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花と月 東山魁夷
だいぶ前のことですが、私はしだれの満開と、春宵の満月とが互いに呼び合う情景を描きたいと考えました。それで私はその夜が満月であることを確かめてから、京都へ向かったのです。
昼間、洛北で写生をしていた私は、頃合いを見定めて円山公園へと急ぎました。間もなく山の頂きが明るくなって、丸い月が紫がかった宵空を背景に昇りはじめました。
花はいま月を見上げ月も花を見ています。この瞬間、周囲の雑踏は何も眼に入らず、ただ、月と花だけの清麗な天地に身を置いている自分に気づきました。
これを巡り合いというのでしょうか。花の盛りは短かく、また、満月と出合うのはなかなか難しいことです。なぜなら満月はこの場合、ただ一度だけで曇りか雨になれば見ることは出来ないでしょう。そして私がその場に居合わせなければなりません。
風景との巡り合いは、いつの時もただ一度と思わなければならないのです。自然と共に生きていて常に変化してゆくからです。     (「花の巻」序文より)