要因が非常に多いことが深く理解できる。すると、副次的効果や波及効果、漏出効果の存在が明らかになる場合もある。また、複数の要因が組み合わさることで、良くも悪くも「ロラパルーザ級」(とんでもないレベル)の結果が生じるケースもある。

化学、経済学、心理学、経営学を組み合わせる
そのような枠組みを用いるチャーリーは、こと投資分析に関しては、ほとんどの投資家と別の世界で生きていると言える。チャーリーは投資にかかわる問題が本質的に複雑だという現実を受け入れ、従来型の投資手法よりも、厳格さが求められる科学的探究を重視したアプローチをとる。そして、膨大な準備と広範囲に及ぶ調査を武器に、その複雑な問題に立ち向かうのだ。
「広い分野から重要なアイデアを取り込む」というチャーリーの投資評価アプローチは、その考案者本人と同様に投資業界で明らかに異彩を放っている。対処すべき課題に適した既存のアプローチを探るのではなく、チャーリーは手間暇をかけ、ほぼ独学で独自のシステムを構築した。
「独学」という表現に誇張はない。「私は今日まで化学、経済学、心理学、経営学に関する講義をいついかなる場所でも受けたことがありません」と、かつて語っている。だが、そうした学問領域、とりわけ心理学がチャーリーの手法の土台を築いているのだ。
この独自のアプローチと、それを支える並外れた知力と気質、関連分野での数十年の経験があるからこそ、チャーリーは企業に関するパターン認識の名人になったのであり、バフェットにも高く評価されている。
チャーリーはチェスの達人のようにロジックや本能、直感を駆使し、最も有望な投資行動を決定する。その姿は、投資に関する洞察は単純明快とも言える形で苦もなく湧いてくる、という幻想を生み出す。
だが勘違いしてはいけない。その単純明快さは、理解するための長い旅の終わりにこそ到達できるものであり、最初から実現することはない。チャーリーが鮮やかに投資判断を導き出せるのは、生涯をかけて人間の行動パターンや企業システム、数えきれないほどの他の科学分野を勉強してきたという苦労があればこそなのだ。
「頻繁に売買してはならない」
チャーリーは自身の基本的な行動指針の中でも準備、忍耐、規律、客観性を重視している。どんな集団力学や感情のうずきが生じようとも、あるいは「今回は違う」という通説が幅を利かせようとも、これらの指針から逸脱することはない。
指針に忠実に従った結果、生まれたのが「頻繁に売買してはならない」というマンガーのとりわけよく知られた投資原則の特徴の一つだ。バフェットと同様に、マンガーは投資キャリアにおける成功のカギが、つまるところ、ほんの一握りの意思決定にあると考えている。
したがって、気に入った企業があるとチャーリーは巨額を投じ、概して長期にわたり保有しつづける。チャーリーはこれを「座して待つ投資」と呼び、そのメリットをこう説いている。
「ブローカーに支払う手数料や無駄な話を聞く時間を減らせますし、うまくいけば節税できた分で複利ベースの年率のリターンを1~3%上乗せすることも可能です」
チャーリーの見解によれば、投資先を3社に絞ったポートフォリオで分散効果は十分に得られる。このため、チャーリーは自己資金のかなりの割合を個別の「的を絞った」投資機会へ積極的に投じる。ウォール街の企業や金融アドバイザー、ミューチュアル・ファンド・マネジャーの中に、このような方針を進んでとる者がいるだろうか。
輝かしい実績があるにもかかわらず(バフェットの支持を得ていることは言うまでもない)、チャーリーの投資手法を常日頃から手本とする者があまりいないのはなぜか。おそらくは、ほとんどの人にとってチャーリーの多分野横断的なアプローチが純粋に難しすぎるからだろう。
さらに、多数派に従わず、愚か者とみられることも厭(いと)わないチャーリーに同調する投資家はめったにいない。客観性を信条とするチャーリーは、世論という潮流に逆らって冷静沈着に(必要とあらば永遠に)泳ぐこともためらわない。それは一般の投資家にはほとんどみられない特性である。
そして、こうした姿勢は時としてただの意地っ張り、あるいはあまのじゃくとみなされうるが、それらは彼の特徴を表すのに的確な表現ではない。たとえ大多数にとっての常識に反する場合でも、チャーリーはとにかく自分自身の判断を信じることを良しとする。
ウォーレン・バフェットの相棒にして伝説的な投資家チャールズ・T・マンガー。マンガーの複雑かつ独特な投資評価と意思決定を本人が明かした伝説的な1冊がついに邦訳! これは単なる投資本ではない。身の回りの世界を理解するために自分の頭でどう考えるべきかを示した指南書である。
ピーター・D・カウフマン編/貫井佳子訳/日本経済新聞出版/5500円(税込み)
