インフレが進む今だからこそ、経験則や場当たり的ではない「戦略的な値上げ」は不可欠です。しかし、「商品価格そのものを変えるのは難しい」「値上げにはやはり抵抗がある」という企業・担当者も多いのではないでしょうか。経済学者で企業へのコンサルティングも行っている安田洋祐教授(政策研究大学院大学)と星野崇宏教授(慶應義塾大学)の連載3回目は、商品そのものの価格を変えることに絞らない、「セット販売」の価格戦略を紹介します。ゲーム理論・産業組織論・マーケットデザインの専門家である政策研究大学院大学安田洋祐教授が、これまでに蓄積された膨大な学術的知見と、ビジネス現場で培った経験から、経済学の初学者にもわかりやすく解説します。

喫茶店の利益を最大化するには? 経済学の思考実験
「価格戦略」「プライシング」「値上げ」と聞くと、「ある財やサービスをいくらで売るか?」という、特定の1つの商品に関する値付けの問題だとつい思い込みがちです。しかし、「複数の商品を組み合わせることで単品の場合とは異なる価格をつける」というのも立派な価格戦略です。
今回の記事では、「セット販売」や「バンドリング(bundling)」と呼ばれる商品の組み合わせに応じたプライシングの問題を考えていきます。まずは、喫茶店でのセット販売という身近な例で考えてみましょう。
コーヒーとサンドイッチを販売する喫茶店をイメージしてください。このお店には、1日あたりで平均100人の顧客(消費者)が訪れるとします。
これらの顧客はこの店を利用してはいますが、コーヒーとサンドイッチのそれぞれについて「最大でこの金額までならば払ってもいい」と思っている金額(支払意思額)は実は異なり、大きく以下の3つのタイプに分かれるとします(支払意思額は、顧客の所得や商品の好みによって異なると考えられています)。
それぞれのタイプを簡単に説明すると、①はサンドイッチを注文したい気持ちが強い顧客(高くても食べたい)、②はコーヒーを注文したい気持ちが強い顧客(高くても飲みたい)、③はどちらもバランスよく注文したいと思う顧客をそれぞれ表現している、と考えてください。もうひとつ、ここではシンプルに考えるために、「各顧客はコーヒーとサンドイッチを多くても1個ずつしか注文しない」、つまり、「同じ商品を2個以上注文する顧客はいない」と仮定しておきます。
また、利益を求めるためには、商品を提供する際のコストについても考慮する必要があります。ここでは、コーヒーとサンドイッチの製造コストは、1単位あたりそれぞれ100円/杯、200円/個だとしましょう。このとき、利益を最大にするために、この喫茶店は各商品やその組み合わせ(コーヒーとサンドイッチのセット販売)をいくらで売るべきでしょうか? ここからは、以上の前提で「この喫茶店がより大きな利益を得るための価格戦略」を考えていくことにします。
ちなみに、支払意思額のことを英語では「willingness to pay」というのですが、それを省略した「WTP」という表現はビジネス書などでもよく見かけます。プライシングを議論する際には欠かせないキーワードですので、初めて見たという方はぜひ覚えておきましょう。
以下では、ちょっぴり面倒な計算(といっても、使うのは四則演算だけです!)が出てきますが、これは言葉だけではセット販売の力を十分に伝えることができないからです。セット販売の威力を実感するためだと思って、しばしお付き合いください。
簡単な計算で比べられる「喫茶店の利益」
まずは、コーヒーとサンドイッチを、それぞれ単品で売る場合を考えてみましょう。
●ケース1 個別販売のみの場合
コーヒーの最適価格は、タイプ①のWTPである200円、②のWTPである600円、③のWTPである500円のいずれかとなります(※1)。それぞれのコーヒーの価格ケースで販売量は100杯(①~③すべてが購入)、30杯(②のみ購入)、70杯(②、③が購入)です。
コーヒー1杯あたりの製造コストが100円なので、利益は以下のように求められます。
600円の場合・・・利益は(600-100)×30=15,000円
500円の場合・・・利益は(500-100)×70= 28,000円 ←最適価格!
この計算から、コーヒーの最適価格は500円であることがわかります。
同様の計算をサンドイッチについても行いましょう。最適価格は、タイプ①のWTPである700円、②のWTPである300円、③のWTPである600円のいずれかとなります。それぞれのケースの販売量は30個、100個、70個です。サンドイッチ1個あたりの製造コストが200円なので、利益は以下のように求められます。
300円の場合・・・利益は(300-200)×100=10,000円
600円の場合・・・利益は(600-200)×70=28,000円 ←最適価格!
この計算から、サンドイッチの最適価格は600円であることがわかります。
以上から、コーヒーとサンドイッチを個別販売した場合には、コーヒーの価格を500円、サンドイッチを600円に設定するのが最適となることがわかります。この最適な価格のもとで、各商品を70人ずつが購入し、喫茶店の利益は28,000円×2=56,000円となります。
個別販売よりも利益を得られる売り方は存在するのか?
次に、個別販売をやめて、セット販売のみを行う場合を考えます。このケースは「純粋バンドリング」(pure bundling)、または「抱き合わせ販売」(tying)とも呼ばれます。
●ケース2 セット販売のみの場合(純粋バンドリング)
表2は、表1の右列に「コーヒー+サンドイッチの支払意思額」を追加したものです。
タイプ①と②の顧客はセット商品に対するWTPが900円、タイプ③の顧客は1,100円になることから、最適なセット価格は900円か1,100円のどちらかになることがわかります。
また、900円の場合は100セット(①~③すべてが購入)、1,100円の場合は40セット(③のみ購入)が売れることから、それぞれのコストを考慮した利益は以下のように求められます。
1100円の場合・・・利益は(1100-100-200)×40=32,000円
この計算から、セット販売の最適価格は900円であることがわかります。
以上から、セット販売のみの場合には、セット価格を900円に設定して全員に売るのが最適となります。このとき、利益は60,000円ですので、先ほどの個別販売のみの場合(ケース1)と比べて4,000円も利益が増えることがわかります。個別販売をやめて、セット販売だけに特化するほうがもうかる場合があることを、ケース1と2の比較は示唆しています。
セット販売が最強の販売戦略なのか?
最後に、個別販売とセット販売の両方を同時に行う場合についても考えてみましょう。 このケースは「混合バンドリング」(mixed bundling)とも呼ばれます。喫茶店の例でいえば、セット商品のみならず、コーヒーとサンドイッチも個別に注文できるようにするといった形です。
●ケース3 個別+セット販売の場合(混合バンドリング)
混合バンドリングのケースでは、セット価格を個別販売の価格の合計より安く設定する必要があります。そうしないと、個別商品を別々に買うほうが安くなり、誰もセットで購入しなくなってしまうからです。例えば、コーヒーが200円でサンドイッチが600円なのにセット価格が900円だったら、誰もセットでは注文しないでしょう。
この「セット価格<個別販売の価格の合計」という制約に注意しながら、途中の少し複雑な議論を省略して最適な価格を求めると(※2)、コーヒーは600円、サンドイッチは700円、セット価格は1,100円(個別で買うよりも200円分だけセット割引で安くなる)になります。それぞれの利益を計算すると以下のように求められます。
サンドイッチのみの利益・・・(700-200)×30=15,000円 ←①が購入
セットの利益・・・(1100-100-200)×40=32,000円 ← ③が購入
3つの利益を合計すると62,000円となり、個別販売の場合(ケース1)よりも利益が6,000円、セット販売のみの場合(ケース2)よりも利益が2,000円分増えていることがわかります。結局、ケース1~3の3つの場合において、混合バンドリングのケースが最も利益が大きくなることが確認できました。
一般に、このような形でセット販売やセット割引をうまく活用することで、売り手は利益を最大化することができます。今回の例のように、飲食店における食事とドリンクのセットメニューだけでなく、航空券とホテルのパッケージ販売や、電力とガスのセット割引、ウェブコンテンツの単発買い切りと定期購読(サブスクリプション)など、現実にもセット販売はさまざまな財やサービスで用いられています。
また、今回のケースでは、「コーヒー、サンドイッチ、セット価格のすべてを最適価格に変更することができる」という想定でした。しかし、ここまで自由に価格を変更できないケース、例えば「コーヒーとサンドイッチはすでに決まった価格から変えられない」というときに、セット販売価格の工夫で利益を増やすにはどうするか、といった応用も可能です。
経済学で「考え方の基礎」がわかれば、応用は難しくない
セット販売の考え方は、一見するとプライシングとは関係がなさそうに見える組織運営、例えば学会組織の運営などにも応用できます。表3ではコーヒーを「会員の年会費」、サンドイッチを「シンポジウムの参加費」に置き換え、表1の数値および各オプションにかかるコストを(現実の金額に近づけるために)すべて10倍してみました。
最適なプライシングは、先ほど求めた最適価格を10倍すればよいので、「年会費6,000円、参加費7,000円、セット11,000円」となります。学会において「セット価格」というのはあまり聞いたことがありませんが、これはシンポジウム参加費が会員の場合に安くなるという現実で見かける状況に対応しています。つまり、「非会員の参加費が7,000円、会員の参加費が5,000円(セットから年会費を引いた価格)」という会員割引と同じ構造だと理解できるわけです。
このように考えると、さまざまな組織や団体が行っている会員割引も、今回ご紹介したセット販売の一形態と解釈できます。もちろん、現実の組織の目的は必ずしも利益の最大化ではなく、それ以外の価値を重視することも多いでしょう。例えば、学会組織の場合には、研究の発展や会員間の交流促進などが利益よりも通常は尊重されます。その点を注意しつつも、セット販売やプライシングの考え方がビジネスや組織運営に幅広く応用できることを、今回の記事で実感していただけたらうれしく思います。
なお、セット販売や抱き合わせ販売は、ビジネス・エコノミクスを扱う「産業組織論」の教科書で触れられている場合が多いです。ただし、どんな本でもカバーされているほどポピュラーなトピックではありません。ご関心のある方は、例えば以下に挙げる産業組織論の教科書(どちらも学部中級レベルの良書です!)の該当箇所をご参照ください。


