『最高の戦略教科書 孫子』の著者で中国古典研究家の守屋淳さんが、『孫子』を愛読書に挙げる各界のリーダーにその活用法を聞く対談「ビジネス書として読む『孫子』」。第11回は、半導体から人工衛星まで多岐にわたる物流・輸送サービスを提供するMDロジスの執行役員で、西濃運輸創業家4代目の田口義展さん。愛読書となった『孫子』との出会いはボードゲームがきっかけとのこと。その経緯とは?

田口義展さん(写真右)と守屋淳さん
田口義展さん(写真右)と守屋淳さん
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MDロジスは高度なスペシャリスト集団

守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 田口さんは現在、非常に多岐にわたる物流・輸送サービスを提供するMDロジスで重要な役割を担っていらっしゃると伺っています。まずは、MDロジスがどのような事業を展開している会社なのか、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。

田口義展・MDロジス執行役員(以下、田口) 現在、私が所属しているMDロジスという会社は、2024年10月にセイノーホールディングスにグループインした企業です。もともとの成り立ちとしては、大手の総合電機メーカーの物流業務を一括して担う会社としてスタートしました。そのため、私たちが取り扱っている製品は、非常に特殊で高度な技術を要するものが多く存在します。

 具体的にどのような事業を行っているかと言いますと、半導体や半導体製造装置といった極めてデリケートな精密機器をはじめ、産業用ロボットアームなどのファクトリーオートメーション(FA)機器、工作機械、さらには一般の家電製品まで幅広く扱っています。

 それだけではありません。私たちの最大の特徴の一つであり強みとなっているのは、重量物や超大型製品の輸送です。例えば、数百トンにも及ぶ発電所用の巨大な発電機や人工衛星といった、極めて厳格な輸送計画と特殊なノウハウが必要とされる製品の輸送計画の立案から現地での据え付けまでを一気通貫して担っています。

守屋 人工衛星や発電所の巨大な設備まで輸送されているのですね。一般的な物流の枠を大きく超えた、非常に高度なスペシャリスト集団とお見受けします。

田口 おっしゃる通り、単に物を右から左へ運ぶだけの物流企業ではありません。私たちの最大の強みは、「物流の全体計画(プランニング)」から「実際の輸送・設置(実装)」までを、一気通貫で設計・実行できる点にあります。これらを実行できる高度なノウハウを持った人材がそろっているのが、MDロジスという会社です。

守屋 そのようなスペシャリスト集団の中で、田口さんはどのようなミッションを担っていらっしゃるのですか。

田口 私は現在、営業統括部の営業開発部長を務めています。私たちの会社は、もともと特定大株主である電機メーカーの物流を専属で担ってきた歴史があるため、そこに特化した輸送ノウハウの構築と経営体制を確立してきました。

 私のミッションは、これまでの歴史の中で培ってきた洗練された実績と技術ノウハウを言語化・パッケージ化し、新しい物流サービスを開発すること、そして、新規のお客様を開拓することです。さらには全社一丸となって営業マインドを持って動いていくための、新しい企業文化を創造・構築していく役割を担っています。

田口義展さん
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田口義展(たぐち・よしひろ)
MDロジス 執行役員 営業統括部 営業開発部長
1987年、アメリカのロサンゼルスで生まれ、岐阜県大垣市で育つ。父は、セイノーホールディングス代表取締役社長の田口義隆氏。15~19歳までイギリスに留学し、学習院大学法学部へ入学。2012年からセブン-イレブン・ジャパンで3年間勤務し、2015年に西濃運輸へ転職。オープンイノベーションを含む各種部署を経由し、新規事業の企画立案などを担当。2017年にラストワンマイル輸送を行うGENie(ジーニー)株式会社の取締役に就任。2019年に代表取締役社長に就任。2023年、セイノーホールディングス ブランド戦略室室長、25年にMDロジス株式会社執行役員に。西濃運輸創業家4代目。

セブン-イレブンの本部物流からトラックドライバーへ

守屋 田口さんのここまでの経歴について簡単に教えてください。

田口 大学を卒業したあと、新卒でセブン-イレブン・ジャパンに入社しました。そこで3年間お世話になり、最初の1年は直営店舗の現場に入って店舗運営の基礎を学び、副店長などを経験しました。その後、本部の物流部門に異動し、セブン-イレブンの強大なサプライチェーンを支える物流実務に2年間携わりました。これが、私の物流キャリアの原点です。

 その後、2015年に現在のセイノーグループ(西濃運輸)に転職したのですが、最初の1年間は、千葉県市川市で実際に2トントラックを運転する現場のドライバーとして働いていました。

守屋 セブン-イレブンの本部物流から、現場のトラックドライバーへ転身されたのですか。それはなかなか珍しい選択ですね。

田口 実は結構いろいろな現場を経験してきています。物流を本当に理解するためには、現場の最前線でドライバーが何を感じ、どのような課題に直面しているのかを肌で知る必要があると考えたからです。このドライバーとしての現場経験が、その後の私のキャリアに非常に大きな影響を与えました。

 ドライバーを1年経験した後、セイノーグループの新規事業開発部門に異動しました。ここでは、ゼロから新しい事業を作るというよりも、セイノーグループが持っている膨大なアセット(車両、倉庫、ネットワーク)と、スピード感のあるベンチャー企業の強みを掛け合わせた「オープンイノベーション」を推進する部署で仕事をしました。その後GENie(ジーニー)株式会社の代表取締役として経営に携わり、処方薬をとりに行けない人に薬をお届けする「薬のラストワンマイル事業」を立ち上げました。GENieの経営が軌道に乗り、事業を次の世代に引き継いだ後は、セイノーホールディングスに戻り、今度は大規模な「事業統合」の責任者を任されました。

 セイノーグループには現在、約100社前後のグループ会社が存在します。その中には、機能や得意分野が重複している会社も少なくありません。それらの企業を適切に統合し、効率的なグループ経営体制へと導く役目を担いました。その後、グループ全体のブランディングとマーケティングの責任者を経て、2024年10月から現在のMDロジスに着任した、という流れになります。

守屋 そんな田口さんは『孫子』を愛読していらっしゃるとのことですが、読み始めたきっかけというのは、何かあるのでしょうか?

「田口さんが『孫子』を読み始めたきっかけは何かあるのでしょうか」と聞く守屋さん
「田口さんが『孫子』を読み始めたきっかけは何かあるのでしょうか」と聞く守屋さん
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新規事業立ち上げで「OODAループ」に出合う

田口 実は私がGENieの代表として新規事業を立ち上げ、組織を拡大していた際、多くの企業が採用している「PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクル」に対して、ある種の限界を感じていた時期がありました。

 PDCAサイクルは非常に優れたフレームワークですが、どうしても「計画(Plan)」を綿密に立てることや、「評価(Check)」を行う工程で多くの時間が奪われてしまっていました。市場の変化が極めて激しく、何が正解か分からない新規事業の現場においては、PDCAを回している間に市場の状況が変わってしまう。結果として、組織全体の意思決定と実行のスピードが遅くなってしまうと感じていたのです。

 そこで、もっと現場のリーダーやメンバー一人ひとりが自律的に思考プロセスを回し、超高速で意思決定ができる仕組みはないかと探していたところ、出合ったのが「OODA(ウーダ)ループ」でした。

守屋 OODAループについて、詳しく説明していただいてもよいでしょうか。

田口 OODAループは、Observation(観察)、Orientation(状況判断・方針決定)、Decision(意思決定)、Action(実行)の4つのフェーズを高速で回転させるモデルです。ビジネスにおいてこれを実践する上で最も重要になるのは、経営層が「ミッション(果たすべき任務や目的)」を現場に明確かつ深く落とし込むことです。

 私たちはどこを目指しているのか、この事業が社会に提供する価値は何なのか、という「ミッション」をしっかりと共有できていれば、現場のメンバーは「観察(Observation)」した生の市場データに基づき、「状況判断(Orientation)」し、その場で「意思決定(Decision)」して即座に「実行(Action)」することができます。

守屋 経営者が細かく管理して指示を出すのではなく、ミッションを明確にして、具体的な判断は現場のループに委ねる、ということですね。

田口 その通りです。これを私たちは「ミッション・ドリブン」なマネジメントと呼んでいます。管理という観点からは、細かく行動をチェックするのではなく、「その現場の判断がミッションからズレていないか」という大きな軸だけを見守る。これによって、管理を極めてソフトにしながら、現場の自律的な意思決定スピードを劇的に高めることができました。

守屋 PDCAと比べたときの、最も具体的なメリットは何でしょうか。

田口 やはり「変化への適応スピード」です。PDCAは「過去の計画を正しく実行できているか」を重視しますが、OODAループは「いま目の前で起きている現実」を出発点にします。特に新規事業を同時に多数検証するようなフェーズでは、このスピードが命運を分けます。GENie時代、私たちは同時に16個ほどの新規事業のアイデアを立ち上げ、担当者と共にOODAループを回していました。

 私が細かくチェックして指示を出すのではなく、担当者が自ら市場を見て、「この事業は採算が合いそうだ。だからアタックしよう」「これは市場の反応が悪いから、別のプランに切り替えよう」と、その場で自律的にループを回していきました。結果として、非常に短期間で多くの打席に立ち、当たりの事業を見つけ出すことができたのです。

「高速な仮説検証の繰り返しこそが、正解のない時代における最もリスクの低い戦い方だと確信しています」と語る田口さん
「高速な仮説検証の繰り返しこそが、正解のない時代における最もリスクの低い戦い方だと確信しています」と語る田口さん
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守屋 まさに、変化が激しく正解がない現代における「当てるための戦略」ですね。PDCAが大砲の照準をじっくり合わせてドンと一発撃つものだとしたら、OODAループは、ライフルで走りながら素早く何度も撃ち、当たったものに対して突撃していくようなイメージでしょうか。

田口 まさにそのイメージです。「市場性はどうなのか」を会議室で何カ月も議論して計画を練るよりも、良さそうな市場を見つけたら、最小限のリスクで「まずは作って、お客様にぶつけてみて、生の反応を観察する(OODA)」。この高速な仮説検証の繰り返しこそが、正解のない時代における最もリスクの低い戦い方だと確信しています。

戦わずして勝つアプローチも入った孫子ゲーム

守屋 田口さんが、そのOODAループを学ぶ過程で、航空自衛隊でOODAの研究や実務に関わっていらした伊藤大輔2佐と出会い、そこから『孫子』へとつながっていったわけですね。

田口 はい。自律的な組織を作るためにOODAループを深く実践している人を探していたところ、航空自衛隊幹部学校でOODAループの研究や実務に関わっていらした伊藤さんをご紹介いただきました。それ以来、ビジネスと軍事の戦略論の共通点について、よくディスカッションをさせていただくようになりました。

 そんなある日、伊藤さんから「『孫子』の兵法を直感的に学べるボードゲーム(孫子ゲーム)を開発したから、みんなでやってみよう」とお誘いをいただいたのです。それが2025年3月のことでした。

守屋 その「孫子ゲーム」とは、具体的にどのようなルールや特徴を持つゲームなのですか。

田口 非常に良くできたゲームで、イメージとしては囲碁と将棋を掛け合わせたようなボードゲームです。プレーヤーは3種類の異なる特性を持つ駒を使い、盤上での優位を築いていくのですが、ゲームの中には金脈となる資金が定期的にもらえる特定のマスが存在し、そこを押さえると資金が手に入り、その資金を使って兵力を強化することができます。最終的には敵の拠点を制圧するか、特定時間経過後に資金力をより多く持っているチームが勝ちになります。

 しかし、このゲームが本当に優れているのは、単に盤上の戦力だけで殴り合うゲームではないという点です。例えば、3チームに分かれて対戦する場合、ゲーム中にスマートフォンやメッセージツールを使って、裏で他のプレーヤーと個別に交渉を行うことが許されているのです。

 「今あっちのチームが強くなっているから、裏で同盟を組んであの拠点を一緒にたたきませんか」といった交渉や、「こっちと同盟を組んでいると見せかけて、実は裏でもう一つのチームとも同盟を組んでいる」といった、リアルな外交の駆け引きや虚実の探り合いがゲームの裏側で渦巻くことになります。

守屋 『孫子』には「上兵(じょうへい)は謀(ぼう)を伐(う)つ。その次は交わりを伐つ。その下は城を攻む(最高の戦い方は、事前に敵の意図を見破ってこれを封じることである。次善の策は、敵の同盟関係を分断して孤立させること。最低の策は城攻めに訴えることである)」といった言葉があって、まずは政治・外交的な成果をあげることを重視しています。「孫子ゲーム」でも同じように、外交的な駆け引きを駆使することが、ボードゲームのシステムに落とし込まれているわけですね。

田口 本当にその通りです。初めて体験した際、私の盤面は本当にひどいものでした(笑)。私は裏での交渉や駆け引きをあまり行わず、ただ愚直に自分の戦力だけで正面衝突をしてしまったのです。

 結果として、盤面の中央で戦力が真っ向からぶつかり合い、どちらも一歩も動けないような不毛な膠着(こうちゃく)状態になってしまいました。まさに『孫子』が最も愚策とする攻城戦や消耗戦を、自ら体現してしまったわけです。

 一方で、他の経営者のプレーヤーたちの盤面を見ると、ものすごく知恵を絞った同盟関係や、相手の裏をかく布陣が敷かれていて、非常にダイナミックな展開になっていました。それを見て、「どうやったらこんなきれいな戦い方ができるんだろう」「盤上で美しく勝つためには、本質的な戦略を学ばなければならない」と痛感し、そこから「孫子の兵法」を読むようになりました。

守屋 ゲームを通じて、『孫子』の言う「その下は城を攻む(最低の策は城攻めに訴えることである)」を体感するんですね。よくできていると思いますし、本質的なアプローチですね。実際にゲームをやると、経営者個人の性格や資質が浮き彫りになるんじゃないですか。

田口 本当に個性がむき出しになります。守りに入ると徹底的に守る人、焦ってすぐに攻撃を仕掛ける人など。だからこそ、自分の戦略的な癖を客観視する上でも、非常に良い経験になりました。

(後編に続く)

写真/尾関祐治

孫子本ブームの火付け役となった“赤本”

読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。

守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)