『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、エッセイストとして人気の松浦弥太郎さんが、「ものの価値」とは何かについて語ります。『 価値あるもの 衣・食・住・旅 』から抜粋して再構成。

 買い物は、ただ欲しい物を手に入れるための行為ではない。むしろ、自分の心と向き合う、小さな修行のようなものだと思っている。

 品物を前にする時、必ず「どちらにしようか」「どうしようか」と迷う。色や形、値段や使い心地。どれを選ぶか、その一つひとつの判断に、自分の価値観すなわちセンスが問われる。

 とすると、買い物とは、実は自分の「好み」や「美意識」を一つひとつ確かめる作業ではなかろうか。

 特に洋服やアクセサリーを選ぶ時、それは、はっきりと表れる。

 鮮やかな色に挑戦してみるか、それとも落ち着いた色を選ぶか。トレンドのデザインを取り入れるか、それとも自分らしい定番を選ぶか。小さな決断の積み重ねは、着こなしという経験を得て、やがて自分自身の雰囲気や佇まいをつくっていく。

 もちろん、悩んで買った服がほとんど出番を得ずにクローゼットの奥で眠ってしまうこともある。しかし、その後悔もまた大切な学びになる。「自分にはどんなものが似合うのか」「どんな装いで気分がよいのか」。失敗と成功を繰り返すうちに、少しずつ目が磨かれ、ものを選ぶ力が養われていく。

 だからこそ、もし買い物をまったくしなくなったなら、その瞬間から、美意識の成長は止まってしまうのかもしれない。新しい色や形に触れることも、自分を試す機会もなくなり、感性の扉は少しずつ閉じていくだろう。そう、買い物は浪費ではなく、自分の中のセンスという感覚を耕す行為なのだ。

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 センスのよい人とは、生まれつき特別な感覚を持っている人ではなく、選んで買うという、ある種の修行を繰り返し、自分の目と心を磨き続けている人だと思う。

 今日、何を買うか。その小さな選択の積み重ねが、やがて「自分らしさ」というかけがえのないセンスを育て、人生を少しずつ美しくしていくのだ。
 そして買い物とは自分を知るための学びという名の営みである。

写真/松浦弥太郎

松浦弥太郎さんの暮らしを彩る40のエッセイ

『暮しの手帖』の編集長を9年務め、エッセイストとして人気の著者が、「ものの価値」とは何かを、衣・食・住・旅の4つのテーマでつづりました。ブランドや値段のような指標ではなく、自分の価値観や暮らしに根ざしたものの見方、考え方とは。

松浦弥太郎(著)、日経BP、1760円(税込み)