IT業界で数多くのサービスを生み出してきた経営者・川邊健太郎さんと、コミックマーケットの共同代表である安田かほるさん。実は推し活仲間の2人が、推し活の魅力とAI時代のコンテンツ消費について語ります。 その後編。

好きがあふれる噛み合わない会話。なのに、満ち足りる2人

川邊健太郎さん(以下、川邊):1976年開催の2回目のコミックマーケットに参加者として遊びに行って以来、50年、途中から運営側になられた安田さんがコミケにこれだけの情熱を注ぎ続けられるのはどうしてなんですか?

安田かほるさん(以下、安田):20年ほど前、コミケットスペシャル(コミックマーケット準備会が年2回の通常のコミックマーケットとは別に不定期で開催する小規模な同人誌即売会)の後の打ち上げで、参加者の方から面と向かって「僕が生きていられるのはコミケがあるからです」「コミケがなかったら部屋の外には出られなかった」と言われたんですね。

 私も知識としてそういう方がいることは知っていましたが、目の前で言われると受け止めるのに覚悟がいります。自分から言えることを考えて、「いつでも来られるように、コミケは必ずやり続けるから。頑張って外に出て、お金を貯めて本を買え」と伝えたんですね。そうしたら、その方が「死なないで頑張ります」と。このやりとりは今でも強い原動力です。

川邊:……それは重いですし、そういう気持ちをコミケに託している方もいっぱいいるんでしょうね。

安田:そうした人たちが来てくれているイベントなんだと思うと、裏切れないですよね。場所を作るための活動を絶対に諦めない。何があっても続ける。コミケのモットーは「なかったら作る」なんですが、それは同人誌だけの話じゃなくて、居場所そのものを作るということでもあるんです。

コミケを50年以上続けてこられたのは、参加者とのやりとりや「なかったら作る」というモットーを関係者が持っているからこそ
コミケを50年以上続けてこられたのは、参加者とのやりとりや「なかったら作る」というモットーを関係者が持っているからこそ

川邊:そういえば、安田さん、Juice=Juiceの武道館公演の後の焼き鳥屋さんで、オタク同士の会話についておもしろいことをおっしゃっていましたよね。

安田:ああ、あれですか(笑)。例えば、私が女子アイドル好きの友達のところに行って、「今、るるちゃん(Juice=Juiceの4代目リーダーの段原瑠々=だんばらるるさん)にハマっているんだ。この間もめちゃくちゃかわいかったんじゃ」と推しの話をぶつけるとします。そうすると、友達は友達で「私は今こっちのグループにハマっているんじゃ」と返し、自分の話をし始める。

 お互いに相手の話を聞かないで、ただ自分の推しのことを順番に2時間くらい語って、全然噛み合ってないんだけど、なぜか2人とも満足して帰るという。

川邊:すごくわかります。Aと言ったらBと話し出す、あのやりとり(笑)。推し活をやらなければ、絶対にあの感じのコミュニケーションが成立することを理解できなかった。仕事ではありえないですからね。

安田:同じ温度の人を見つけて、ぶつけ合う。そうしないと語りたい熱が収まらないんですよ。

川邊:「語りたい」という衝動が根本にあるのが推し活の本質的なコミュニケーションなんでしょうね。共感の対象が違っても、「語りたい」という気持ちが共鳴している。

安田:そうですよね。もっと言うと、語り合える場がリアルにあることが大事だと思います。ネットでいくらでも推しの話ができる時代ですが、目の前にいる人に向かって「今日のるるちゃんがさ」って言えることの価値は代替できない。コミケが50年続いているのも、結局はそこに尽きるのかもしれません。

F1の「音」と、劇団☆新感線の「バカ」に引かれる

川邊:安田さんはコミケとアイドル以外は、どんな推し活をしているんですか?

安田:モータースポーツですね。イベント会社に勤めていた時代、アイルトン・セナがいた頃に鈴鹿サーキットへF-1を見に行き、お腹にガーンとくるあのエンジン音で、一発で「あ、好き」となりました。

川邊:確かにモータースポーツって、音のスポーツですよね。スピードよりも音に引かれる。

安田:まさにそうです。最近はさすがに現場観戦がつらいなと思いつつ、スーパーGT(高性能なGTカーをベースとしたレーシングカーで争われる自動車レースのシリーズ戦)は年4回見に行っています。あとは「劇団☆新感線」ですね。元々は大阪で旗揚げされた劇団ですが、2000年頃から東京で公演するようになって、それからずっとチケットが取れる限り、観に行っています。

川邊:本当は全通(ぜんつう)したいくらい?

安田:人気すぎて無理なんですよ……。

川邊:新感線の何がそこまで安田さんを引きつけるんですか?

安田:全身全霊をかけてバカをやっているところですね。特に古田新太さんが好きで、還暦になった大人が小学生みたいなことを大真面目にやっている。ずっと追いかけていますけど、正直、最近ちょっとアクションのキレがなくなってきた。寄る年波には……と共感しつつ、早乙女太一さん、早乙女友貴さんの早乙女兄弟や宮野真守さんといった新しい方が入ってきて、すごいチャンバラがある。真面目にバカをやり続ける限り、新感線についていこうと思っています。

実在のアイドルは「素直にめでたい」

川邊:前編で、漫画やアニメのキャラクターの作中に描かれない日常を想像して「隙間を埋める」のが推しの醍醐味だという話をしました。一方、アイドルや劇団員のような生身の人間は発信される情報量が多いですよね。推し方の流儀は違うものですか?

安田:違いますね。実在の人の場合は、素直に本人をめでたいんです。ステージの上で新しく入った子と肩を寄せ合ってキュッとしているのを見て「もえー!」となるけれど、じゃあ私生活ではどうしているとか、誰と付き合っているとか、そこには行かない。非実在と実在では萌え方が違うと思います。情報量が漫画のキャラクターとは違いすぎるから、隙間を埋める妄想に向かうよりも、目の前の人が美しければ、もうそれでいい。個人の感想です(笑)。

川邊:提供されるものだけで楽しむ、と。昔は写真週刊誌がスキャンダルを暴くことに価値があったけれど、今はもうそういうニーズが薄れていますよね。

漫画やアニメのキャラクターを推すのと、実在の人物を推すのとでは流儀が違うという
漫画やアニメのキャラクターを推すのと、実在の人物を推すのとでは流儀が違うという

安田:私生活を知りたくて追いかけているわけじゃない。見たい方向性が違うんです。

川邊:僕も同感です。そして、推し活をやるようになって、「全通したい」という気持ちが初めてわかったんですよ。1回として同じライブはない。同じセットリストなのに、1回目と2回目で全然違う雰囲気になる。その経緯もわかるくらい解像度が上がってくると、ますます全部行きたくなる。

安田:コミケもそうなんです。毎回サークルも違えば出ている本も違うから、1回として同じコミケはない。だからみんな欠かさず行きたいと思ってくださる。

世界のコンテンツ消費は「コミケ化」していく

川邊:コミケは少子高齢化で縮小するという見方もありますが、安田さんはどう見ていますか?

安田:ここ数年、海外からの参加者がものすごく増えています。日本の友人と一緒にサークル参加したいという海外の方もたくさんいる。結局、何かが好きで語りたいというのは人類普遍の衝動だと思いますから、国境は関係ないんですよね。同じものが好きな人にリアルで会える。それが嬉しいのは、どこの国の誰にとっても同じです。

川邊:ネットでいくらでも発信できる時代に、年2回のコミケに合わせてわざわざ紙の本を作るという行為自体が、ある種の不合理じゃないですか。

安田:でも、人は締め切りがないと描けない、作れない生き物なんですよ(笑)。コミケがあるから本を作る。本を作るから新しい出会いが生まれる。その循環は、ネットだけでは生まれにくいんです。

川邊:なるほど。それに、昔コミケで二次創作をしていた方が子育てが落ち着いたら戻ってくるという話もされていましたよね。

安田:子育て漫画や食べ歩き漫画を描いて戻ってくる方もいるし、釣り漫画や猫の漫画を描く方もいます。そのうち介護漫画も出てくるでしょう。いくつだからもう描けないではなくて、いくつになってもやれるんだよ、漫画ってそんなもんなんだよ、というのがもっと広がっていけば、見たこともないような作品がまだまだ生まれてくるはず。それがすごく楽しみです。

創作物はネットでいくらでも発表できるが、本を通したリアルの交流でしか生まれないものもある。コミケは海外の方も含めた巨大な交流の場になっている
創作物はネットでいくらでも発表できるが、本を通したリアルの交流でしか生まれないものもある。コミケは海外の方も含めた巨大な交流の場になっている

川邊:僕はコミケの現場に行って以来、ずっと考えていることがあるんです。メディアの数はインターネットで無限になった。生成AIによってコンテンツの数もこの先、無限に増えていく。そうなると、何かを見る理由が「好きだから」以外になくなっていくと思うんです。ありすぎて、関心がなければ手に取らない。

安田:確かにそうですね。

川邊:そうなると、コンテンツの消費はどんどん細分化しながら、熱量の高い方に向かっていく。マスメディア的なものが一番厳しくなって、むしろコミケのように、ニッチで、濃くて、好きだから語り、好きだから作るという世界が広がっていく。コンテンツ消費がコミケ化していくんじゃないかと思っています。

安田:まさにそうだと思います。若い人たちが淡泊だとか、すぐ切り替えるとか言われますけど、話を向けると「実はこれ好きなんですよ」と目を輝かせて、くだらないものにめちゃくちゃ血道をあげていたりするんですよ。そういう感情がある限り、コミケは廃れないと思っています。

川邊:コミケが50年かけて証明してきたことが、そのまま未来のコンテンツの姿を指し示している。細分化と熱量。ニッチであることの強さ。語りたいから語り、作りたいから作る。やっぱり推し活の本質はそこにありますよね。そんなことを、コミケ50年の歴史を作ってこられた安田さんと話せたことが、今日は本当にうれしかったです。

好きだから語りたいという気持ちは人類普遍のもの。生成AIによりコンテンツの数が増えれば増えるほど「好き」という純粋な気持ちが行動の基準になるという川邊さん。コミケの紡いできた歴史は推し活の本質とも重なる
好きだから語りたいという気持ちは人類普遍のもの。生成AIによりコンテンツの数が増えれば増えるほど「好き」という純粋な気持ちが行動の基準になるという川邊さん。コミケの紡いできた歴史は推し活の本質とも重なる

文/佐口賢作 写真/洞澤佐智子 編集/木村やえ