米国では今、富裕層を中心にロンジェビティ(健康長寿)への関心が盛り上がっている。老化や寿命は「避けられない運命」ではなく、科学とテクノロジーによって「管理・介入できる対象」であり、それにより健康寿命を最大化しようとする動きだ。その先導役の一人が、Xプライズ財団の創設者兼会長として知られる起業家のピーター・H・ディアマンディス氏だ。医学の専門職学位(MD)を持つ同氏の最新刊『科学的根拠による体調メンテナンス大全』(尼丁千津子訳、日経BP)から、すぐに役立つ食や睡眠に関する長寿実践法を抜粋してお届けする。今回は、ディアマンディス氏の睡眠法について。第1回。
眠りの達人になる
十分な睡眠は、健康寿命を延ばすための最も重要で、最も過小評価されている要素のひとつだ。質の高い眠りは、体を若返らせ、認知機能を高め、免疫系を力強くし、健康と長寿の基礎となる。
「毎晩7時間から8時間の睡眠が必要だ。あなたが『5、6時間眠れば大丈夫』と思っているなら、科学的根拠はそれを支持していない」。睡眠の専門家で『睡眠こそ最強の解決策である』(2018年、SBクリエイティブ)の著者でもあるマシュー(マット)・ウォーカー博士は、睡眠は毎日、心身の健康状態をリセットできる最も効果的な方法だと語っている。
私が主催している「アバンダンス・ロンジェビティ・プラチナムトリップ」でマットが指摘した通り、「睡眠は、母なる自然が人に与えてくれた不死に近づく最良の手段だ」。
眠りの質と寿命の長さには直接的な関係がある。ウォーカー博士は著書のなかで、6時間以下の睡眠で健康を損なわずに済む人はいない(人口の0%)と指摘している。
大多数の人にとって、継続的に毎日8時間眠ることは、記憶力を高め、集中力を向上させ、創造性を高め、感情を安定させ、免疫系を強化し、運動能力を伸ばし、がんや心疾患といった致命的な病気を遠ざける。
それでも納得できないなら、睡眠のすごさがわかる強力な例を3つ挙げよう。
1 良い睡眠か悪い睡眠かの違いだけで、新たな事実を覚える脳の能力は100%から60%へ低下する。マットの言葉を借りると「テストで満点の状態から、ひどい落第点になるほどの差がある」。
2 一晩徹夜すると、血中アルコール濃度0.1%の状態(法的に運転できる飲酒許容量を超えている)と同じになる。
3 4時間しか寝ないと、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の働きが7割低下する。ただし、ひと晩きちんと寝れば、その働きは基準値まで戻る。

サマータイム移行で心臓発作受診件数が24%増
睡眠は学習と記憶に極めて重要な役割を果たす。私たちはひと晩を通して、浅い眠り、夢を見るレム睡眠(REM)、より深いノンレム睡眠(NREM)の各周期を行き来する。こうした周期が、日中に蓄えた情報を短期記憶から長期記憶へ移す。
また、レム睡眠で見る夢のイメージが、普段は結びつかない発想同士をつないで、創造性を高める。ウォーカー博士の研究によると、レム睡眠は一晩の「セラピー」のように感情の処理を進め、つらい体験にも翌日は落ち着いて対処しやすくなるという。
睡眠は、その日に受けたストレスから体を立て直す大切な時間だ。また、炎症からの回復を支え、細胞のエネルギー補充と筋肉の修復を促す。睡眠中は、脳のグリンパティック系(老廃物の排出システム)が蓄積された老廃物を洗い流し、神経変性疾患のリスクを抑え、脳の働きを健全に保つ。
米国では春にサマータイムに移行し、時計を1時間進めると、多くの人が睡眠を1時間失う。すると全米の病院では、心臓発作の受診が24 %増える。これは偶然とは言いがたい。「睡眠がたった1時間減っただけでも、人間の体がいかに影響を受けやすいかを示す例」だと、ウォーカー博士は言う。「サマータイムは、年2回の世界規模の実験であり、その結果は、スケジュールのずれというささいな変化にも、私たちの体がどれほど敏感かを示している」
(次回に続く)
ピーター・H・ディアマンディス(著)、尼丁千津子(訳)/日経BP/2200円(税込み)
