1849年のある日、借金で頭を悩ませながら工房で針金をいじっていた男は、真ん中でコイルのように巻くとバネの張力が生まれることを発見、両端を留め金で固定することを思いつき、特許を取得すると400ドルで手放して……。誰もが知る便利用品「安全ピン」にまつわるユニークなエピソードを『身近すぎて気づかない、偉大な発明図鑑』(クライブ・ギフォード 著、定木大介+岩田佳代子 訳)から紹介します。

最も古い例は紀元前1100年頃

 鋭い先端がカバーに包まれ、そのカバーが留め具としても機能する安全ピンは、ごくありふれたアイテムのように見えるかもしれないが、実は非凡なデザインの賜物だ。先端からヒンジ、バネに至るまでの全体が1本の針金でできていて、中には留め金まで同じ針金のものもある。当然、原価は安い。その用途は多種多様で、裁縫やキルティングにとどまらず、布おむつを留めたり、包帯を巻いたり、競技前に選手のベストにゼッケンを付けたりといった用途に使われることもある。

 布地と布地を重ね合わせて留めるためには、太古の昔から、骨や木や金属の先端を鋭く尖らせたものが使われてきた。古代ギリシャの歴史家ヘロドトスによると、今から2300年以上前の古代アテネの女性は、マントを固定するのに長く尖ったピンを使うことを禁じられていたという。なんでも、ピンが凶器として使われ、アテネの兵士が殺害される事件があったからだとか。そもそも留め金付きのピンの起源は古代ギリシャ以前、地中海のクレタ島を征服したミケーネ文明の時代までさかのぼる。当時、ブローチを意味する「フィブラ」と呼ばれていたこの古代の安全ピンの最も古い例は、紀元前1100年頃のものだ。

 それから約3000年後の米国ニューヨーク州。機械工として働きながらこつこつと発明品を生み出していたウォルター・ハントは、なかなか利益を上げられずに苦労していた。

真ん中でコイルのように巻くと…

 1796年生まれのハントは、その革新的なアイデアを十分に生かすための人脈、先見性、ビジネスセンスに欠けていた。彼が収益に結び付けることのできなかった数多くの発明の中には、街路掃除機、新設計の樹木伐採用ノコギリ、氷の張った川を船で航行するためのアタッチメント、そしてロックミシンなどがあった。特にロックミシンは、あきらめずに改良を加えていたら大反響を呼んだかもしれない優れたアイデアだった。しかし、それをしなかったために、ハントは経済的に苦しくなり、借金15ドルの返済に追われていた。

 そんな1849年のある日、伝えられるところによると、家計のことで頭を悩ませながら工房で針金をいじっていたハントは、1本の針金を真ん中でコイルのように巻くと、そこにバネの張力が生まれることを発見、その張力で広がろうとする針金の両端を留め金で固定することを思いついたという。開いたり閉じたりできるピンは、1本の針金から作ることができ、ベースやヒンジのような別個の部品を必要としない。

 ハントはこのアイデアを図面に起こし、1849年4月に特許を取得する。ほどなくハントからこの特許を400ドルで買い取ったニューヨークのW・R・グレース・アンド・カンパニーは、その後、この小さな金属製のお役立ち家庭用品を何百万本も製造した。

(写真左)ウォルター・ハントが1849年に取得した安全ピンの特許。添付された手紙の中でハントは、このピンは「1本の針金または金属でできており、バネと留め金を併せ持ち、その留め金にピンの先端が収まり、それ自身のバネによって確実に保持される」と説明している。(写真中央)初期の安全ピンにはさまざまなデザインがあり、さまざまな素材が使われていた。(写真右)現代のスチール製安全ピンにはクロムメッキ仕上げが施されている。
(写真左)ウォルター・ハントが1849年に取得した安全ピンの特許。添付された手紙の中でハントは、このピンは「1本の針金または金属でできており、バネと留め金を併せ持ち、その留め金にピンの先端が収まり、それ自身のバネによって確実に保持される」と説明している。(写真中央)初期の安全ピンにはさまざまなデザインがあり、さまざまな素材が使われていた。(写真右)現代のスチール製安全ピンにはクロムメッキ仕上げが施されている。
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 「実用一辺倒のローテクさとは裏腹に、安全ピンは明らかに成功した製品デザインであり、近代オリンピックが始まる前から普及している」(『ランナーズ・ワールド』誌の編集者、アンディー・ディクソン)

絆創膏、安全ピン、トイレットペーパー、鉛筆、缶切り、クレジットカード、シートベルト……今や“身近すぎる”存在となっている79種類の道具たちは、どんなきっかけで、どんなアイデアを基に開発され、普及したのか。意外と知られていないエピソードの数々を、多様な写真とともに紹介する。

クライブ・ギフォード(著)、定木大介、岩田佳代子(訳)/日経ナショナル ジオグラフィック/3300円(税込み)