東京・下北沢に新刊書店「本屋B&B」を開業し、“小規模書店業界”のリーダー的存在の一人である内沼晋太郎さんインタビュー2回目は、北欧・バルト3国の書店・出版事情。台湾や韓国よりさらに人口の少ない小国では、母国語の本をいかに守るかという使命感が強い。書店も出版業も再編が進み、小さなところは大手の傘下に入った。欧州全体ではオーディオブックがブームで、特にフィンランドやスウェーデンはオーディオブック大国だという。

出版社・書店の多くが大手傘下に

2024年6月、北欧のフィンランドとバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)に行かれていたそうですね。

内沼晋太郎さん(以下、内沼) プライベートで1カ月ほど旅していたのですが、その間に現地の書店や出版社を少し取材してきました。前回、人口の少ない韓国・台湾は出版業の課題先進国という話をしましたが、フィンランドは約560万人。バルト3国はさらに少なくて、エストニアは約140万人、ラトビアは約190万人、リトアニアは約280万人です。

 それでも、各国にきちんと自国語での出版があり、それらの本を扱う書店があります。フィンランドの書店だとスオマライネン書店というチェーンが最大手で、国内に20数店舗あります。映画『かもめ食堂』にも出てくるアカデミア書店は、今はスウェーデンのボニエという大きなグループの傘下にあります。いわゆる独立系書店も少なく、首都ヘルシンキにNIDEという有名なお店がありますが、そこも今はムーミン・キャラクターズというムーミンのグッズを作っている会社の傘下に入っています。

 それから出版社においてもグループ化が進んでいて、小さな出版社が少しずつ、大手2社の傘下に吸収されていっているそうです。詳しいことは分かりませんが、おそらく経営難だったり、あるいは流通面においてまとまるほうが、メリットが大きかったりするのだろうと思います。

日本の書店・出版業もいずれそうなっていくのでしょうか。

内沼 それは分かりませんね。出版社のグループ化はアメリカにおいても進んでいるのでないとは言えませんが、日本には大手取次による流通網と委託・再販制度があるので、グループ化することによる流通面のメリットは相対的に少ないのかなとは思います。今の大きな流れとしては、取次も大手出版社も基本的に、効率化し返品率を下げるというのが最重要課題になっています。AI(人工知能)によって需要を予測し、なるべく売れる見込みの立つ本だけを、必要な冊数だけ適切に配本し、コストを減らし物流を維持しようということです。

母国語を守るという使命感

バルト3国の事情はどうですか。

内沼 まずエストニアで感じたのは、エストニア語の本というものに誇りを持っている人たちの姿勢です。エストニア語の本を作ることや売ることがそのまま、エストニアという国を守ることである、という意識を持っていると感じました。

 先に述べたように、エストニアの人口は約140万人程度。一方で同国は電子立国として有名で、子どもから大人までが英語を話します。伺った話で面白かったのは、例えば『ハリー・ポッター』を読みたい中学生が、きちんと翻訳されたエストニア語版があったとしても、原著の英語版を選ぶ、ということがあるようなんですね。

「小さな国の出版関係者ほど、母国語を守りたいという使命感を強く持っています」と話す内沼さん
「小さな国の出版関係者ほど、母国語を守りたいという使命感を強く持っています」と話す内沼さん
画像のクリックで拡大表示

 あるいは学校の授業や日常会話がエストニア語だったとしても、例えばInstagramなどSNS(交流サイト)をやろうというときフォロワーを増やそうと思えば、エストニア語より英語を選ぶことになる。そもそも、グローバルで展開しているアプリやサービスはたいてい英語が中心で、そこにエストニア語版があるケースは少ない。書店の児童書のコーナーにはエストニア語の本と英語の本、どちらもある。そのような状況下では書店の店頭でも当然、売り上げの伸びは英語版のほうが大きくなるでしょう。書店の店頭からスマートフォンの画面上まで、少しずつ英語に侵食されていく。

 こうなると出版業界だけの話ではなく、言語にとっての危機ですよね。だから編集者や書店員の中には、エストニア語の本を作ったり売ったりすることに使命感を持っている方がたくさんいました。グローバリゼーション下における母国語の出版というのは、そのままアイデンティティーの問題に重なるわけです。

それはバルト3国に共通する傾向ですか。

内沼 まだそれほど深く取材したわけではないので、詳しいことは分かりません。ですが、リトアニアではまた少し違った、面白い話を聞きました。人口はエストニアの倍以上の約280万人いて、経済も好調であるという前提もあるのですが、言語に関しては国がけっこう厳しく、例えばテレビのニュースや新聞、雑誌や本のような公式のメディアにおいては、原則的に外来語が禁止されているそうなんです。例えば日本語で言えば、「プリンター」を「印刷機」に置き換えるような感じです。そうすることで母国語を守ろうとしているわけですね。

 その結果、100年前のリトアニア語の本が今でも普通に読めるそうです。文法や語彙が変わっていないからです。これは外来語がどんどん取り入れられて変化していく日本語の感覚からすると、すごく不思議ですよね。

 もちろんこうした国の言語と比べると、日本語は比較的、話者が多い言語であると言えます。統計によって差があるようですが、日本語話者の人口は世界で8位とか、10位以内であるとか言われています。ですが、世界人口の中での割合で言えば1.7%程度と言われていて、決してメジャーな言語とは言い切れない。今すぐ危機になったりはしないでしょうが、少なくとも編集者や書店員がみな日本語を守ろうとしているかというと、そうではないですよね。むしろ外国人観光客や労働者が増え、積極的に英語を学ぼうという声のほうが大きい。

 日本の未来を考えるにあたり、歴史的にはロシアとの関係が深い一方で英語がすぐ近くに迫っているバルト3国の出版業界に、学べることはまだまだありそうだと直感しています。次にいつ行けるかは分かりませんが、もっと話を聞いてみたいです。

北欧はオーディオブック大国

欧州の出版事情は、あまり日本には伝わってきません。日本との違いとして感じたことは?

内沼 面白かったのは、オーディオブックがすごく普及していることです。日本では電子書籍が成長しつつありますが、むしろフィンランドでその話をすると驚かれるくらいでした。とりわけフィンランドやスウェーデンはオーディオブック大国であるようです。フィンランドでは「Bookbeat」と「Storytel」が2大ブランドなのですが、「Storytel」の統計では、若い人の5人に3人が、月に1回はオーディオブックを聞いているといいます。

日本ではAmazonのオーディブルや国産のオトバンクがありますね。確かに利用している人は増えているようですが、ブームというほどではありません。

内沼 「Bookbeat」と「Storytel」はそれぞれ10数カ国でサービスを展開していて、基本的にはサブスクリプション(定額払い)のサービスです。新刊の発売日に、紙と同時にオーディオブックも出ます。紙の本を売る環境として、サブスクであらゆる本が聞ける世界が前提となっているというのは、また違う難しさがあると感じました。

 アメリカでオーディオブックが普及しているのは車移動が長いからという話はよく聞きますが、フィンランドの人たちは電車の通勤でも、家事の途中でも、さまざまな場面で利用しているようでした。社会人になって学生のころより忙しくなり、本から離れた人たちが、オーディオブックの普及をきっかけに、また隙間時間で本の世界に戻ってきたというような、好意的な受け止め方もあるようです。子どもの寝かしつけに、絵本や児童書のオーディオブックを使うというのもメジャーだと聞きました。

日本でも、もっと普及すると思われますか。

内沼 少なくとも、今よりは普及するのではないでしょうか。ただ、アルファベットの文字と違い、日本語には同音異義語が多いので、かな漢字交じりの文章として読んでいるときの情報量と、耳から入ってくる情報量が違うという問題は大きそうです。

 ラジオやPodcastのように、もともと音声コンテンツとしてつくられる場合は伝わりやすいように話せますが、文字をそのままオーディオ化するとなると、作者の表現を勝手に伝わりやすいように改変するわけにもいきませんよね。自分も細かくウオッチできてはいないのですが、日本語のオーディオブックに携わっている人たちは当然この問題に向き合ってどうにかしようとしているはずだと思いますので、期待しています。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝