内容紹介
世界のエレクトロニクス市場を掌握していた日本のオリジナル技術を解説するとともに、HDD市場での覇権を握れなかった理由を解き明かす。
いまや凋落傾向にある「ものづくり大国日本」。しかし、かつては極めて強かった。特に、
1980年代から2000年代後半に掛けてだ。日本のエレクトロニクス・メーカーは確かにある
時期、世界のエレクトロニクス市場に君臨していた。
この地位を手にできた要因の一つとして、最終製品の性能を左右する「キー・コンポー
ネント」の分野で「世界ナンバー1」の評価をつかんだことが挙げられるだろう。製造規
模や価格競争力だけの話ではない。性能や機能でも世界のトップを走っていたのだ。例え
ば、パソコンに使われるDRAM、ノート・パソコン用の液晶パネル、携帯型ビデオ・カメラ
の重要部品であるLiイオン2次電池などがそうだろう。では、なぜ圧倒的な地位を築けた
のか。その背景には、ものづくり大国日本が誇る「勝利の方程式」があった。
実は、この勝利の方程式が通用しなかった特異な例がある。HDD(ハード・ディスク装置)だ。
HDDは米国で考案された技術で、メインフレーム機のキー・コンポーネントだった。メイン
フレーム機で米国メーカーに対抗するには、マイクロプロセッサやDRAMなどのほか、HDDで
も主導権を握る必要がある。そう判断して、日本の多くのエレクトロニクス・メーカーが
開発に乗り出した。成功体験に裏打ちされた勝利の方程式を当てはめ、必勝の体勢で挑ん
だのである。
この結果、さまざまな卓越した独自技術が生まれた。垂直磁気記録技術や、記録ヘッド
や磁気メディア媒体のめっき技術、TMRヘッド技術などである。これらは実際に、現行のHDD
にも採用される基礎技術となっている。技術では、期待どおり、多大な成果が生まれたの
である。だが、ビジネスでは勝てなかった。日本メーカーは過去一度も、HDD市場の主導権
を握ったことはない。米国メーカーからHDD市場の覇権を奪えなかったのだ。
結局、必勝の方程式とは何だったのか、なぜHDDの分野でそれは通用しなかったのか。
本書では、HDD分野で繰り広げられた開発競争と日本で生み出された重要技術の開発ストー
リーを振り返り、そこから見えてくる「勝てなかった理由」を技術経営的視点で分析していく。
目次
第一章 開発史
米国発の巨大産業、「HDD」国内メーカーはいまだ覇権握れず
想定外の結果
年間生産台数は5億6000万台
300個もの部品で構成
滑走路の1mm上を飛ぶジェット機
始まりは1956年
IBM社に追いつき、追い越せ
パソコン市場が立ち上がる
潮目が変わり、大競争期へ
国内メーカーははけんを握れず
第二章 挑戦と挫折
「勝利の方程式」が機能せず。新技術は生まれるも、ビジネスでは惨敗
勝利の方程式
結果は惨敗
東アジア企業も蚊帳の外
ビジネスに負けたが、技術は残った
第三章 成果1 磁気記録方式
東北生まれの垂直磁気記録方式。多くの苦難を乗り越えてHDDの主流に
東北の研究室で産声を上げる
学会で賞賛を浴びる
長手から垂直に舵を切る
偶然の産物
垂直磁気記録方式の基本形が完成
一瞬盛り上がったが
あきらめない東芝
次は、富士通が勝負にでる
信頼性問題を解決できず
再び、冬の時代に
熱ゆらぎの問題が背中を押す
粘る長手磁気記録方式
衝撃的な成果が発表される
再び、東芝の出番
最適な磁性膜を発見
答えは、常識の向こう側に
HDD業界は再び、戦国時代へ
第四章 成果2 磁気ヘッド/ディスク媒体
どっこい、めっき技術は生きていた。いまもHDD産業を支える存在に
「スパッタ」か「めっき」か
磁気ディスク媒体の下地層
微量の不純物が原因
徹底的にフィルタリング
「PATTY」に採用される
特許が足かせに
下地層だけ残った
記録ヘッドの磁性膜
薄膜ヘッドの肝は、めっき技術にあった
スパッタ法で対抗しよう
再び、早稲田大学とNECがタッグ
次世代の磁性材料を開発へ
製造現場に怒られる
オーソドックスな材料で勝負
結晶構造が変化する境界を狙う
思わぬ落とし穴が
そんなの使えないよ
最後の山を越える
第五章 成果3 再生ヘッド
国内企業の活躍でTMRヘッドが実用へ。IBMの呪縛が解ける
価値の源泉は再生ヘッド
重大な課題に遭遇する
二者択一
フランス生まれのTMRヘッド
苦戦するTMRヘッド開発
TMR素子のポテンシャルを実証
国内の製造装置メーカーが大貢献
あっさりと売れてしまった
C7100で低Ra値を実現
1社に1台
瓢箪から駒
MR比230%をクリア
第六章 分析と提言
国内メーカーはHDD市場の覇権握れず。原因は技術ではなく、企業の組織形態
まずは総合メーカーから
思い切った「割り切り」
専業の部品メーカーは残った
垂直統合と水平分業
パソコンの登場で、水平分業型が有利に
再び、垂直統合型へ
「総合=垂直統合型」ではない
東芝の不思議
吹き出す経営層への不満
新技術と競争力は別
見直される大学の役割
この先の未来へ