東京・下北沢に新刊書店「本屋B&B」を開業し、“小規模書店業界”のリーダー的存在の一人である内沼晋太郎さん。内沼さんが取締役を務めるバリューブックスでは、取次会社を通さない直取引、買切、5冊単位のみ、という条件の出版レーベルを立ち上げた。出版流通のコスト構造を変え、書店や著者へ利益を還元しようという狙いである。一人出版社や文学フリマなど、多様化する出版の現在についても聞いた。
出版業界のコスト構造に挑む
内沼さんが取締役をされているバリューブックスでは、「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」という新たな本のレーベルを立ち上げました。その第1弾として、2024年5月に吉本ばななさんの書き下ろし日記『724の世界 2023』が出版されました。どういう意図があるのですか?
内沼晋太郎さん(以下、内沼) バリューブックスはオンラインで古本の買い取り・販売を行っている会社で、長野県上田市では「本と茶NABO(ネイボ)」という書店も運営しています。「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」は2022年に立ち上げた出版部門「VALUE BOOKS PUBLISHING」の新レーベルで、「DR」はダイレクトという意味です。
どういう売り方をしているのですか。
内沼 この本は取次会社を通さずに、書店との直取引で、買切のみ、5冊単位を条件に流通させています。現在、本書を扱ってくださる書店さんは100店舗ほどあり、大半が独立系書店です。
バリューブックスのオンラインストアでも販売する一方、Amazonには卸していません。ふだんオンラインでしか本を買わない人や、取扱書店が近くにない人は、みなAmazonではなくバリューブックスで買ってくださることになるので、バリューブックス側は出版社であると同時に、オンライン書店としても利益を見込めることになります。
そもそも、バリューブックスに自社の販売サイトがあるということを知らない人に、知ってもらえる機会にもなります。いずれ古本を売るときにもバリューブックスを選んでもらえるかもしれない。そうした別の利益が得られる分、出版社としての利益は極限まで削り、読者や著者に還元する、というモデルです。
今回は造本に力を入れつつ価格を抑えるというところに還元しました。ビニールクロス装の箱入りで、かつ定価2000円以下になっていますが、これは本来、よほど大量に刷ってもなかなか実現が難しいことです。また、流通上の制限からどうしても刷り部数が少なくなってしまう分、著者印税率も通常より高くしています。
要は、オンライン書店であるという強みを生かして、従来の出版業界のコスト構造のうち不均衡がある部分を大きく見直して、現状に即した形を模索してみようという試みです。
Amazonで売らないのは斬新ですね。
内沼 著者のファンの方であれば、「新刊が出るならば買おう」と、発売前に予約しますよね。そういったファンがいること自体、著者ご本人の力であるはずですが、ではファンがどこで予約をするかというと、今はかなりの割合がAmazonになります。結果、その1冊から得る利益は、著者よりもAmazonのほうが大きくなります。予約だけで総部数の数割が売れてしまうようなファンアイテム性の高い本だと、総額としても、著者や出版社よりもAmazonが一番利益を得ていたりもする。
もちろんAmazonもそのようなインフラになるために莫大な投資をして、企業努力をしているわけですが、寡占(かせん)状態になってしまった結果、Amazonに在庫がないと本自体の在庫がないかのように思われたり、出版社との利益率の交渉力もかなり強くなっていたりします。
この不均衡な構造から逃れるような本のあり方をつくれないかと思いました。もちろん、バリューブックスが扱っている古本はAmazonでも販売していて、同社はビジネスパートナーでもありますし、日本全国津々浦々に住む読者にとって本が手に入る環境を支えてくれているインフラでもありますから、その存在はリスペクトしています。ですが、必ずしもすべての本にとって、その構造下にあることが適しているかというと、そうではないと考えています。
実際のところ、事業として成り立っていますか。
内沼 はい。ただもちろん、仮に大手出版社から出していたり、既存の流通網に乗せていたりしたら、もっと部数が出ていただろうとは思います。直取引買切という条件に抵抗がある書店は仕方がないのですが、そうでない書店にもまだまだ、この本の存在を知ってもらえていないと感じていて、そこは私たちの課題です。長く売っていける本だと思っているので、もっと多くの人に手に取ってもらいたいです。でも、出版事業の今後のあり方として、一つの可能性を示せたかなと思います。
このモデルだと、吉本ばななさんのような、ある程度読者が見込める著者でなければ難しいということですか。
内沼 予約が一定数集まることを前提としているので、このモデルにおいてはそうなります。いずれにしても、まだ事例が一つなので、偉そうなことは何も言えません。ただ、一つの違う回路をつくれたとは思っていますので、ぜひ仲間を増やしていければと思っています。
例えば音楽業界では年々CDを売るのが難しくなり、多くの人がサブスクリプションで聴くようになりましたね。従来のレコード会社やミュージシャンは音源だけでは十分な利益を上げられないので、今はライブが中心のビジネスに移行して、グッズ販売なども含めて利益を確保すべく模索しています。同じ音楽を売るにしても、20年前と現在では売り方がまったく変わったわけです。
出版業界でも、同じぐらいの大きな変化が起きてもおかしくないはず。まして従来の売り方にはいびつな部分があるので、なんとか変えていきたい。その一環として、こういう事業に取り組んでいます。2025年以降はもっと踏み込んだ取り組みもしていきたくて、ずっと準備しているところです。
本屋が出版事業を行う理由
最近は出版事業を展開する独立系書店も増えています。やはり書店の売り上げだけでは厳しいので、それを出版で補おうという発想でしょうか。
内沼 考え方はそれぞれだと思いますが、少なくとも、他の業界ではSPA(製造小売業)というのは当たり前にあるものですよね。書店が自店だけで売るというのはなかなか厳しいですが、例えば本を1000部刷るとして、そのうち300部を自分の書店で売り切ると決め、残りの700部については10冊扱ってくれる書店を70店舗見つけられれば、売り切れます。
普通の出版社だと1000部ではなかなか原価率が厳しいですが、書店だと自店で売れば売るほどその分については利益率が高くなるので、違う計算式が成り立つ。そういう意味で「DR」はこれに似ています。
流通のハードルが下がって一人出版社が増えた
一人または小人数で出版社を立ち上げるケースも増えているように思います。内沼さんの影響かもしれませんが。
内沼 いえ、いわゆる「一人出版社」は「独立系書店」よりずっと前、もう20年ぐらい前から流れがありましたので、自分は後から知っているだけです。
とりわけ大きな後押しになったのは、出版社のトランスビューが2010年ごろから始めた「直取引代行」ですね。『まっ直ぐに本を売る ラディカルな出版「直取引」の方法』(石橋毅史著/苦楽堂)という本に詳しいので、ご興味のある方はぜひそちらを手に取っていただきたいのですが、いち早く書店と直取引でたくさんの口座を開いたトランスビューが、その取引口座を小さな出版社に開放し、相乗りさせていったような取り組みです。
受注の仕組みや倉庫なども共同で使えるので、特に出版社から独立する編集者などにとっては、本さえ作れれば出版社が始めやすい環境が整ったと思います。書店側も、トランスビュー経由の本を扱うことや、出版社や個人と直取引をすることにも少しずつ慣れてきていて、そんな中でもともと日販・トーハンの口座を持っていない独立系書店の数も増えているので、この10年ほどで小さな出版活動はずいぶんやりやすくなっていると言えるのではないかと感じます。もちろん、業界全体の売り上げは減っているので、一概には言えないのですが。
内沼さんが経営されている本屋B&Bでは、扱っている本の3分の1近くが一人出版社や小版元のものだそうですね。
内沼 正確な割合は分かりませんが、積極的に扱うようにはしてきました。創業した2012年当時もすでに出版不況で、既存の書店流通の仕組みはもたなくなるだろうといわれていました。だからトーハンで口座を開かせてもらったものの、いつまでも取引してもらえるとは限らないのではないかと考えていたんですよね。そこで、いずれ取次口座がなくなっても続けられるように、今のうちから出版社と直取引をすることに慣れておこうと考えたわけです。
でも、あれから12年が経過し、環境は厳しいといえども、ありがたいことにまだトーハンさんから商品を仕入れさせていただけています。
もちろん、直取引で取引相手が増える分、現場の事務作業は大変です。でも、そもそも日本が特殊なだけで、直取引のほうが主流の国もたくさんあるんですよね。だからむしろ、口座がどんどん増えてもいかに大丈夫な体制にしておくかを考えるほうが大切だと思っています。
文学フリマの盛況が示す出版の多様化
最近は個人が本を作って個人で売る文学フリマ(文フリ)も大変な盛況のようですね。その背景にあるものは何でしょうか。
内沼 作るのが簡単になった、というのがまず大きいのですが、特にこの数年の流れで言えば、いわゆる「SNS(交流サイト)疲れ」の影響も大きいと思います。何か発信したいことがあるときに、もちろん広く伝わる可能性があるのはSNSなのですが、あっという間に流れて消えてしまったり、不意に炎上したり、ずっと誰かに見られている感じがしたりというのに対する反動は、確実にあるはずです。
本は物理的に残るし、限られた人にだけ届き、炎上する可能性も低い。数字を追い求めるプラットフォームの原理にも巻き込まれずにすむし、何よりリアルな物体としての存在感や、工夫を生み出すこともできます。
内沼さんは文フリの取材もされていますね。
内沼 取材もしていますが、あくまで客として、10年以上前から通っています。ブースの数もどんどん増えているし、熱気がすごい。かつて小説家やエッセイストを目指すならば、出版社の主催する賞に応募するのがほとんど唯一の道でした。しかし、今は文フリでZINE(ジン。少部数の自主出版物)を出していた人が、出版社から本を出すことも珍しくありません。むしろブースを出す出版社も増えていて、いい意味で中心が分からなくなっています。
自分としては面白い時代になってきていると感じるし、さまざまな可能性が開けたという意味で、多くの作り手にとってよい傾向だと思っています。
相対的に既存の出版社の存在感が薄れているのかも。
内沼 そこも音楽業界と似ていますよね。1990年代にはいわゆるメジャーとインディーズの間には歴然とした線引きがありましたが、今はあるミュージシャンがメジャーかインディーズなのかなどは、誰も気にしていないと思います。
本もそれと近い状況になりつつあると感じます。ある本が、取次の流通に乗ってきたものか、それとも文フリで売っていた個人出版のものなのか、書店の客にとってはだんだん差が分からなくなってきている。少しずつ垣根が溶けていっていると感じますね。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝

