内容紹介
100歳を超えていまだ現役のノーベル経済学賞受賞、ロナルド・コース教授が、20世紀最大の世界経済史の謎「中国社会主義の、資本主義への意図せざる制度変化」に挑んだ。 以下はコース教授らが寄せた日本語版への序文の抜粋。「資本主義は西洋に起源をもつが、市場経済は西洋だけのものではないし、そうあってはならない。資本主義がさまざまに異なる文化、歴史、宗教、政治体制の国々に根づけば、世界経済はさらに弾力性を増し、世界はもっとずっと平和で豊かになる。私たちはアジア経済の台頭を長期的な歴史転換の幕開きと見ている。すなわち、敵対的なナショナリズムから戦争が起こり、資本主義と社会主義のイデオロギーの争いで分断される世界に別れを告げ、多様な資本主義モデルと市場経済の運営法とが世界にあまねく平和と繁栄を広げることを競い合う新しい世界が訪れるのだ。つまるところ、自由市場経済は終着点ではない。人間が創造性を自由に存分に発揮し、幸福と尊厳を追求するための物質的前提条件を生み出すものにすぎない。
日本は長らくアジアで唯一の工業経済だった。工業化はほぼ西洋だけの事象だったから、日本は西側諸国の一つとして扱われることが多々あった。アジアの興隆でそれは変わった。アジアは豊かな多様性に恵まれている。貿易が止められ、経済関係が断たれると、文化や民族の多様性はともすれば紛争の温床となり、多様なものがずたずたに分断されてしまう。中国が市場転換し、アジア全域に資本主義が普及したことで、いま一度、市場の効率性と恩恵とが示されることとなった。
過去三〇年にわたり中国は、活力ある財の市場を発展させてきたが、アイデア自由市場はまだ有してはいない。これは現在この国で実践されている資本主義にとって致命的な欠陥である。それにもかかわらず、中国は市場転換によって徐々に急進的イデオロギーの束縛から自らを解き放ってきた。いまや自国の文化的伝統に、日本、韓国、ベトナムと古くから共有してきた遺産に、着想を求められるほどに自信をもっている。中国が私企業活動と経済のグローバル化と自国の文化遺産を土台として繁栄を築きつづけるうち、近い将来にアイデア自由市場も出現することだろう。自由で、開明的で、寛容な中国こそ、アジアの隣国や世界により多くの貢献をしてくれるはずだ。
著者略歴
ロナルド・コース(Ronald Coase)
1910年生まれ。100歳を超えて現役のイギリス生まれの経済学者。論文の数は少ないが、そのうちの二つの論文“The Nature of the Firm”(「企業の本質」)(1937年) と“The Problem of Social Cost”(「社会的費用の問題」)(1960年)の業績で、1991年にノーベル経済学賞を受賞。取引費用(transaction cost)経済学の創始者で、経済活動を支える社会的規範や法的規則など制度的側面を対象とする新制度派経済学の総帥。著書に『企業・市場・法』(東洋経済新報社)
王寧(ワン・ニン)アリゾナ州立大学政治国際学研究科准教授