『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、エッセイストとして人気の松浦弥太郎さんが、「ものの価値」とは何かについて語ります。『 価値あるもの 衣・食・住・旅 』から抜粋して再構成。第7回。
日本ではこれでいいと思っていた服装で外国に行くと、なんだかみじめな気持ちになることがある。いいものを選んで着ているのに。
色の組み合わせだけでなく、服の着こなしというか、服を自分の一部にするセンスの違いを感じるからだ。たとえば、シャツやブラウスのボタンの開け方や、袖のまくり方、パンツの丈の長さや、靴の選び方などにはっとさせられる。特にヨーロッパの人々には、身体をまとう生地のしわやうねりに、着ている人の心情が表れるというような、落ち着いたすてきさがある。
そう、服が主役ではなく、着ている人そのものを主役とする、着こなしの文化と伝統を改めて思い知らせるのだ。
たとえば、私たち日本人が着物を着る時、正装をするにも、普段着にするにも、今日はこう着たいという気持ちをそのまま着こなす術を持っているのと同じであろう。
そんなことを思いながら、着物を日常着にするわけにもいかず、何をどんなふうに着たらよいのだろう、服に負けずに崩した着こなしで、自分を主役にするような身だしなみとは何か。あわよくば、歳をとった世代にも通用する服装術の基本を考えたら、色にひらめきがあった。
私たち日本人は、紺がとても身体になじむ人種である。伝統的な藍染めの色でもあり、着物の歴史とともに親しみ深い色。紺の服を着ると、正装であろうと普段着であろうと、自分の気分通りの着こなしができる。

シャツやニット、パンツやスカートなど、紺一色でまとめてみる。服が主張することなく、服が自分を引き立てる役割になるこの感覚は、着物を着た時と同じ心地よさがある。
紺をおしゃれのためではなく、日本のものとして、自分を主役にするために着る。「自分の色は紺」と決めてみてはいかがだろう。もちろん、アクセントに白やグレー、黒、えんじなどを合わせてもいい。一見、地味だが、男女関係なく、紺は日本人としての品格と素朴さを美しく引き出す色のひとつである。
あとは、普通のものをさりげなく。これが大切。着こなしとは、服を見せるのではなく、自分を見せること。
紺を着て世界に出よう。
写真/松浦弥太郎
『暮しの手帖』の編集長を9年務め、エッセイストとして人気の著者が、「ものの価値」とは何かを、衣・食・住・旅の4つのテーマでつづりました。ブランドや値段のような指標ではなく、自分の価値観や暮らしに根ざしたものの見方、考え方とは。
松浦弥太郎(著)、日経BP、1760円(税込み)
