戦費調達により膨れ上がる国債残高。その償還のため英国は、南アメリカ貿易の独占権(特許)を与えた南海会社を設立。これに国民が殺到し、株価は急騰する。これをみて横行したのがニセ特許会社だった。「南海バブル事件」の始まりである。仕方なく英国は、法律要件さえ満たせば株式会社の設立を認め、その代わり事後的な管理を強化するという「準則主義」へと転換する。『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』(中島茂著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
窮余の策の「南海会社」設立
東インド会社設立の後も、1つひとつの会社にそれぞれ特許(チャーター)によって独占権が与えられていました。こうした制度を特許主義といいます。
1711年、英国議会で「南海会社設立法案」が可決されます。当時、英国は、南アメリカを植民地とするスペインの王位承継をめぐってフランスと戦争をしていました(スペイン継承戦争)。
和平交渉の結果、南海(南アメリカの西海岸)での貿易権を得られる「見込み」が出てきた英国は、その見込みに基づいて、南アメリカ貿易を行う独占権を特許状により「南海会社」に与える計画を立てたのです。その株式を国民に買ってもらい、戦費調達のため膨れ上がった国債の償還資金を得ようという計画でした。
他方、英国民の間には、東インド会社の出資者に対する憧れと嫉妬がありました。大儲(もう)けをしているに違いない、同じような特許会社ができたら、ぜひとも自分も出資者になりたいと、多くの国民が望んでいました。
なお英国では、出資者の立場は、国王から特許を与えられた会社だけではありますが、1662年から出資者有限責任の原則が始まっていました。1700年代には現代の「株主」と呼べるものになっていました。
南海会社狂騒曲
英国は1713年、ユトレヒト条約によりフランスから正式に南海の貿易権を獲得すると、これを南海会社に独占権として与え、1720年1月、同社の株式を売り出したのです。このとき、「政府はペルーの金山を得て、南海会社に与えるらしい」という噂も立ったと言います(浅田實『東インド会社 巨大商業資本の盛衰』講談社現代新書)。
こうした夢が膨らみ、1月に100ポンドだった株価は、6月には1050ポンドに高騰します。多くの国民が、国債を南海会社の株式と交換したといいます。これが南海会社事件の始まりであり、一連の大騒ぎは「1720年・南海会社狂騒曲」と呼ばれます。
ニセ特許会社で膨らむ“バブル”
この騒ぎをみて、特許も得ていないのに勝手に会社を名乗り、出資を募り、しかも有限責任だと主張する動きがどっと始まりました。ニセ特許会社の横行です。これは後に泡沫(ほうまつ)会社(バブルカンパニー)と呼ばれます。「南海バブル事件」の始まりです。
泡沫会社は1720年5月の段階で50社もありました。一例を挙げると、「永久運動をする車を完成するための会社」「そのうち発見されるであろう大事業を営むための会社」「40年前の沈没船から金を引き揚げるための会社」などがありました。
国は慌てました。株式会社とは、英国のために役立つと国王が認めた会社に、特許状によって独占権を与える制度でした。そうした厳しい選別を経た会社の株主にだけ「有限責任」を認めるつもりだったからです。
そこで英国は1720年6月に「泡沫会社禁止法」を制定、「チャーターなき偽特許会社」を禁止し、新たな会社の設立を厳格に規制しようとします。しかし同法は、ニセ特許会社の出現を完全に止めることまではできませんでした。多くの人々が株式会社というビジネス形態が大変なダイナミズムとパワーを持っていることに気づいてしまったのです。
仕方なく英国は19世紀後半になって、法律の求める要件さえ満たしていれば株式会社の設立を認め、その代わり事後的な管理を強化するという「準則主義」へと転換します。この流れは、今日の株式会社の準則主義へと引き継がれていきます。
新しい時代へ向けての「法人法律主義」
現代の日本では、法人は、その種類ごとの法律によらなければ設立できません(法人法律主義)。設立後の運営、管理、さらには国による解散命令についても定められています。これらは法人が国王の特許状により個別に認められて設立されていた時代の名残なのです。
法人法律主義は、法で規制されていると消極的に受け止めるのではなく、法律は国民のためにあるという積極的な面からとらえる必要があると思います。(1)国民にとってどのような法人の設立を認めるべきか、(2)法人の運営をどのような方向にもっていくのが国民のためになるか、という視点から考えるのです。それが真の「法人法律主義」です。
現代の企業は、世界中で、人権尊重、気候変動対策など、「1人ひとりが幸せに生きられる社会」「人を大切にする社会」に向けてどう変革していくべきかという大きな課題に直面しています。私たちは新しい課題に立ち向かうために、法人法律主義を会社と向き合うときの基本的な判断基盤とすべきです。
法人は人に危害を加えても責任を負わない
法人(会社)が行うのは、人々の利益となる「プラスの行為」だけではありません。危害を加える「マイナスの行為」を行うこともあります。法人が人々に被害を生じさせた例を思い出してみましょう。商業施設で起きた大規模火災、工場の火災や爆発、バス・電車の事故、欠陥商品、有害物質による公害、個人情報の大量流出など、枚挙にいとまがありません。
自然人は、万一、他人に危害を加えてしまったときは法的責任を負わされます。被害者に対し賠償金を支払わされる民事責任と、加害行為の重さに応じて拘禁刑・罰金刑・拘留などの刑事罰を科される刑事責任の2種類です。「責任」という言葉は、法律の世界では厳しい意味です。この責任とは個人的な「負担」のことですが、その負担は国の力で強制的に実行されるのです。
では、法人が人に危害を加えたときも法的責任を負わされるのでしょうか。法人の定義は、「自然人と同じように法律上の権利・義務の主体となることを認められているもの」でした。そうであるなら、法人が人に危害を加えた場合、自然人と同じように民事・刑事の「法的責任」を負わされる、という結論になるべきです。
ところが、日本には法人が人に危害を加えたときに法的責任を負わせることを「正面から」規定した法律はないのです! 「代替制度」として、法人に間接的に責任を負わせる制度はあるにはあるのですが、直接に規定した法律はありません。
「者」には「法人」も含まれるのか
自然人が他人に危害を加えたときは損害賠償責任を負わされます。その中心となる法律は「不法行為」という民法の規定です。条文には、「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」(民法709条)と書いてあります。
この「侵害した者は…」の理解がポイントです。この「者」には、法人も含まれるのかという問題です。国語辞書には「者とは人を意味する」とあります。法人が含まれるとは書いてありません。確かに医者、学者、記者、役者は、みな人(自然人)です。そうすると、ここに書かれている「者」には法人は含まれないというのが自然な理解でしょう。
実際の裁判でも、法人に民法709条が適用されることはあまりありません。代替制度があるからです。それでも、ときどき、難しい議論を省いてすっと適用している例もあります。被害者を守る必要に迫られての苦肉の策なのでしょう。ただし、この問題点を承知のうえで、「公害問題」では、法人に対して正面からガッチリと、民法709条を適用する「新しい動き」も出てきています。
しかし、代替する制度はある
不法行為という基本規程は、法人に適用するのは難しいのです。そこで、これに代わって法人に民事責任を負わせる制度が2つ、法律で定められています。2つを合わせて「代替制度」と呼ぶことにします。
1つは、「使用者責任」の制度です。「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」という法律です。例えば、レストランのウエーター(被用者)が営業中にお客様と口論になって腹立ちまぎれに相手を殴ってケガをさせたとすると、レストランのオーナーは使用者ですから、お客様に対する賠償責任を負わされます。
法律上は、一応、使用者が「被用者の選任・監督について落ち度がなかったときは賠償責任を免れる」という「抗弁」(弁解)の制度が認められています。が、認められたことはありません。
使用者責任の規定は法人に対してドシドシと適用されています。先ほどの理屈を蒸し返すと、民法の条文では、「使用者」とは「ある事業のために他人を使用する『者』をいう」とあり、この「者」という言葉には「法人」も含まれるのかという問題があるはずです。が、使用者責任の問題については、そうした議論はまったくありません。「人を使ってまで事業を行うのは会社など法人に決まっているだろう!」ということでしょう。
もう1つの代替制度は「代表者行為責任」です。会社法には、「株式会社は、代表取締役が職務を行うについて人に加えた損害を賠償する責任を負う」という規定があります。法律にははっきりとは書いてありませんが、代表取締役が不法行為を行ったことが前提になっています。その場合、「株式会社は…賠償責任を負う」と明確に書いてあります。
新しい動き──「企業責任」を追及する
使用者責任と代表者行為責任には共通の要素があります。どちらも「他人の不法行為」について法人が賠償責任を負わされる点です。
しかし、両制度とも、法人それ自身の民事責任を正面から認めた制度ではありません。ただし、例外的に法人の民事責任を正面から規定する法律も現れています。PL法(製造物責任法)はその代表例です。「PL」とは「製造物に関する責任(Product Liability)」のことです。法律の条文では対象を「製造業者」と表現していますが、この「者」には法人も含まれていることには、誰も文句はありません。
ここまで整理したように、法人の民事責任を正面から問う法律は、特別法を除いてはありません。そこで、公害問題、大事故、大量情報漏洩など、大規模な被害が想定される事象に関して、会社の民事責任に着目し、不法行為制度をなんとか活用して「企業責任」を正面から追及しようとする新しい動きが始まっています。
中島茂著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


