IT業界で数多くのサービスを生み出してきた経営者・川邊健太郎さんと、コミックマーケットの共同代表である安田かほるさん。実は推し活仲間の2人が、多様なコンテンツを生み出すコミケと推し活について語ります。その前編。
「初めまして」は焼き鳥屋での感想戦で
川邊健太郎さん(以下、川邊):安田さんと初めてお会いしたのは、2025年11月のJuice=Juice の武道館公演「Juice=Juice Concert 2025 Queen of Hearts Special Flush」の後でしたね。都内の焼き鳥屋さんで推し仲間と集まって感想戦をやっていたら、そこにいらしていて。
安田かほるさん(以下、安田):あの日は本当にすばらしいライブでした。実は私、初期のモー娘。の頃にハロプロ(ハロー!プロジェクト)が好きで、℃-uteのコンサートにもけっこう行っていたんですね。そこから仕事が忙しくなって離れていたのですが、コロナ禍でハロプロ熱が再燃したんです。
家から出られないのでYouTubeで見始めたら、昔よりずっとパフォーマンスが良くなっていて。特にJuice=Juiceの段原瑠々(だんばらるる)さんの歌声に「あ、これ好きだ」と。ただ、映像だと「ミキシングで音程を合わせているんじゃないの?」みたいな疑念がどうしても残るわけです。それが武道館で実物を見たら、ちゃんとうまかった。あれはちょっと衝撃でしたね。
川邊:間違いなく伝説のコンサートになっちゃうと思うんですけど、その翌月、僕は10年ぶりに「コミックマーケット(コミケ)」(日本最大級の同人誌即売会)に行きました。このコミケを主催するのがコミックマーケット準備会で、その共同代表が安田さん。ちょうどコミケが50周年を迎える記念の年で、会場にはさまざまな人からのお祝いメッセージが集められたパネル展示があったんです。そして、その中にJuice=Juiceからのお祝いパネルも。それを僕が写真を撮ってXに投稿したら、Juice=Juice Family(ファンの愛称)から「なんでコミケにJuice=Juiceが?」と。

安田:ざわついていたみたいですね。
川邊:全員が「なんで?」となったまま今日に至っているわけですが、実は答えは簡単で。安田さんがJuice=Juiceを推していたから、あのパネルがあった、と。そういうわけですか?
安田:そうなんです。
川邊:というJuice=Juiceつながりもあり、50年続くコミケを支えられてきた方のお話を一度きちんとお聞きしたいという気持ちもあり、今回は安田さんに来ていただきました。
「ここは息がしやすい場所だった」。コミケ50年への歩み
川邊:安田さんは1976年、第2回コミケから参加されているんですよね?
安田:最初は一参加者だったんですよ。当時、私は高校生で、「少女コミック」という雑誌の読者ページに載っていた小さな告知を見て、会場だった板橋産業連合会館に行ったんです。とにかく大好きな漫画家の萩尾望都さんや竹宮惠子さんの作品について語りたくてしょうがなくて。私が通っていた高校には、作品について話せる同級生は1人もいなかったんですね。
ところがコミケに行ったら、『萩尾望都論』という作品論の同人誌を作っている「迷宮」というサークルがあって、1時間でも2時間でも熱く語れる人たちがいたんです。本当に好きなことを心ゆくまで喋っても誰もとがめない。

川邊:まさに「同人」ですよね。同じ志の人たちが集まって、ここにいていいんだと認識し合う場所。
安田:5回目のコミケくらいまでは女性が9割近かった、しかもその大半が少女マンガ好きということもあって、本当に息がしやすい居場所としてハマっていきました。ただ、当時は自分の中に「漫画はプロしか描いちゃいけないもの」という思い込みがあったんです。素人が描いていいのか。描いたものをコピーして友達に見せていいのか。その心理的なハードルが意外と高かった。でもコミケに来ることで、「なんだ、やってもいいんだ」と。「迷宮」の同人誌には評論の他に、作中の登場人物をおもしろおかしく描くパロディ漫画も載っていて、既存の作品のキャラクターを自分なりに描いてもいいという文化が広がっていきました。
川邊:評論から入って、パロディが創作のハードルを下げていったんですね。
安田:あれは「迷宮」の原田央男(てるお)さん(準備会の初代代表)が自分たちで出していた同人誌でやったことです。オリジナルとは、自分でキャラクターもストーリーも考えなければいけないものと考えると、ものすごく高いハードルです。でも、パロディなら1ページで、なんなら一コマでおもしろいことを描いてみようと始められる。それだけでも十分に創作たり得る、と示してくれた。あの発想がなかったら、今に続くコミケの形はなかったかもしれません。
「敵」から「人材供給源」へ。出版業界との関係の変化
川邊:1970年代後半から80年代、パロディや二次創作に対して、出版社や作家の側の反応はどうだったんですか?
安田:最初は同人誌というもの自体が、本当に下に見られていました。高校時代の友人が漫画がとてもうまくて「マーガレット」で担当編集者がついたんです。でも、「同人誌みたいなことをやっているなら、うちからは絶対デビューさせない」と言われたと聞きました。
川邊:そこまで厳しかったんですね。空気が変わったのはいつ頃ですか?
安田:かなり後になって、ですね。最初の頃は漫画がめちゃくちゃ売れている時代でしたから、出版社にとってコミケは歯牙にもかけない存在だったんでしょう。それが80年代後半から90年代にかけて、同人の世界で『キャプテン翼』ブームがあり、そこで活躍していた方々が商業誌でデビューし始めたんですね。マンガだけでなく小説を書いていた方の中にも、少なからず同人で培った設定やキャラクター造形を活かしてプロになった方がいらっしゃいます。
川邊:つまり、コミケが新人漫画家や作家の人材供給源として認知されるようになったんですね。
安田:今では、いわゆる持ち込みでデビューという流れが機能しているのはジャンプ系くらいで、まず同人やネットで自分の作品を発表して、そこから商業誌に声がかかるというルートが一般的になっていると言われています。
加えて、もう1つの変化は編集者の側がだんだんオタク世代に変わっていったことです。昔の漫画雑誌の編集者は、文芸をやりたかったのに漫画編集部に配属されて……という方も多かった。でも世代が変わり、「自分も昔コミケに行っていました」という人たちが編集者になっていく。そうなると、同人文化を拒絶する理由がなくなるわけです。
川邊:人材供給源としての実績と、編集者自体の世代交代が、同人文化への認識を変えていった。その結果、マーケットとの連動性も出てきていますよね。

安田:コミックマーケットという名前の通り、「マーケット」なんですよ。オタク文化としての側面と、資本主義的な市場としての側面。その両方がなければ、同人誌即売会はここまで大きくならなかったと思います。ただ、あくまで同人誌は同人誌。法人がサークルとして出展することは、コミケでは今も受け付けていません。そこはしっかり守っています。
川邊:原点にあった「語りたい」「作りたい」がスタートであるべきだ、と。今では、コミケが日本のコンテンツの多様性の源泉の1つになっているのは間違いないですね。
推し活の本質は「隙間を埋める行為」
川邊:僕が久しぶりのコミケで印象的だったのが、崎陽軒のシュウマイ弁当の食べ方についての同人誌と出会ったことです。調べてみたら、何号か前には崎陽軒の社長が「僕の考えるシュウマイ弁当の食べ順」を寄稿していた。漫画だけではない多様さに改めて驚かされました。
安田:実は評論系、情報系のサークルはものすごく多いんです。海外で変わった飲み物を買い集めてきて、みんなで飲み比べてまずさの一番を決める本を作るなど、自分の好奇心をそのまま本にされている方がたくさんいます。
川邊:コンテンツのダイバーシティの源泉ですよね。一方で、このシリーズの対談で中山淳雄さんが「推し活とは、コンテンツの隙間を埋めて、消費者が参加者になること」と定義されていました。漫画の場合は、作中に描かれない日常を妄想して埋めていく感じでしょうか?
安田:まさにそうです。例えば、『キャプテン翼』ブームが起きた背景には、高橋陽一先生が描く作品にはサッカーチームが何チームも登場し、1チーム11人としても膨大な数の登場人物がいる。それなのに、本編では本当に試合しかしていないんです(笑)。ファンは「この子たちは試合をしてない時はどうしているんだろう?」と想像しますよね。それも各キャラクターを好きになればなるほど、描かれない隙間を埋めたくなるんです。
川邊:彼らの寮生活はきっとこんな感じ、とか。練習時にはこんなふうにふざけあっているに違いない、とか。それが同人誌という紙の本になって、コミケを通じてファンの手から手へと渡っていく。興味深い。でも、ネットで発表もできる時代に、なぜ今も同人誌即売会という場に2日間で30万人が集まるんですかね?

安田:コロナ禍で衰退すると言われたこともありましたが、蓋を開けてみると、ネットで「いいね」をつけられるよりも、印刷物としてできあがったものを知らない誰かが「この絵、好きだから買います」と手に取ってくれた方がずっとうれしい、と気づいた方が多かったんです。
川邊:顔が見える喜びがある、と。ビジネス的にはどうなんでしょう?
安田:もちろん、大人気で行列ができて、かなりの収益を上げる方もいらっしゃいますけど、サークルの大部分は赤字です。印刷費に参加費、交通費を足すとほとんどの方はトントンにもならない。それでも続けるのは、自分がこう思っているということを1人でも多くの人に共感してもらいたい、そういう人と話したいから。それがモチベーションなんです。
川邊:赤字を出してでも本にする。それを買いに来てくれる人の顔を見る。消費だけではなく、余白を埋め、仲間のいる場に参加する喜び。それがコミケが50年続いてきた理由であり、推し活の本質の1つでもあるんでしょうね。

文/佐口賢作 写真/洞澤佐智子 編集/木村やえ