ウォーレン・バフェットの相棒にして伝説的な投資家チャールズ・T・マンガー。マンガーの投資先はあまり多くない。自分の「能力の輪」を見きわめ、その中にとどまるために、まず全体でふるい分けを行う。投資先の分野を「単純で理解可能な候補」のみに絞るのだ。マンガーいわく、「投資で用いるカゴは、イエスとノーと難しすぎて理解不能の三つ」である。『Poor Charlie’s Almanack チャールズ・T・マンガーの金言』(ピーター・D・カウフマン編/貫井佳子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

マンガーの投資評価プロセス

 チャーリー・マンガーの投資先はあまり多くない。そのアプローチは、IBMのトーマス・ワトソン・シニア[訳注:初代最高経営責任者(CEO)]の名言に凝縮されていると言えるかもしれない。「私は天才ではない。ただ、中には得意なこともあり、そこから離れないようにしてきた」。チャーリーに知っていることがあるとすれば、それは自分の身の程だ。慎重に自分の「能力の輪」を見きわめ、その輪の中にとどまるために、まず全体で基本的なふるい分けを行う。投資先の分野を「単純で理解可能な候補」のみに絞るのだ。チャーリーいわく、「投資で用いるカゴは、イエスとノーと難しすぎて理解不能の三つ」である。

 チャーリーは「イエス」の候補を選別するために、わかりやすい、つまり自力で存続可能で、いかなる市場環境でもうまくやっていける優位性のある企業を探す。当然のように、この最初のふるい分けで残る企業は限られている。

 たとえば、多くの投資家が好む製薬会社やハイテク企業などは、「難しすぎて理解不能」のカゴに直行となる。大々的に宣伝されている「案件」や新規株式公開(IPO)は、ただちに「ノー」に振り分けられる。

 この最初の選別に耐えた候補は、チャーリーのメンタルモデル・アプローチでさらにふるいにかけられる。そのプロセスは過酷でダーウィン主義的であるだけでなく、効率的だ。チャーリーは、砂の山の中から砂金をより分けるような作業を忌み嫌う。それよりも、場合によっては地面のわかりやすい場所にあるのに気づかれていない大きな金塊を見つけるために、「広い分野から重要なアイデアを取り込む」アプローチを採用する。

 その徹底的な評価プロセスの中で、チャーリーが一つのデータベースに頼りきりになることはない。たとえ特定や測定や数値化が難しくても、対象の企業とそれが属する業界の内外双方の関連情報をすべて分析の材料として取り入れる。そこまで徹底しながらも、エコシステム・アプローチ全般における基本方針を忘れることはない。それは、ある一つの要素(代表的なのは、チャーリーがコストコの倉庫型ディスカウント店舗について話す際に好んで指摘する専門化)を最大化あるいは最小化して分析に取り入れることで、その要素の重要性が不相応に高まる場合もある、というものだ。

深い「堀(モート)」を備えた優れた企業を選ぶ

 チャーリーは財務報告書とそこに記されている基礎的な会計データを、中西部人ならではの懐疑的な目で見る。報告書の数字はその企業の本質的価値を示しているわけではなく、せいぜいそれを正しく計算するための取っかかりになる程度のものだ。分析用に追加すべき要素は無限に思えるほど多い。

 たとえば、規制環境の現状および将来の見通し、労働者、供給業者、顧客との関係性、技術の変化が及ぼしうる影響、競争上の強みと弱み、価格決定力、事業の拡張性、環境問題、そして特に重要とも言える、隠れたリスクの存在などである(チャーリーは無リスクの投資先候補は存在しないとわかっていて、とてもわかりやすい最小限のリスクがある企業を探す)。

 チャーリーは財務報告書のすべての数字を、実際のフリー・キャッシュフローあるいは株主キャッシュフロー、在庫をはじめとする運転資本資産、固定資産、そして営業権などの過大計上されがちな無形資産といった企業の実態に関する自身の見方に沿うように計算し直す。また、ストックオプションや年金制度、退職者医療給付によるコストが現在そして将来に及ぼす影響も現実的に評価する。そして貸借対照表の負債項目も、資産項目と同様に精査する。

 たとえば、適切とみなされる場合には、保険フロートのような債務を資産として扱うこともある。保険フロートとは、保険金として支払われるまでに何年もの時間がかかる可能性のある保険料収入のことだ。また、とりわけ企業の経営陣については従来型の数値分析をはるかに超える評価を行い、特にどれだけ「有能で、信頼に足り、株主本位であるか」を重視する。

 たとえば、その企業の経営陣は手元のキャッシュをどのように用いるのか。株主の利益になるよう、理性的に配分するのか、自分たちへの過分の報酬とするのか、自社本位の「成長のための成長」を追求するのに使うのか、というように。

 何よりも、チャーリーは商品、市場、商標、従業員、流通経路、社会のトレンドなど、あらゆる面での競争優位性と、その優位性の耐久力を評価し、理解しようと試みる。そして、外からの侵入を防ぐ事実上の物理的障壁という意味で、企業の競争優位性を「堀(モート)」と呼ぶ。優れた企業は深い堀を備えており、永続的な防御力を確保するためにそれを拡幅しつづけている。

 このようにチャーリーは、長い目で見るとほとんどの企業は競争による破滅の圧力に包囲されている、という慎重な見方を有する。マンガーとウォーレン・バフェットは、この競争優位性の問題に一点集中している。二人は長いビジネスキャリアの中で、時に痛い思いをしながら、数世代にわたって存続する企業がほとんどないことを学んできた。だからこそ、そうした過酷な生き残り競争の中で勝算のある企業を特定し、それだけを買うことに力を注いでいる。

優れた企業は深い堀を備えており、永続的な防御力を確保するためにそれを拡幅しつづけている(写真はイメージ)(写真:StockPhotoAstur/stock.adobe.com)
優れた企業は深い堀を備えており、永続的な防御力を確保するためにそれを拡幅しつづけている(写真はイメージ)(写真:StockPhotoAstur/stock.adobe.com)

素晴らしい企業をまずまずの価格で買う

 最後にチャーリーは、希釈化などの可能性も考慮しつつ、企業全体の本質的価値の計算を試みる。おおよその1株当たりの価値を算出し、市場価格と比較するためだ。この比較、つまり価値(手に入れるもの)と価格(支払う額)を比べることこそが、分析の全プロセスの基本目標である。

 「まずまずの企業を素晴らしい価格で買うよりも、素晴らしい企業をまずまずの価格で買うほうがいい」という有名なチャーリーの見解は、こうしたなかで生まれた。バフェットはしばしば、チャーリーのおかげでこのアプローチの真価を理解できたと語っている。「チャーリーは早くから見抜いていた。私はなかなか気づけなかった」。

 チャーリーの洞察力は、バフェットが純粋なベンジャミン・グレアム流の投資手法から、ワシントン・ポスト、ガイコ、コカ・コーラ、ジレットなどの大企業に集中的に投資するスタイルへと移行するのを後押しした。

 チャーリーは極度の徹底主義者でありながら、枝葉末節や、ほかの人々ならとらわれかねない雑念を無視することができる。投資に関わる変数は、他のあらゆる分野の変数と同じく、それぞれのプロセスの中でふるい落とされていく。

 分析が終わるころには、投資先候補の企業は特に際立つ要素だけを残した状態までそぎ落とされており、実際に投資するかどうかについての考えもかなり煮詰まっている。最終的な判断基準は数学的というよりも哲学的だ。分析そのものの成果と、チャーリーの積み重ねてきた人生経験およびパターン認識能力が組み合わさった結果、ある種の「感覚」が生じるのだ。

適切なタイミングを評価するチェックリスト

 この時点でまだ残っているのは並外れて優れた候補企業だけだが、チャーリーは性急に買いに走ったりはしない。適切なタイミングなくして適切な評価はありえないと知っているため、「引き金を引く前」用のチェックリストを使ってさらに細かくふるい分けを行う。これはチャーリーが「紙一重」と呼ぶ状況について評価するうえで、とりわけ役に立つ。

 チェックリストには以下のような項目が含まれる。現在の価格、売買高、取引時の留意事項はどうなっているか。情報開示のタイミングなど、慎重に対応すべき要素は存在するか。不測の事態に際した場合の出口戦略はあるか。より有効な資本の活用方法が現時点で、あるいは潜在的に考えられるか。いま現在、十分な流動資本はあるのか、それとも借り入れなければならないのか。その資本の機会費用は何か、等々。

 チャーリーの徹底的なふるい分けのプロセスには、並々ならぬ自制心が必要だ。時間も長くかかり、その間、傍目(はため)には何もしていないように映る。

 だがチャーリーによれば、「戦略を追究し、完成させる、あるいは遂行するうえで、骨身を惜しまない分析は必要不可欠な要素だ」。それが現在の投資活動につながるかどうかにかかわらず(そして普通はつながらないのだが)、チャーリーとウォーレンは根気のいる作業をたゆまず続けている。

 この学び、考えることに行動そのものよりも多くの時間を割く習性は、偶然の産物ではない。妥協せずに「手持ちの札で真っ向から勝負する」という技を職人の域まできわめた者たちの規律と忍耐から生まれたものだ。

 世界的なブリッジ・プレーヤーのリチャード・ゼックハウザー[訳注:ハーバード大学政治経済学教授]のように、チャーリーは勝負に勝てたかどうかよりも、どれだけうまく戦えたかで自分を評価する。

 マンガーとバフェットの世界では、思わしくない結果に終わっても(自分たちでは手の施しようのない場合もあるため)責められないが、自ら制御できる準備や意思決定を疎(おろそ)かにすることは絶対に許されないのだ。

機会が訪れたら、大きく賭けに出る

 かなりまれではあるが、すべての状況がうまく嚙み合って投資を行うべき機会が訪れると、おそらくチャーリーは大きく決定的な賭けに出る。対象を絞り切らないまま投資したり、打診買いから始めたり、投機的な小規模投資を行ったりはしない。そのような行為は投資家が確信を持てずにいることを示唆している。めったに動かないチャーリーが行動を起こすのは確信あればこそだ。

 本人が語るように、チャーリーは「並々ならぬ忍耐力と並々ならぬ決断力」を体現する。その自信は、誰が、あるいはどれだけ多くの人が自分の見解に賛成または反対しているかではなく、わが身を客観的に見つめ、評価する本人の能力に基づいている。こうした自制力によって、チャーリーは自分が積み重ねてきた知識や経験、そして思考の正当性を評価するうえで、稀有(けう)な客観性を発揮する。

 ここでも、自己規律、忍耐、冷静さ、自立心といった、しかるべき気質的要素が重要な役割を果たしていることがわかる。チャーリーの高次元の投資実績は、これらの要素なくしては実現しなかったと言ってよいだろう。

バークシャー・ハザウェイ元副会長、唯一の著作

ウォーレン・バフェットの相棒にして伝説的な投資家チャールズ・T・マンガー。マンガーの複雑かつ独特な投資評価と意思決定を本人が明かした伝説的な1冊がついに邦訳! これは単なる投資本ではない。身の回りの世界を理解するために自分の頭でどう考えるべきかを示した指南書である。

ピーター・D・カウフマン編/貫井佳子訳/日本経済新聞出版/5500円(税込み)