IT業界で数多くのサービスを生み出してきた経営者・川邊健太郎さんと、ブロガーとして活動し、現在はnoteやソーシャルメディアの企業活用をサポートする徳力基彦氏が、AI時代のエンタメについて語ります。対談前編。
あのディズニーが、なぜOpenAIと手を組んだのか
川邊健太郎さん(以下、川邊):2025年12月にディズニーがOpenAIに約10億ドル(約1550億円)を出資し、提携すると発表。しかも、動画生成AI「Sora」で200以上のキャラクターを使用可能とする3年間のライセンス契約を締結した、と。このニュース、衝撃的でした。
徳力基彦さん(以下、徳力):実はこの発表のある1週間前に、私は経産省の企画でアメリカのエンタメプロデューサーの方のワークショップを受けていたんですね。その席で、「ディズニーは生成AIに自分たちのコンテンツの使用を許諾して組むようなことはやらないから、日本のコンテンツ企業はチャンスだよね」という「ディズニーはやらない」を前提にした議論をしていたんです。そしたら翌週、あっさりとディズニーが率先してOpenAIと組むというニュースが出て、本当にびっくりしました。
川邊:ミッキーマウスをはじめ、マーベルやピクサーのキャラクターをSoraで使っていいよ、ですから。世界で最も著作権保護に厳しかった会社が……と驚いていたところで、徳力さんの記事「 なぜあのディズニーがOpenAIと提携したのか。日本が備えるべきエンタメビジネス激変の未来 」を読み、ぜひお話を伺いたいと思ったんです。
徳力:改めて考えると、論理的には当然なんです。生成AIの普及によって、画像、音楽はもちろん、動画すらコモディティ化した。誰でもそれなりのクオリティーの動画を作れる時代になったことで、完全に時代のベクトルが変わってしまったんですよね。

川邊:今までは数も少なく希少なコンテンツをいかに著作権で守るかが基本戦略だった。
徳力:そうです。でも、もうその時代じゃない。実は文脈としては、アソビシステムの中川悠介さんが3年前のインタビューで「著作権を守る時代から、著作権を使って勝つ時代だ」とおっしゃっていた。当時、私は「若い経営者が率いるスタートアップが取る戦略だ」と思っていたんですけど、守る側のど真ん中にいたディズニーがそれをやるとは。完全に時代のベクトルが変わったと思い知った出来事でした。
川邊:ディズニーが決断した理由を僕なりに考察すると、2つの背景があると思っています。1つはYouTubeでの経験ですよね。最初は次々とアップされる不正コンテンツを海賊版として戦ったけれど、結果的にプロモーションに使えたし、コンテンツIDを活用することで海賊版ですら収益化できるようになっていった。当初の激しい摩擦はなんだったんだろう……と、IPホルダーは考えた。その教訓を生かした。
徳力:なるほど。もう1つは?
川邊:日本的な二次創作への深い理解がやっと生まれたんじゃないかと。日本はむしろ今、AIへのアレルギーからAIを用いた二次創作に拒否反応を示しちゃっている。その点、ディズニーの方が柔軟にAIを使った二次創作に行っちゃった。この現状をどう思われます?
徳力:日本には二次創作を許容できる文化がある。だから、AI時代のIPビジネスは日本企業にとっての勝ち筋だと考えていたんですが、アメリカ大手に先を越されてしまった。これは正直、怖いんですね。結局、デジタル化の時と同じように、AI対応も遅れて気がついたら下請けになるリスクがあると思い、ディズニーがOpenAIと提携するという記事を書いたところもあります。
世界から見つけられない日本の三重苦構造
川邊:日本企業には根本的に時代が変わったことに腹落ちしてない人が多いんですかね。
徳力:現場の人はたぶん感じ取っているけど、エンタメ企業の経営者層は過去の常識のままでいるように見えます。特に音楽産業が象徴的で。日本の音楽は海外で成功しないといわれてきました。でも、藤井風さんも、BABYMETALも刺さっている。実は日本語の歌詞でも全然いけるじゃないですか。なんで今までダメだったんだろうって考えていくと、結論としては海外から見えなかっただけです。
川邊:見えなかった?
徳力:まずCDにこだわるため、楽曲がサブスクに登録されてない。次にテレビの音楽番組は海外から見ることができない。アーカイブもほとんど残らない。さらにライブも原則撮影禁止でファンカムが上がってこない。三重苦です。
川邊:世界から見れば、存在していないものになる構造だったんですね。

徳力:一方、韓国は全部が真逆です。サブスク解禁されているから他の人に薦めたいと思った曲はリンク一発で紹介できる、音楽番組はアーカイブをYouTubeで視聴できる、ライブも撮影OK。BTSがアメリカのファンを増やしたのも、この構造があったからです。私は「デジタル鎖国」と呼んでいますが、音楽業界をはじめ、日本のエンタメ業界はテレビ時代のビジネスモデルに最適化されてきた。それは悪いことではなく、みんなで利益を享受できる時代が続いていたわけです。
川邊:でも、ここからは変われるか、変われないかが問われていく、と。
徳力:まさに。去年は1つの分岐点になった年だったと思っています。IPの権利をかたくなに守る時代から、ファンと共創するべき時代へ。いいニュースとしては、日本のエンタメ業界全体が変わろうとしているし、成功事例が出てきたことです。
2つの大きな成功事例と日本のIPビジネスの伸びしろ
徳力:音楽業界で言えば、「MUSIC AWARDS JAPAN」(2025年に日本の音楽産業主要5団体が連携し、グラミー賞をモデルに新設した国内最大級の国際音楽賞)が授賞式のパフォーマンス映像の権利を保持し、YouTubeで公開したこと。NHKで放送する番組にもかかわらず、YouTubeに出す前提の仕組みにしたのは大きなことです。
川邊:そうですね。
徳力:同じように海外を意識してビジネスモデルをシフトしてうまくいった象徴的な例が「鬼滅の刃」ですよね。従来のアニメは、製作委員会にテレビ局を入れて地上波で流して、その人気をもとにグッズで回収するビジネスモデルだった。「鬼滅の刃」は、2019年のアニメシリーズの始まりからアニプレックス、集英社、ufotableの3社だけで作り、配信シフトを行ったわけです。その結果、国内はもちろん、海外での認知度が上がって、映画『「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は日本映画史上初の全世界興行収入1000億円超えを達成しました。
川邊:一桁上がりましたよね。
徳力:今までは国内向けにテレビ局と組んだ方がもうかるというビジネス的な判断が正しかった。だから、デジタル時代、AI時代の変化が迫っても変えられずにいた。これはイノベーションのジレンマの典型的な状況ですよね。でも、従来のビジネスモデルから脱却し、全世界向けにシフトした方がもうかるという事例が出たこと。これは本当に重要で、ここからエンタメ業界の経営層の意識が変化していけば、日本のコンテンツには伸びしろしかない。私は楽観的に考えています。
川邊:じつは僕、ハロプロ(ハロー!プロジェクト)のサブスク解禁に向けて、2年近くかけてアップフロントと3度にわたる交渉をしたんですよ。口説き文句は徳力さんの指摘とまったく一緒で、「サブスクに入ってなければ、認識されない。カタログに載ってないのと一緒です。今後、若い人は誰も聴かなくなります」と。そう伝えて、やっと分かってもらえたんですね。
徳力:それは素晴らしい。

川邊:その間にも象徴的な事件があって、去年の5月にTikTokで「LOVEマシーン」がバズったんです。ところが、使われた音源はAKB48によるカバーアルバムのものだった。それを見たモーニング娘。のメンバーが「悔しい」って言っていたんです。
徳力:それはそうですよね、自分たちの代表曲なのに。
川邊:ここからアップフロント側もサブスクに先行してTikTokへの音源の解放が進んだんですね。そして、この2月からハロプロの楽曲はサブスク解禁されました。ここから改めて世界に広がっていくはずです。
徳力:これはきちんと歴史に残しておきたい話ですね。
川邊:でもこれ、象徴的じゃないですか。広がっていかないんじゃなくて、出していなかっただけなんですよ。ファンからもSNSの使い方が下手だと言われていた事務所が変わっていこうとしているんだから、他も変わっていけるはずです。
徳力:そうなんですよ。ディズニーすら大きく方向転換したのだから、日本のエンタメ業界も変わらないと。ファン主導で、少しずつ動いていくこと。それがAI時代の勝ち筋になるんじゃないかと思ってます。

文/佐口賢作 写真/鈴木愛子 編集/木村やえ