内容紹介

私は生まれてくるべきではなかった。では、今お腹にいるこの子は……刑務所で生まれた子供を通して生の尊厳を問う、注目の犯罪小説!

おすすめポイント

昨年の日経小説大賞受賞作『女たちの審判』に次ぐ作家の実質的デビュー作。今作も“刑務所小説"だが、死刑判決を受けた男の内面を描かず周囲の人間の悲喜こもごもを描いた『女たちの審判』とは異なり、今作は罪を犯す者はなぜ罪を犯すのか、を世間の善悪の基準から一歩も二歩も踏み込み、人間固有の性として懐深く抱きしめるような筆致で紡ぎあげた、刑務所内部を知る著者にしか書けないであろう、まったく新しい犯罪小説である。

かつて養蚕が盛んだった、ある地方の女性刑務所とその職員官舎が主な舞台の群像劇。現代社会では“生きづらい"人たちが次々と登場する。そして、女性刑務所ゆえの受刑者間の激しい嫉妬といじめ、同性愛。その生きづらさは塀の中だけのものではない。個々には悪意を自覚せぬまま集団で“いじめ"が行われるような日常に突然現れる人間の暴力性と、「なぜこの人が罪を犯したのか」と思われるほど普段は“普通の人"である受刑者の善性が対比されることで、読む者にとっては罪を犯す者と犯さない者の壁はいつの間にか取り払われる。受刑者と“普通の人"たちに向けられた偏見を巡る物語が折り重なった末に、女性刑務所で新たな命が生まれ、塀の内と外の多くの人々が絶望のうちに抱く希望が描かれるラストは苦みと爽やかさが同居した不思議な読後感を呼び起こさせる。

モノが言いにくくなりネット上での憎悪を剥き出しにした匿名の言語空間に囲まれているためか、一度社会から脱落した者への偏見や差別が横行している。その行き着く先はおそらくテロリズム……本作は、元来不完全な存在である人間の生得の悪と、裏腹の善とを剥き出しにして見せようとしている点で、ヨーロッパの犯罪小説の古典を思わせる広がりのある作品に仕上がっている。タイトルの「携帯乳児」とは、明治以来ほとんど改正されなかった監獄法で、刑務所で生まれた子供を指した法令用語である。