内容紹介
これまで、人類史最大の謎のひとつは、「狩猟採集文化」から「農耕文明」にどうやって進化したのか、ということでした。10数万年前、アフリカで誕生した現生人類は、数万年前にアフリカを出たのち、氷河期のあいだに、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、そして南北アメリカ大陸へと進出します。そのとき人類は、まさに「マンモスを狩る」狩人でした。ところが、氷河期が終わった1万5000年前から1万年前にかけて、人類は世界各地で突然、定住生活をはじめ、そして農業を発明します。狩猟をやめ、定住し、農業をはじめたのはなにがきっかけだったのか?本書は、そんな人類のミッシングリンクをみごとに埋めてくれます。狩猟生活と、農耕生活のあいだにあったもの。それは、それは、北半球の温帯に広く分布する木。OAK(オーク)。カシあるいはナラ。すなわちドングリの木、だったのです。氷河期の末期から、人類はドングリ林に定住し、ドングリの実を蓄え、栄養たっぷりで保存の効くドングリを食料とし、これを蓄え、あるいはパンを焼き、一方こちらを飼料として豚などの家畜を育て、ドングリの木を素材に家をつくり、柵をつくり、船をつくり、橋をつくり、大聖堂をつくり、武器をつくり、現在の人類の定住生活の礎としたのです。
日本では、常緑樹のドングリの木「カシ」の林をベースとして縄文時代に発達した「照葉樹林文化」が東アジア圏にはある、という論が依然よりありました。また、近年、落葉樹のドングリの木「ナラ」や「クヌギ」を維持管理するいわゆる「里山文明論」も、よく耳にします。いずれも日本あるいはアジアの独自文化としてこうした「ドングリ文明」は語られてきました。
本書によれば、ドングリの木をベースにした文明は、日本やアジア独自どころか、ヨーロッパ、中近東、アフリカ北部、アジア、北米の温帯すべてに普遍的に存在する、まさに狩猟文化と農耕文明のあいだをつなぐ、きわめてメジャーな文明システムだったのです。狩猟文化で獲物をとりつくした人類は、ドングリ林が無償で供給してくれる栄養価の高いドングリの実と、さまざまな加工ができるドングリの木(オーク材)に頼り、世界各地で定住生活を始めました。この定住生活の仕組みから、作物を人工的に育てる農業が次に発達したのだ、というのです。
それだけではありません。18世紀の産業革命で鉄と石油の時代が到来するまで、ドングリ文明はしぶとく人類を支えてきました。バイキングから大航海時代にいたるまでの船の多くはオーク材でできていました。世界中の建築の多くがオーク材に頼っていました。このように本書は、狩猟→農耕という単線的な人類史に「ドングリの森との共存と利用」という新しい視点を与えてくれます。地球環境問題の議論が高まり、生物多様性の重要性が叫ばれるいまこそ、人類を創った木、ドングリ=オークの大切さ、かけがえのなさを、本書でぜひご堪能いただきたく思います。