2025年は、ゴッホをテーマにした美術展が相次いで開催される“ゴッホ・イヤー”ともいえる年。今さら聞けないゴッホを学ぶ本について成安造形大学名誉教授で西洋美術史家の千速敏男さんに伺いました。2回目は「旅」をキーワードににファン・ゴッホを知ることができる本です。

第1回 「炎の人」は過去のイメージ 真のファン・ゴッホ像を知る4冊
第2回 ファン・ゴッホの足跡と「作品の内⾯を探る旅」を読む本今はここ
初心者から美術通まで楽しめる「ファン・ゴッホが分かる本」を解説する西洋美術史家・成安造形大学名誉教授の千速敏男さん
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 ファン・ゴッホを知るために「旅」は欠かせないキーワードです。1853年にオランダで生まれたファン・ゴッホは、16歳の時に美術商グービル商会ハーグ支店で働き始め、ロンドンやパリでも画商として経験を積みますが成功せず、次は聖職者を志すも失敗。27歳にしてようやく画家修業を開始し、33歳の時には弟テオを頼ってパリへ。印象派の明るい色彩に感化され、ファン・ゴッホの絵は明るく鮮烈な色で埋め尽くされるようになります。その後、より色彩にあふれた世界を求めて、南仏のアルルへ。

 アルル時代には『ひまわり』をはじめ、代表作を数多く残しますが、幸せな時間は長く続きません。敬愛する画家ポール・ゴーガンとの共同生活が破綻し、精神を病み、サン=レミの精神療養院に入ります。そして、知り合いの精神科医ポール・ガシェを頼ってパリ近郊のオーヴェール・シュル・オワーズに移り、同地にて37歳で生涯を終えます。

 ヨーロッパ各地を転々としながら、激動の人生を送ったファン・ゴッホ。今回は「旅」をキーワードにファン・ゴッホを知るための本について聞きました。

⾃画像を通じてファン・ゴッホ作品の内⾯をたどる

『カラー版 ゴッホ〈自画像〉紀行』 木下長宏著、中公新書

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 画家はどうして自画像を描くのでしょうか。ファン・ゴッホと同じくオランダ出⾝の画家レンブラントの場合は、⾃分の知名度を⾼めるための宣伝という狙いもありました。「もし、レンブラントの⾃画像が⽇記であったとしても、それは少なくとも部分的には公刊されることを意識した⽇記であった」(マイケル・キツソン著『レンブラント』⻄村書店,1997年)

 ファン・ゴッホも多くの自画像を描いています。37年の短い生涯でしたが、残された自画像の数は40点以上。ファン・ゴッホはどんな理由で自画像を描いたのでしょうか。著者の木下長宏さんは「造形の実験」と書いています。さまざまな色や線、形を使って、どこまで自分自身を表現できるか。その可能性を試し続けたというのです。併せて、定期的に同じ題材を描くことで自身の成長を確認し、自らを励ますという目的もあったようです。

 本書のタイトルには「紀行」とありますが、場所を巡る旅の本ではありません。ファン・ゴッホの重要なモチーフである自画像を一点ずつ丁寧にたどっていく、いわば「作品の内面への旅」を提案する一冊です。掲載されている自画像はすべてカラーで収録。描いた時期や場所による色彩の違いを感じることができます。

11点の『ひまわり』に秘められた謎を解く

『ゴッホのひまわり 全点謎解きの旅』 朽木ゆり子著、集英社新書

本書は現在、品切れです。古書店、インターネット書店、図書館などで入手することができます
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 作者の朽木ゆり子さんは、アート関係をメインに活躍するジャーナリスト。フェルメールの絵画を題材にした『 フェルメール全点踏破の旅 』(集英社新書ヴィジュアル版)、『盗まれたフェルメール』(新潮社)はベストセラーになりました。編集者の経験もあり、1987年から1992年まで雑誌『日本版エスクァイア』の副編集長を務めた方です。読者の心をつかみ、一気に読ませるのがうまいんですよね。

 『ゴッホのひまわり 全点謎解きの旅』はファン・ゴッホの代表作『ひまわり』がテーマ。ファン・ゴッホは、花瓶に挿されたひまわりをモチーフした『ひまわり』を7点、花瓶に挿されていないものも含めると合計11点の『ひまわり』を制作したといわれています。朽木さんはその11点の『ひまわり』に秘められた謎を、ジャーナリストならではの視点で紹介。「半世紀以上公開されていない『ひまわり』の行方は?」「東京にある『ひまわり』の贋作(がんさく)騒動の真相は?」「日本にもう1枚あったという幻の『ひまわり』とは?」。いずれの物語も興味をそそる切り口です。

 本書も「作品の内面への旅」といえる1冊ですが、作者の朽木さんは『ひまわり』を訪ねて世界各地を旅しています。彼女の足跡を追って、『ひまわり』巡りの旅を実践するのも楽しいでしょう。

 ちなみに11点の『ひまわり』のうち、日本には2点作品があります。1つは東京・SOMPO美術館所蔵の『ひまわり』。もうひとつは実業家・山本顧彌太(こやた)が所有し、兵庫県芦屋市の自宅に飾っていた、通称“芦屋のひまわり”。1945年に戦火によって焼失してしまいましたが、陶板で再現され、徳島県鳴門市の大塚国際美術館に展示されています。

小説『たゆたえども沈まず』とセットで読みたい紀行文

『ゴッホのあしあと 日本に憧れ続けた画家の生涯』  原田マハ著、幻冬舎新書

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 作家・原田マハさんの小説『 たゆたえども沈まず 』(幻冬舎文庫)はお読みになりましたか? フランス・パリで画商のアシスタントとして働く加納重吉と、雇用主である画商・林忠正、ファン・ゴッホ、その弟テオとの交流を描いた物語です。

 『ゴッホのあしあと』は、『たゆたえども沈まず』を書き終えた原田さんがファン・ゴッホゆかりの地を歩いて、林忠正とゴッホ兄弟に小説ができたことを報告する紀行文。マハさんの旅を通して、ファン・ゴッホが狂気の人ではなく、努力家で知性の高い人物であったことが見えてきます。『たゆたえども沈まず』の副読本という側面もありますので、まずは『たゆたえども沈まず』を、続けて『ゴッホのあしあと』を読むのがお薦めです。

 『ゴッホのあしあと』を読むと、私は必ず現地に行きたくなります。原田さんの筆力と丁寧な現地取材のたまものでしょうね。旅のお供に最適な1冊です。

ファン・ゴッホの⽣涯を追体験する旅をしたい人に

『ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅』 ニーンケ・デーネカンプ著、ルネ・ファン.ブレルク著、タイオ・メーデンドルプ著、鮫島圭代訳、ファン・ゴッホ美術館編、千足伸行監修、講談社

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 ファン・ゴッホの37年の生涯を追体験する旅をしてみたい人には、この1冊を推薦します。生誕の地であるオランダ南部の村フロート・ズンデルトをはじめ、ファン・ゴッホが暮らしたオランダ、イギリス、フランスの20か所以上の土地が紹介されています。

 本の監修を務めたのは、作品の真贋を鑑定するなど、ファン・ゴッホ研究の世界的ハブといえるファン・ゴッホ美術館。作品の図版や古い写真、地図、資料などを使って、ファン・ゴッホの一生を丁寧に解説しています。旅行ガイドとしてはもちろん、読み物としても十分に満足できる内容です。

 今回は「旅」をキーワードにファン・ゴッホに関わる本を紹介しました。次回は芸術の分野だけでなく、ジャンルを超えて広がるファン・ゴッホの世界を伝える本を紹介したいと思います。

取材・文/川岸 徹、構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)、写真/木村 輝