IT業界で数多くのサービスを生み出してきた経営者・川邊健太郎さんと、AI活用の専門家・深津貴之さんは、AI時代はAIと競うのではなく、人間にしかできないことを楽しみながら追求したほうがよいといいます。対談前編。

3年以内に、あなたの仕事に起きること

川邊健太郎さん(以下、川邊):Xはいつも拝見しているんですが、お会いするのは初めてで、今日は深津さんとAIについて話せるのを楽しみにしていました。僕はYouTubeで「 川邊の他力本願チャンネル 」というチャンネルをやっていて、AI時代における働き方や事業の作り方について話しています。一般的には、生成AIが浸透する未来では知的生産をAIが、肉体労働をロボットが代替し、人間は労働から解放されて楽になるといわれていますが、深津さんはどう見ていますか?

深津貴之さん(以下、深津):じつは短期的には逆だと思っています。2025年はAIエージェント機能が定着し、ビジネスにおけるAIの役割が単なる「相談相手」から「実行部隊」へと質的な転換をした年でした。でも、この先の1〜3年で現場にはブルシット・ジョブ(人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した、働く本人さえも「無意味・不必要・有害」と感じている業務)が爆発的に増えるはずです。

Xなどでお互いのことは知っていたが対面で会うのは初めてだという川邊さんと深津さん
Xなどでお互いのことは知っていたが対面で会うのは初めてだという川邊さんと深津さん

川邊:ブルシット・ジョブが増える?

深津:今のAIは完璧じゃないですし、使う側も全員がAIの得意不得意を理解しているわけではないですよね。だから、そのギャップを埋めるために、人間が巻き取る作業がどうしても発生する。特に相性が悪いのは、「人間・機械・人間・機械」と、交互にボールが行き交うような業務フローです。

 例えば、AIが作った資料をプリンターで印刷して、それを会議室まで運んで出席者の席に配っておく……とか、AIを使って大量の営業メールを配信できるようになった一方で、今度は受信側がAIを使ってAI製の営業メールを自動削除する仕組みを作る……みたいな”しょうもない”作業が激増していく。AIで生産性が100倍になると、その裏で発生する人間による尻拭い作業も同じく100倍になるわけです。

川邊:なるほど。

深津:ただし、最初からAI前提で設計した会社は別です。「AIが苦手なことはそもそもやらない」と割り切れば、仕事はめちゃくちゃ楽になります。

川邊:既存企業は業務フローがDXするまでの間、雑務が爆発的に増える。AI前提のAI駆動型企業は最初から快適。明暗がわかれますね。

「人類は遊んでいていいよ」となったら、何をする?

川邊:ちょうど僕は今、インターネット産業30年史的な本を書いていて、インターネットが勃興して成熟した30年とここ数年の生成AIの広がりをトレースしながら見ることができています。その上で、この先30年スパンではAIによって個人がより自由な時代になっていくのは間違いないと思っているんです。

深津:そうですね。長期的にはAIがほとんどの仕事を担うようになり、「人類は遊んでいていいよ」という時代が来ると思います。

川邊:一方で、人間そのものはこの30年でも大きくは変わっていないですよね。インターネットが成熟しても、あいかわらず悩んでいるし、孤独を感じている。新しい仕事を見つけては、頑張って楽しいと充実感を覚える。だから、「従来の作業的な仕事はAIがやるからもういいよ」と言われても、人間は好奇心が強いですから、その先で何かをやり始めるでしょう。

IT業界でさまざまなサービスを開発してきた川邊さん。AIの進化で人類はより自由になっていくという
IT業界でさまざまなサービスを開発してきた川邊さん。AIの進化で人類はより自由になっていくという

深津:ただ、短期的には「生成AIに仕事を奪われてしまう……」と心が折れてしまう人は出てくると思います。人間の”報酬系”には、「好きだからやる」「ワクワクするからやる」という内的報酬と外的報酬があって。外的報酬には、いわゆる金銭的な報酬とは別に、「社会報酬」と「達成報酬」といったものもあると思うんですね。「絵が描けてすごい」とか、投稿がバズるといった社会報酬が生成AIに奪われてしまったり、5年10年かけて積み上げたスキルがAIに抜かされてしまったりすることは、クリエーターにとって大激震ですし、不条理に感じるところですよね。

 でも、それも「アウトプットにおいて卓越しなければならない」という縛りがなくなれば、だんだん気にならなくなっていくはずです。実際に今、僕らの中に「ブルドーザーに出力で負けて心が折れる人」とか、「かけっこで車に負けたから落ち込む人」はいないじゃないですか。

川邊:たしかに。この間、作曲家の方に話を聞いていたら「どれだけAIがすばやくいい曲を作るようになっても、作曲は自分でやります」と。「どうしてですか?」「作曲が楽しいから。その楽しみを効率のために手放すつもりはないです」と言っていました。人間性の発露と産業的に何かをやるという行為の違いがはっきり出てくるんでしょうね。

深津:だから、外的報酬をモチベーションにしている人は、短期的に大変な時期を迎えるかもしれないなと思います。

短期的に見るとAIを脅威に感じることもあるかもしれないが、人間が本来持っている内的な喜びはなくならない
短期的に見るとAIを脅威に感じることもあるかもしれないが、人間が本来持っている内的な喜びはなくならない

人間に求められるのは、AIの探索しない外縁・周縁部分を探検する仕事

深津:これは僕の予測なんですけど、AI時代の人間の大きな仕事の一つは、”ノイズの注入”と”未探索領域のデータ収集”だと思うんですね。

川邊:というと?

深津:AIは中央帯が得意で、質問に対して出す答えは、過去データから導いた「中央値」なんです。さらにインターネット上の情報はすでに学習されているので、あとは人間がAIの探索しない外縁・周縁部分を探検して、そこで得たデータや情動などのノイズをいかにAIにインプットし、中央値からどれだけずらせるか。大航海時代に未踏の海を進んだ船長のような役割が人類に求められるようになるんじゃないかと思います。

川邊:めちゃくちゃわかります。モーニング娘。’26に小田さくらさんという歌がうまいメンバーがいて、ハロプロくらい歴史があると、その人に憧れてオーディションを受けて入ってくるメンバーがいるんですね。その一人にげったーという若いメンバー、弓桁朱琴(ゆみげた あこ)さんがいます。急に話が変わったように聞こえますけど、ちゃんと戻りますから安心してください(笑)。

深津:はい。

中央値が得意なAIには、ものごとの多様な楽しみ、価値を見つけることが難しい。外縁や周縁を探索する、楽しむことは人間らしい行為
中央値が得意なAIには、ものごとの多様な楽しみ、価値を見つけることが難しい。外縁や周縁を探索する、楽しむことは人間らしい行為

川邊:この間、小田さくらさんがミュージカル俳優や演歌歌手と一緒に登場するコンサートがあって、小田さんがアイドルなのにすげぇ歌がうまい!と会場を席巻したんですね。僕も見に行っていて、楽屋挨拶にうかがったら、げったーも来ていたんです。小田オタだから。

 それで、「どうだった?」と感想を聞いたら、歌の感想が出るのがまさに中央値なわけですけど、突然、「衣装が良かったですね」と言い出した。その衣装は普段、モーニング娘。’26で着ているものなんですよ。ただ、げったーはいつも小田さんと同じステージに立っているから、観客として見たことがなかったみたいなんですよね。意外なところを話すなと思いつつ、僕は歌の感想を聞きたかったから、「他にはどうだった?」ともう一度質問したら、今度は「小田さん、ソデにはけるとき、ちょっとコケたんです。かわいかった」って。この中央値からのブレっぷりこそ、まさに人間が周縁から見つけてくる発見ですよね。

深津:上級者過ぎますね(笑)。でも、今のお話のように、最終的な結果に至るまでの”中間部分”にある価値は、AIにはうまくサマリーしきれない領域です。そこにこそ人間が楽しめる余地があるし、むしろ楽しみたい部分なんじゃないでしょうか。僕は「恋愛マンガ理論」と呼んでいるんですけど、99%の恋愛マンガは「二人がくっつきました」で終わるとサマリーされます。でも読者が求めているのは、そこに至るまでの曲折。だから、これだけたくさんの恋愛マンガが存在しているんだと思うんですよね。一次体験、揺れ動く感情、入り交じる個人の主観。こうした要素は、AIには生み出せないものです。

川邊:つまり、自分の中に「楽しさ」「おもしろさ」を持っている人が強い。

深津:そうです。アウトプットで競い合うと、AIはライバルになる。でも内的報酬で完結している人には関係ないですから。

AI時代と推し活の近未来

川邊:内的報酬、楽しみとつながってくるんですが、前回、エンタメ社会学者の中山淳雄さんと推し活について話しました。深津さんは推しについてどう思われています?

深津:これは正しい推し活の定義とは違うかもしれないんですが、推し活、特にアイドル系の推し活は「幸せのアウトソース」だと思っています。

川邊:アウトソース?

深津:僕が社会で労働してお金を稼ぐ。このお金を使って“人生の一番輝くパート”を担当して、と託す。人生の分業の一つの形です。だけど、この先AIがさらに発達して、人と人とが共有ストレージでつながるような世の中になったら、アドレナリンもドーパミンさえも推しを通じて共有できる。そんな可能性を想像しています。

川邊:例えば、推しが東京ドーム単独公演を達成したときに、ステージからそれを見ているアイドルと、我々が客席から見ている光景は違うものだけれど、それが共有される。アイドルもファンも自分だけでは味わえない体験を推し活によって得られるようになる……それはあるかもしれない未来ですね。そして、その手前の段階で言えば、AIによって余暇が生まれ、働き方が柔軟になるから、そのときにできた余白で人間が人間にしかできないことに感動する機会が増える。当然、推し活自体も絶対に発展しますねってことは言えそうです。

AIがさらに発達すると、アイドルのライブで、アイドルと観客の感覚がつながるようなことが起きるかも。推し活ももっと楽しくなる予感
AIがさらに発達すると、アイドルのライブで、アイドルと観客の感覚がつながるようなことが起きるかも。推し活ももっと楽しくなる予感

文/佐口賢作 写真/鈴木愛子 編集/木村やえ