アプリで配信されたり広告に掲載されたりしている、「○○円引き」「○%オフ」などのクーポン。あなたは普段の買い物で使っていますか? 買い手にとってはお得でうれしいこのクーポンですが、実は売り手にとっては低リスクで効果的に利益を増やす価格戦略であると、政策研究大学院大学の安田洋祐教授が指摘します。なぜクーポンが、売り手にも買い手にもいい効果をもたらすのか。一律値下げでは利益が減ってしまう場合でも、クーポンで利益を増やすには。安田教授が、蓄積された膨大な学術的知見とビジネス現場で培った経験から解説します。慶應義塾大学教授の星野崇宏氏との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」7回目です。

第7回も政策研究大学院大学の安田洋祐教授が解説(写真:尾関祐治)
第7回も政策研究大学院大学の安田洋祐教授が解説(写真:尾関祐治)

「クーポン」と「値下げ」 似ているようで全然違う2つの戦略

 前回は学割を活用した「価格差別」戦略を取り上げました。コストに大きな差がない同じ商品・サービスを、消費者によって異なる価格で販売する価格差別は、小さな店舗でも活用しやすく、効果が上がりやすいことが特徴です。

 前回の例では、価格に対して敏感な学生たちには安くして、敏感ではない社会人の価格は据え置くことで、お弁当屋さんは利益を増やすことができました。同じ例を使いながら、今回は学割とは異なるタイプの価格差別に焦点を当てたいと思います。「値引きクーポン」の活用です。

 さて、突然ですがここで質問です。「クーポンや割引券などによる値引き」と「表示価格自体の値下げ」は、一見似ているようで、大きな違いがあります。それはいったいなんでしょうか。

 まず、どちらも「商品を安値で買うことができる」という点は同じです。値引きクーポンをすでに入手済みで、それを使って購入しようとしている客から見れば、値下げとクーポンとの間に違いは全くありません。600円の弁当を100円引きのクーポンを使って買う場合と、100円だけ値下がりした弁当を買う場合では、どちらも同じ500円を払って弁当を購入することになるからです。

 ところが、世の中には値引きクーポンを利用せずに商品を購入する客もいるのです。そもそもクーポンの存在に気付かなかったり、面倒くさくて入手しなかったりする人たちです。クーポン取得や利用にかかる手間や時間を負担だと感じやすい多忙なビジネスパーソンなどが典型例でしょう。このような客が存在するとき、クーポンと値下げは異なる結果をもたらします

 つまり、「『どの客が値引きを受けるのか』を企業がどこまでコントロールできるか」という点で考えた際、両者には大きな差が見えてくるのです(※1)。以下では、両者の違いについて数字を用いながら確認していきましょう。

※1 宣伝効果の違いを思い浮かべた人がいるかもしれません。確かに、クーポンは紙のチラシやアプリなどを通じて大勢に情報を広めることができるので、商品や値引きの宣伝にもつながりそうです。ただし、値下げの場合でも、商品のディスカウント情報をチラシなどで拡散すれば、同様の宣伝効果は期待できるでしょう。ここでは、宣伝効果とは異なる視点で両者の違いを深掘りしていきたいと思います。

「一律値下げ」VS.「クーポン配布」 利益はどれほど変わるのか

 まず、前回の弁当市場をおさらいします。500円で100個、600円では60個の弁当が売れる状況で、弁当1個あたりの(平均)製造コストは400円でした。表1のように、それぞれの価格に応じた利益を計算すると、10,000円と12,000円になります。

 そのため、もしこのお弁当屋さんでは600円で販売していたとすると、100円の値下げは利益を2,000円だけ減らすことがわかります。この例では、単純な値下げはもうからないのです。

表1 値上げ前後のお弁当の販売量・売り上げ・1個あたり利益・総利益
表1 値上げ前後のお弁当の販売量・売り上げ・1個あたり利益・総利益
(図表制作=キャップス)

 弁当を2個以上購入する客はいないとすると、500円なら買うけれど600円では買わない客が40人、500円でも600円でも買う客が60人いることが読み取れます。前回と同じく、価格に敏感な前者をタイプA、敏感ではない後者をタイプBと呼ぶことにしましょう。

 いよいよ、100円分の値引きクーポンの配布を行います。ここでは、タイプAは40人全員が、タイプBは60人のうち20人がこのクーポンを使うと仮定します(※2)。

 すると、合計で60人がクーポンを利用して500円で弁当を購入するのに対して、タイプBの残りの40人はクーポンを使わずに600円を支払うことになります。表2から、総利益は14,000円と計算できます。

表2 クーポンを導入した際のお弁当の支払価格・販売量・売り上げ・総利益
表2 クーポンを導入した際のお弁当の支払価格・販売量・売り上げ・総利益
(図表制作=キャップス)

 クーポンを導入せずにすべて600円で販売する場合と比べて2,000円、100円値下げをしてすべて500円で販売する場合と比べると、なんと4,000円も利益が増えることがわかります。

 単なる値下げでは損になるというのは先ほど確認した通りです。それなのに、なぜクーポンを使うと今度は、利益が大幅にアップするのでしょうか。

※2 一般に、価格に敏感な消費者ほど値引きクーポンを積極的に利用すると考えられます。今回も、この傾向に従い、価格に敏感なタイプAは40人全員が、敏感ではないタイプBは60人のうち20人だけがクーポンを使うと仮定しました。ただし、ここでの結論は具体的な人数設定に依存するものではなく、「価格に敏感な人ほどクーポンを使いやすい」という傾向があれば成り立つ点に注意してください。

クーポンは、使うも使わないも利用者任せ その性質が利益につながる

 値下げはすべての消費者に対して一律で支払額を引き下げるのに対して、クーポンは利用者だけをターゲットに値引きができるというのがポイントです。言い換えると、クーポンを利用する人としない人の間で、実質的な価格差別が行われているのです。さらに、両者の間で「最大でこの金額までならば払ってもいい」と思っている金額の支払意思額の大きさに違いがある、という点も重要です。

 一般に、支払意思額が低く価格に敏感な消費者ほど値引きクーポンを積極的に利用しようとします。こうした消費者は、値引きがなければ商品を購入しない可能性が高いでしょう。他方で、支払意思額が高く価格に敏感ではない消費者はクーポンを利用しない傾向があり、値引きがなくてもそもそも買ってくれる可能性が高いです。

 以上を整理すると、クーポンは消費者の自発的な選択(利用する・しない)を通じて、以下の価格差別を実現する手段として機能しています。

• 支払意思額が低い人はクーポンを利用して安い価格に
• 支払意思額が高い人はクーポンを使わずに高い価格に

 前回取り上げた学割を思い出してみましょう。学割は、学生への割引を行うことで、以下のような価格を提示する価格差別戦略でした。

• 支払意思額が低い学生には安い価格
• 支払意思額が高い社会人に高い価格

 今回のクーポンと同じく、支払意思額の低い消費者に対してのみ値引きを行う、というのが学割の狙いだったのです。

 学割のように、消費者の属性に応じたグループ・市場ごとに価格が異なるような価格差別のことを「第三種価格差別」や「市場分離型価格差別」と呼びます。一方、価格に関するメニューは共通であるものの、消費者の自発的な選択の結果として異なる価格を支払うような価格差別のことを「第二種価格差別」や「自己選択型価格差別」と呼びます。固定費と変動費に分かれているタクシー料金のような「二部料金」や、まとめ買いによって値引きする「ボリューム・ディスカウント」などが代表例です。今回取り上げた値引きクーポンもこの第二種価格差別の一例です。

「買い手のお得感」も「売り手の利益」も最大化する価格戦略とは

 ここまで見てきたように、学割やクーポンなどを活用することによって、企業は効果的な価格差別を実現し利益を増やせる可能性があります。では、価格差別は最大でどこまで利益を増やすことができるのでしょうか。

 実は、理論上最適な価格差別戦略は知られています。それは、各消費者に支払意思額と同一の価格を提示して支払ってもらうというものです。企業の利益を最大にするこの価格差別は、「第一種価格差別」や「完全価格差別」と呼ばれます。

 しかし現実には、支払意思額は本人である個々の消費者だけが知っている情報です。そのため、企業はその水準を正確に把握することはできません。完全価格差別をそのままの形で実行することは不可能なのです。

 ただ、近年はアプリ上での購買行動やサイトへのアクセス履歴といった顧客情報が企業やITプラットフォームに大量に蓄積され、消費者ごとに支払意思額をある程度は予測できるようになってきています。近い将来、完全価格差別に近い価格差別が行われるようになるかもしれません。

 最後に、今まで扱ってきた弁当市場で、完全価格差別による利益を計算してみましょう。客の弁当に対する支払意思額が表3のように与えられているとき、完全価格差別で実現する利益は20,000円となります(※3)。これは、現実には達成できないものの、目標値として重要な値になります。企業があらゆる価格差別戦略を通じて実現できる利益の上限を考える理論上のベンチマークとして活用することができるのです。

表3 完全価格差別が実現しているときの総利益
表3 完全価格差別が実現しているときの総利益
(図表制作=キャップス)
※3 今までは、支払意思額が「600円以上の客が60人存在する」という粗い情報が与えられていました。ここではより具体的に、600円が30人、700円が20人、800円が10人という細かい情報を加えてあります。そのうえで、完全価格差別における20,000円という利益は、前回の記事で求めた最適な単一価格(600円)のもとでの利益12,000円や、学割やクーポンなどの価格差別で達成できる利益の14,000円よりも大きいことに注目してください。

「価格差別」への理解が深まるおすすめの書籍

 価格差別は、「産業組織論」の教科書であればほぼ間違いなく扱っているトピックです。連載3回目の記事の「セット販売」で参考文献として挙げた2冊のほかに、次の1冊も挙げておきます。第二種価格差別の解説が特に丁寧で、理屈を深く理解することができます。

花薗誠(2018)『 産業組織とビジネスの経済学

 ミクロ経済学の教科書でも、価格差別は扱われることがあります。なかでも、ベストセラー『ヤバい経済学』の著者であるレヴィットたちによる学部中級レベルの教科書は価格差別を大きく取り上げており(第10章「市場支配力と価格戦略」)、非常におすすめです。

スティーヴン・D・レヴィット他(2018)『 レヴィット ミクロ経済学 発展編

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