人はなかなか自分の意見を曲げず、ネットがその傾向に拍車をかけている――。なぜそうなってしまうのでしょうか? 年間約300冊の本を読む東京カメラ部の塚崎秀雄社長がお薦めする『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』(ターリ・シャーロット著)では、その理由と、他者と歩み寄るためのポイントを解説しています。
人間も集団もしばしば間違える
「この世に確実なものは何もない。死と税金を除いては」とは、米国建国の父、100ドル紙幣の肖像に描かれたベンジャミン・フランクリンの言葉です。
序盤でこんな言葉を紹介しながら、思い込みを排して正解にたどり着く技術、もしくは人を動かす技術を説いたのが『 事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学 』(ターリ・シャーロット著/上原直子訳/白揚社)です。
前回「 炎上はなぜ起きるのか 無自覚の『無知』の怖さが分かる本 」では、『 知ってるつもり 無知の科学 』(スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著/土方奈美訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を取り上げ、無知を自覚しない人々が排他的な「正義」をふりかざして暴走する危険性がインターネットの普及により高まっていることを説明しました。この「つながり」で、今回は社会不安、分断を高める要因の1つとして、自分の意見に固執してしまう理由とその解決策をこの本から紹介します。
確かにフランクリンの言う通り、誰もが同意する「たった1つの真実」などというものは存在しません。誰もがそれぞれ意見を持ち、時には真っ向から対立することもある。それは、誰もがどこかで間違えているということでもあります。
しかも、分析能力が高いと思われている人のほうが、なかなか自説を曲げません。異論を聞いても、自説に合うように都合よく解釈することができるからです。
また、「集団が個人よりも賢いのは特定の状況下に限る」ため、集団が出した結論だから間違いない、と考えるのも危ういとのこと。「完全な意見の一致を前にしたときに違った見解を表明できる個人は、30%しかいない」そうです。また、「コメントを操作して最初に高評価のレビューを掲載すると、それに続く好意的なレビューの数は通常より32%多くなり、実験終了時の総合評価はなんと25%も上昇」するそうですから、私たちは、周囲にいる人の意見に引っ張られる傾向があります。まして肩書の重い人や影響力の大きい人の意見が提示されると、異論を挟むのはより困難になるでしょう。
また、逆に、各自の信頼性や専門技術を無視して、全員に対して平等になろうとしてしまうときもあります。これは「ポスト・トゥルース(脱真実)」(連載第2回「 なぜSNSが分断の震源地となるのか 解決のヒントを探る1冊 」で紹介した『 ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する 』<ジョナサン・ゴットシャル著/月谷真紀訳/東洋経済新報社>参照)の発生原因の1つでもあるかもしれません。
一方、私も経営者の1人としてしばしば反省するのですが、何かを決めようというとき、つい全員の意見を平等に聞くことがあります。しかしそれでは、正しい結論に至らない可能性が高いのです。この本は、各人の意見の独立性を確保した上で、その中から何が正しいかを見極めることが大事だと説いています。
この本でも例として取り上げていますが、有名なのは大ベストセラーになったファンタジー小説『ハリー・ポッター』シリーズが世に出るまでのエピソードでしょう。作者のJ・K・ローリングは12の出版社に持ち込んですべて断られた後、ようやく1社と契約にこぎ着けます。その出版社の社長の8歳になる娘さんが、最初の1章を読んで夢中になったことがきっかけでした。12人のプロより1人の子どもの見方を採用したことが、大正解だったわけです。
自分の意見になぜ固執するのか
さらに私たちは、自分にとってプラスになりそうな人やものは歓迎しますが、マイナスになりそうな人やものを遠ざけようとする性質があります。この本ではそれを「接近の法則」「回避の法則」と呼んでいます。厳しいことを言いそうな人の意見を聞かず、褒めてくれそうな人にだけ話す、といったことはよくあるでしょう。
あるいは本にしても、できるだけ自分の意見や知識を補強してくれるものを選び、逆に脅かすものを避ける傾向があると思います。その結果、『知ってるつもり 無知の科学』で分析されていたように、自らの無知を自覚していない場合は、グループシンク(集団浅慮)が進行して、最悪のケース「思想純潔」のような巨悪が登場するおそれがあるわけです。
本来、知識を得る代償は、自分の信じたいものを信じる選択肢を失わせ、場合によっては価値観もひっくり返してしまうことです。それは快感であると同時に、苦痛でもあります。自ら苦痛を味わいにいく人は、そう多くはないでしょう。むしろ悪い知らせを避けるために、どんな労力も惜しまない。その結果、自分の間違いに気づく機会も失われるわけです。
また、仮に都合の悪い知識や情報に触れたとしても、今度は全力で反論を考える。これを「ブーメラン効果」と呼んでいます。さらには、自説に合うデータやロジックばかりを集めようとする。これを「確証バイアス」と言います。
一般に平行線をたどる議論というのは、ここに要因があります。お互いに、相手の間違いを正してあげようという姿勢で臨むから、相手の発言をまともに聞かない。むしろ自分の正当性を証明しようとするばかりだから、袋小路に入ってしまうわけです。
いかがでしょうか? 私はここまで読んだときに、我が身を振り返って思い当たることが多く胸が痛くなりました。
ネットが自説への執着をより強固に
そういう人間の性質に拍車をかけているのが、インターネットです。自分にとって都合のいい情報を集めやすいだけではなく、その情報から感情的な影響を受けやすい。この本が紹介するFacebookやTwitterの調査によれば、ポジティブな投稿を見たユーザーはポジティブな書き込みを、ネガティブな投稿を見たユーザーはネガティブな書き込みをする傾向があるそうです。
しかも、ツイートやリツイートをすると、感情の高まりを示す脳活動が75%も上昇するというデータもあると言います。つまり、ある種の快感を伴うわけです。思い当たるフシがある方は多いのではないでしょうか。もし、ご存じないようであれば、怒っている投稿を見つけたらそのアカウントが投稿している他の投稿も見てください。怒っている投稿者は、次々と話題を変えながらも、何かにずっと怒って連投していることが多々あります。もしかしたら、そのアカウントのフォロワーまで怒りのリツイートをしているケースまで見つかるかもしれません。
こうした作用の結果、自説への執着はますます強固になり、変えることが困難になるわけです。そればかりではなく、他者に対して不寛容になり、攻撃的になり、周囲からどんどん人が離れてしまう。周囲に残っているのは似た思想や似た攻撃性を持っている人だけになり、ますます思想を先鋭化させていき、状況は悪化の一途をたどります。これは本人にとっても不幸でしょう。
他者と歩み寄るための4つのポイント
では、どうすれば意見の固執から解放され、お互いに歩み寄ることができるのか。この本では、大きく4つのポイントを提示しています。
1つ目は、意見の食い違いより共通点に注目すること。例えば、新型コロナウイルス禍ではワクチンの副作用を巡って意見が分かれましたが、子どもを守りたいという思いは共通している。そこから出発した結果、子どもにも接種を可能にしようということになったのだと思います。
2つ目は、情報の適宜共有。情報不足は人を不安にさせますが、反対に必要十分に提供されれば満足感を覚えます。共通の情報をベースにすることで、議論の余地も生まれるはずです。
3つ目は、感情にポジティブに働きかけること。当たり前の話ですが、「おまえは間違っている」という姿勢で臨めばたちまち決裂します。リラックスさせて、話しやすい雰囲気を作ることが欠かせません。
そして4つ目は、相手の主体性を尊重すること。「これしかない」と一点突破を目指すのではなく、いくつかの選択肢を用意して「どれがいいですか」と選んでもらうわけです。裏を返せば、その選択に責任を持ってもらうということですが、それは相手の幸福度を高めるそうです。
同じく新型コロナのワクチンを例にとれば、日本は接種開始が他の先進国より遅かったにもかかわらず、その後の接種率は急速に伸びました。もちろん当局や現場の方々の奮闘がありましたが、個々人が接種を受けるか否かを選択できたことも大きいと思います。その分、ポジティブに考えることができました。もし「強制」なら、こうはなっていなかったのではないでしょうか。
人を動かすなら、今すぐ「報酬」を
この本ではもう1つ、相手に何らかの行動を促したい場合のノウハウにも触れています。端的に言えば、それには罰より報酬のほうが効果的なのだそうです。
米国の医療機関で手指衛生が順守されている割合は38.7%で、飲食店の38.0%をわずかに上回る程度だと言います。この問題を解決すべく、米国北東部にある集中治療室(ICU)が事例研究の場所に選ばれました。最初は、至るところに注意書きの貼り紙をしますが、ほとんど効果なし。次に監視カメラを誰もがカメラの存在を認識できる場所に設置しましたが、ルールにかなう手洗いをしたスタッフは10人中たったの1人でした。そこで次に、手洗いの順守率をリアルタイムで表示する電光掲示板を各職場に設置しました。すると、一気に9割の人が手を洗うようになったそうです。
報酬と言っても、電光掲示板の数字が高くなるだけです。しかし、それがリアルタイムに表示されたので、ちょっとしたゲーム感覚で楽しめたのでしょう。脳の働きとして、将来のいつか受けられる報酬より、今すぐ受けられる報酬について考えるときのほうが活性化するのだそうです。この仕組みは、いろいろ応用できるのではないでしょうか。
反対に相手の行動を止めたい場合は、ご褒美より「報いを受ける」などと警告するほうが有効だそうです。そう言われた瞬間、人間の思考はストップすると言います。これも、ノウハウとして覚えておいて損はないでしょう。
取材・文/島田栄昭