IT業界で数多くのサービスを生み出してきた経営者・川邊健太郎さんと、AI活用の専門家・深津貴之さんは、AI時代はAIと競うのではなく、人間にしかできないことを楽しみながら追求したほうがよいといいます。対談後編。

会長退任後に試してみたいこと

深津貴之さん(以下、深津):川邊さんは2025年12月にLINEヤフー会長からの退任を発表されました。2026年6月の退任後はどんなことをしていこうと思われているんですか? 推し活系のサービスを作るのかなとも?

川邊健太郎さん(以下、川邊):それはしないと思います。生成AIの時代は膨大にコンテンツが増えますよね。これまで多くのサービスを作ってきて、いかに一つのサービスをプロモーションするのが大変かを体感してきているので、作る側より、楽しむ側に回った方が希少価値が高いと思うんです。

深津:なるほど。「超消費者」になる、と。

川邊:作る側はAIが無尽蔵に作りますけど、見る側の人と時間は限られています。よく「アイドルをプロデュースするんですか?」とも聞かれるんですが、何百とアイドルグループがある中で、それがどれだけ大変か。それよりも目をつけたアイドルを本気で楽しんでいる人の方が、希少価値があるし、そちら側でエンパワーメントされた個人でいる方が有利なのかなと思っているんですが、どうですか?

LINEヤフーの会長退任後はサービスを「作る側」ではなく「楽しむ側」に回りたいという川邊さん
LINEヤフーの会長退任後はサービスを「作る側」ではなく「楽しむ側」に回りたいという川邊さん

深津:超消費者になるのは一個の道ですよね。

川邊:僕は「川邊の会食~人生最高インタビュー」というポッドキャスト番組をやっていて、この間、フーディーの浜田岳文さんの話を聞いたんです。朝は基本食べず、酒も飲まず、目的のない一口は口にせず、そして世界中のレストランを年間800軒巡っている。本も書き、売れている。でも、何をやっているかと言えば、世界中を食べ歩いて感想を述べているだけ。「僕は料理作らないんで」と公言していて、レストランをやる気もない。この極端さはおもしろいし、どちらかというと組織やサービスよりもこういう人間の価値が上がるんじゃないかと思うんですよ。

深津:体験の外部化ですね。

川邊:確実に「一次体験」の価値が上がります。AIは過去データから答えを出すけど、人間しか体験できないことがある。それを言語化して伝える能力が重要になります。だから、多くの働く人がAI時代に備えるためにしておくべきなのは、自分の「好き」を深掘りすることなんです。

2人が今、AIで実験していること

川邊:深津さんは今、AIでどんなことを試していますか?

深津:バイブコーディング(自然言語で完成形の雰囲気を指示してAIにコードを生成させる手法)で視聴者が僕一人しかいない、AIポッドキャスターを作ったんですよ。

川邊:視聴者が自分だけ?

深津:架空のポッドキャスターが架空の放送を永遠に生産するという。これからAI時代に爆発的に生まれてくるであろうコンテンツを先に体感してみようと思って、自分のためだけに作ってみました。僕は「知のわんこそば」と呼んでいるんですけど、毎週、世の中のホットトピックスを全部かき集めてきて、難しい専門用語も分かりやすく説明してくれるんです。「古代ギリシャの哲学者が考えた有名なパラドックスをご存じでしょうか。『テセウスの船』という思考実験です。私たちが信じている日経平均、S&P500といった株価指数もまたこの古い船と同じ運命を背負っています……」といった感じで。それをランニング中に聞いて遊んでいます。

深津さんの作成したAIポッドキャスターのラジオ番組を聞く2人
深津さんの作成したAIポッドキャスターのラジオ番組を聞く2人

川邊:これは遠からず自分では聞き切れない数のコンテンツを作ってくれるだろうから、今度は深津さんの代わりに聞いてオススメを教えてくれるAIエージェントが実装されそうですね。

深津:たしかに。ただ現時点でも意外と発見はあったんですよ。例えば、集めてきた政治に関するトピックは基本的に中道寄りなんですけど、ポッドキャスターごとに異なる立場を設定しておくと、それぞれの視点や見識から話してくれるんです。生成AIは中央値を出すのが得意だから、典型的な右派、典型的な左派のポジションからの語りが聞けるのはおもしろいな、と。

川邊:僕もこないだ、歴史上の人物とのポッドキャストの対談を作れたらいいなと思って、試しに織田信長と語り合う台本を生成AIで作ってみたんです。僕は歴史が好きだから、「長篠の合戦で武田の騎馬隊が目の前にいたとき、信長さんはどういう気持ちだったんですか?」とかマニアックな話を聞きたかったんですね。

深津:おお、どうでした?

川邊:普段、僕がSNSにビジネスの投稿をしているのをAIが知ってるから、信長がめちゃくちゃビジネス論を語るんですよ。

深津:パーソナライズ機能の悪い発現ですね。

川邊:そうそう。長篠の合戦について「鉄砲は象徴に過ぎない。本質は再現性だ」みたいな。無理やりビジネスに結びつけて対談させられちゃったんですけど、まあまあ、これはこれで僕に対するインサイドのニーズなんだろうなと受け止めました……。

深津:本当は「このうつけが!」と叱られるような展開を期待していたのに。

川邊:そうなんですよ! でも、個人でこういう試行錯誤をしていくのがこれから当たり前になりますよね。

AIが作成した織田信長と川邊さんの対談は、川邊さんの期待通りにはならず、信長がビジネス論を語る展開に
AIが作成した織田信長と川邊さんの対談は、川邊さんの期待通りにはならず、信長がビジネス論を語る展開に

変化を楽しむ。答え合わせは5年後

川邊:とにかく今後は、AIによってやれることが増えていく変化のプロセスを味わいたいんですよね。自分がインターネットを始めた頃の通信速度は9600bps。今から考えると、信じられないくらい遅いですよね。テキストだけがあって、通信できる時間帯も限られていた。そこから始まったインターネットが今の形になっていく間の体験が一番おもしろかったですから。結果的にそれが自分の年収にも跳ね返ってきて、これ以上ない30年でした。

 AIはそれと同じどころか、異常なスピードでの変化を体験できるかなと思っているので、今回、一旦全部アンラーニングして、AIでしかできないことに絞っていく。でも、前編で深津さんが指摘したように、まだAIにできないこともいっぱいあるんですよね。それを許容しながら、身を委ねて、3カ月後にできることが増えているという驚きを楽しみたいし、伝えたいことがあるのでコンテンツを発信することも続けていきたい。その中でYouTubeやポッドキャストに力を入れているのは、老後の対策かな。

深津:老後ですか?

川邊:老眼がけっこう衝撃的で、こんなに見えなくなるんだ!と。このまま行くと文章を読むのがよりしんどくなるんだろうなと思うから、動画や音声に発信するメッセージの主軸を移していっている。それはAI関係なしの話ではあるんですが、インターネット上に自分が喋っている映像をどんどん残していっていますから、今後、生成AIで僕が僕の発想で話す動画が勝手に作られていくんだろうなと。

インターネットの進化の30年と比べるとAIの進化のスピードは異常ともいえる。それを楽しみながら発信したいという川邊さん
インターネットの進化の30年と比べるとAIの進化のスピードは異常ともいえる。それを楽しみながら発信したいという川邊さん

深津:さっきの僕のポッドキャスターにしろ、川邊さんの織田信長との対談の実験にしろ、これからはAIによる”超パーソナル化”が進むと思います。「俺専用のゲーム」「自分専用のAIアシスタントによる旅のプラン」みたいに、一人一人がまったく違う体験をするようになる。そして、999の個人向けツールは個人用で終わるけど、そのうちの1つが大化けして、共有コンテンツとして広がっていく。

川邊:それは今までのインターネットと真逆のパラダイムですね。これまではプラットフォームがみんなの体験を統一してストレスのない世界をつくってきましたけど、それが逆転して「俺のゲーム、こういう内容なんだよ」「俺は専用ツールをこういう使い方で使っているんだよ」と個別体験を語り合う世界になる。

深津:週末に仲間とバーベキューをして、そこにそれぞれが秘伝のたれを持ち寄るみたいな感じです。

川邊:一旦、エバラ焼肉のたれで統一されたはずのたれの世界が、AIの力でまた個々人の秘伝のたれに変わっていく。

深津:AIでは配合も再現もできないオリジナルレシピで、「○○さんと一緒のバーベキューじゃないと食べられない味がある」みたいな。

AIの進化により「超パーソナル化」が進むという。AIにはできない、その人しか作れない個別化されたものが多くの人を魅了していく
AIの進化により「超パーソナル化」が進むという。AIにはできない、その人しか作れない個別化されたものが多くの人を魅了していく

川邊:そのコミュニケーションは起こりうるし、刺激的ですよね。きっと推し活でも個々人起点の推し方が出てくるでしょうね。生成AIで自分だけの視点での推しコンテンツを作って、それを推し勢同士で共有する楽しみが生まれるみたいなありようがあるかもしれない。

深津:答え合わせが楽しみですよね。

川邊:インターネットの場合の答え合わせは30年かかったけど、AIは5年くらいで結果が見えてくるはずだから。今日の会話がどれくらいイケていたかどうか。

深津:全然違ったらどうしよう。

川邊:インターネットの体験で言うと、大きな話は当てられたんですよ。メディアが個人化するよねとか、通信スピードが速くなるよねとか。でも、SNSが出てきて社会がこう変わるとかは全然。

深津:TikTokとか、まったく想定外でしたね。

川邊:本当に。だから、当たらなさを楽しみましょう。

深津:AIはこちらの想像が及ばないところでどんどん拡張していきますから。

川邊:これまでは先駆的な人たちが話して3年後くらいにサービスが出るペースだったのが、明日急に出てきたり、じゃあ今から作りましょうかとバイブコーディングされていったり……。もう全然違う次元に突入していますよね。

今後のAI進化がどうなるか、5年後の答え合わせを楽しみましょうという2人。LINEヤフー社のタペストリーの前で撮影
今後のAI進化がどうなるか、5年後の答え合わせを楽しみましょうという2人。LINEヤフー社のタペストリーの前で撮影

文/佐口賢作 写真/鈴木愛子 編集/木村やえ