かつての「出世が正義」だった時代から時は流れ、今では出世を望まない人やリーダーになりたくない人が増えているといわれます。それでも、組織に属している優秀な人には、いつかその役割が回ってくるもの。さらにいえば、明確な「リーダー」の役割ではなくても、リーダーシップの発揮を求められることがあるはずです。そのようなとき、どのように考え、行動したらよいのでしょうか。『できるリーダーが「1人のとき」にやっていること』(日経BP)がロングセラーとなっている大野栄一さんと、シリーズ累計28万部突破の『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』(日経BP)の共著者の藤吉豊さんが、対談を通して考えます。
リーダーという自由
藤吉豊さん(以下、藤吉) 僕と小川真理子は2021年から毎年、あるジャンルのベストセラーを100冊読んで、そのポイントをまとめる書籍を執筆しています。今回のジャンルがリーダーシップとマネジメントだったのですが、調べてみると、「リーダーにはなりたくない」という人が、特に若い層を中心に一定数いるようで驚きました。
大野栄一さん(以下、大野) そのようですね。僕たちの若い頃、20年くらい前とはずいぶん変わりました。僕は金融業界にいたこともあって、支店長になってやっと望んだ仕事ができる、みたいなところがありましたから。
藤吉 大野さんはコンサルタントとして企業に入っていらっしゃるわけですよね。その中には、リーダーになりたくない社員に悩んでいる社長さんもいらっしゃいますか?
大野 僕が関わっている会社では、幸いそういう話は聞きません。でも、リーダーになりたくないという人が少なからずいるというのは理解しています。
僕は自分の本で、リーダーの問いの重要性を話しているのですが、リーダーになりたくないという人にも、「なぜ自分はリーダーになりたくないのか」を問うてほしいと思っています。おそらくですが、「責任が単に増えるだけで損」「プライベートを犠牲にすることになる」「人間関係の板挟みにあいそう」といったネガティブなイメージが先行するのでしょう。
藤吉 まずそのイメージを持ってしまうと、リーダーになりたいとは思えなくなってしまいますよね。
大野 社内に格好のロールモデルがいなくて、いつも愚痴をこぼしている先輩や疲弊している上司ばかりが周りにいたら、なりたくないと思っても仕方ありません。でも、リーダーに抜擢(ばってき)されるということは、そもそもそういうことじゃない、ということに気づけるか。
藤吉 どういうことですか?
大野 組織では命じられてリーダーになる人も多いと思います。そのときに言われるのは「そういう先輩や上司と同じようになれ」ではありませんよね。「リーダーになれ」というようなことを言われるのだと思います。つまり、「先輩や上司のようにやれ」と言われているわけではないんです。会社は、業績が上がって社員の士気も高まれば、何も文句は言いません。
また、基本的にリーダーは志願制ではなく、信任制です。抜擢されたということは、自分では自覚していないリーダーの資質を認められたと受け取って問題ありません。
藤吉 おっしゃるように、リーダーは、自分でやりますと言ってなれるものとは限らないですね。
大野 したがって、リーダーになることを命じられたときには、「自分ならどういうリーダーになりたいか」「こういうリーダーなら引き受けてもいい」というイメージを膨らませて、その道を進む自由は与えられている、ということです。
リーダーに抜擢されるということは、「あなたはリーダーをどのように定義しますか?」と問われていることと同義です。ならば、自分流に定義して、そのリーダー像を目指したらどうか、自分の定義にのっとったリーダーシップを発揮すればいいのではないか、と考えるのが僕のお勧めです。
藤吉 リーダーをやってくださいと言われることは、自分で自由に目指すリーダー像を決めて、それに近づいていくチャンスである、と。面白い視点ですね。
大野 ちなみに僕の考えでは、リーダーになるというのは、「上」にのぼるのではなく、それよりも「下」におりていくイメージです。あるべき組織図の形は逆ピラミッド型で、一番下に社長や会長などの経営層がいます。その上に取締役などの役員がいて、部長、課長、係長、主任、一般社員と積み上がっていき、頂点にお客様がいる、と。
出世するほど、下におりて縁の下の力持ちになる、というのが、僕の考えるリーダーのあり方であり定義です。
リーダーの「向き」と「不向き」
大野 ただ、それでもリーダーになることをチャンスだと思えない方もいますよね。抜擢されたのに「自分にリーダーは向かない」と定義してしまっている人。
藤吉 「自分はリーダーには向いていません」というのは、よく聞きますね。
大野 僕はそれもちょっと疑問なんです。一度もやったことがない未経験のことを、「自分には向いていない」と決められる根拠とはいったい何なのか。根拠がないならそれはもはやファンタジーとしか思えません。
もっと言うと、誰しも物心ついたときから自分自身を率いるリーダーをやっているわけですから、リーダー未経験者は存在しません。そうした視点に立てたら、「こういうリーダーだったらなってもいい」という理想が像を結ぶと思います。
藤吉 「誰もが自分自身のリーダーである」というのは、『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』で書いたことでもあります。リーダーシップは限られた人が持っていればいい特別な能力ではないんですね。
この本を書いた僕なりの意見としては、リーダーになりたくない人に対する答えとして、2つ考えたことがあります。1つは、「何がなんでも嫌だったらやらなくていいんじゃない? やらなくていいよ」という答えです。そういう人がリーダーになったら本人もストレスがかかって幸せではないし、部下になる人も不機嫌をぶつけられて幸せではないからです。
そうではなくて、もし絶対嫌というわけでなければ、「嫌の度合い」を自問自答してほしいということです。自問自答してみると、実は案外やりたい気持ちが隠れていたり、嫌さを軽減する方法が見つかったりすると思うんですよね。そうしたら、「嫌々ながら仕方なくでもリーダーになってください」というのが2つ目の答えです。
嫌々ながら仕方なくやると、2つの結果が待っています。1つは、いろいろなことに傷ついたり落ち込んだりしながらも、リーダーとしての経験値を上げて適応能力を身に付けていくケースです。そうなれば実績が伴い、大野さんがおっしゃる自分流のリーダー像を体現できます。自信がつくと共にやりがいも増し、創意工夫にあふれることでしょう。
もう1つの結果は、どうしても適応できなくて、やる気も実績も出ないケースです。この場合、十中八九リーダーから外されます。
大野 外されるとはつまり、リーダーになりたくないと思っていた自分が望んでいたポジションに戻る、ということですね。
藤吉 はい、だから喜んでリーダーのポジションから外れればいいと思います。もしそこでふがいなさを感じたり、「もっとできることがあったのに」と後悔する気持ちが芽生えたりしたら、それをバネにして、今度は自発的にリーダーを目指せばいいわけです。悔しさを感じたことで、自分の本当の気持ちに気づけたのですから。
まず「自分を理解する」ことから
大野 今のお話もそうですが、リーダーになる・リーダーシップを発揮するというのは、「自分自身を知ること」ですよね。藤吉さんの近著『「リーダーシップのベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』にも25位に「リーダーシップを発揮するには、自分自身を知ることが重要である」ということが書かれていましたが、これは実に本質をついていると思います。
藤吉 100冊の著者の多くが、自分自身を理解できていなければ、正しい判断も、部下との誠実な関係づくりもできないと語っています。自分がどんな価値観を持ち、どんなときに不安や怒りを感じるのかという内面を認識していなければ、他者の気持ちをうまく想像できませんからね。裏を返せば、自己理解が深まるほど、他者理解も深まる、ということだと思います。
大野 まさに、おっしゃる通りです。アメリカの実業家で、「伝説の経営者」といわれたジャック・ウェルチは生前、「なぜあなたは世界トップの経営者になれたのですか?」と記者に質問されたとき、一言「自己認識力の違いだ」と答えたといわれます。これは有名な話で、多くのアメリカのリーダーシップ開発プログラムでは、三日三晩にわたって自己理解や自己認識に徹します。「これこそがリーダーシップ」と言わんばかりの、時間のかけようです。
藤吉 自分にはこういう思考の傾向がある、この手の話題には過剰反応しやすい、といった短所を自覚していれば、他者との距離の取り方や言葉の選び方が変わりますよね。その結果、部下と不要な衝突を起こすことも、誤った期待をかけることもなくなります。また、あらかじめ自分の短所を補うチームビルディングも可能です。だから、リーダーシップのベストセラーの著者たちは、自分自身を知ることの重要性を説いているのだと思います。
大野さんはご著書の中で、リーダーが自分自身を知るために、1人の時間にすべきことをたくさん紹介されていますが、その中でもすぐにできることはなんでしょう?
大野 内省を促すために日記を書いたり、周囲にフィードバックを求めたりするのは基本中の基本だと思います。自己理解も自己認識も、一朝一夕に深まるものではなく、日々の行動や習慣を通じて少しずつ深めていくものですからね。人は変化する生き物ですし、定期的な振り返りは欠かせません。
「発する言葉」がすべてを決める
大野 あともう1つ、リーダーに限った話ではないのですが、自分が発する言葉の力をあなどりすぎている人が多い気がしてならないと感じています。例えば、「自信がないからできない」「お金がないからできない」というフレーズをよく聞きますが、「それは本当ですか? 行動しないことを正当化するための言い訳ではありませんか?」と問いたくなります。
藤吉 29位で取り上げた「『言葉の力』をあなどらない」ですね。
大野 そうです。「『言葉の力』をあなどらない」、共感しました。今自分が言ったことは、本心からの言葉だったかどうか。単なる言い訳ではないか。そう自問する力の有無は、自分の可能性を伸ばす力と言っても過言ではないでしょう。
これはうちの5歳の息子の話ですが、ご飯を食べているとき、突然、「不可能って何?」と聞いてきたんです。息子は英語教室に通っているので、妻は「英語で言うとcan'tかな」と言いました。僕は、「厳密に言うと、できっこないじゃん、というものの見方だよ」と。息子は神妙な面持ちで黙り込みましたが、彼なりに何かを感じ取っているように見えました。
藤吉 不可能=「できないこと」と、不可能=「できっこないというものの見方」というのでは、だいぶ違いがありますね。不可能という概念そのものが違ってきます。
大野 それが言葉の力だと思うんです。僕らは概念の中でしかパフォーマンスを上げられません。だから、発する言葉が大事です。もちろん、自分に向ける言葉だけでなく、相手に発する言葉にも同じことが言えます。リーダーの場合は、何気なく発した言葉が合言葉となってチームの士気を高めることもあれば、やる気を奪って失速しまうこともありますから。
藤吉 リーダーの言葉には想像以上の影響力があって、上の立場の人に言われたから、ということが、言葉の意味以上に重く響くことがありますよね。世界20カ国以上でリーダーシップテキストの最高峰として読まれる『リーダーシップ・チャレンジ 原書第五版』(ジェームズ・M・クーゼス、バリー・Z・ポズナー)には、次のように書かれています。
「言葉は人の心のありようと信条を表す。それだけではなない。メンバーに期待することや、してほしい行動のイメージも形づくる。(略)あなたの言葉は、メンバーのものの見方に大きな影響を与える。それゆえに、リーダーは心して言葉を選ばなければならない」
自分がなりたいリーダーになるためには、言葉もしっかり選んでいかなければいけませんね。
(構成=茅島奈緒深、写真=稲垣純也)
大野栄一(著)、日経BP、1980円(税込み)
藤吉豊、小川真理子(著)、日経BP、1870円(税込み)






