変動するマーケットに一喜一憂する。じっくり考えた投資計画を無視して、高値で買い、安値で売ってしまう。そんな経験をしたことはないだろうか。機関投資家の伸長とビッグデータの活用などにより、個人投資家が勝ち続けることはますます難しくなっていると、米国資産運用界の理論的支柱の一人であるチャールズ・エリス氏は言う。今回は、投資の世界で起きている劇的な変化について。資産運用の常識を変えた世界100万部のベストセラー 『敗者のゲーム[原著第8版]』 より、プロ投資家の9割が市場に勝てない本当の理由を、一部抜粋してお届けする。

「投資機会」という夢に支払う代償

 運用成績を示すデータは、運用機関の成績が期待外れであることを示している。実績を見る限り、ほとんどの投資信託、年金や財団などの機関投資家も市場に勝てていない。
 市場平均を上回るような成績が時折見られることもあるが、長くは続かない。「市場平均を上回る」という目標に反して、プロの運用機関は、全体的に見ると市場に負けている。

 ところで、人は気に入らない情報に出合うと、次のいずれかの反応を示すようだ。状況の変化を無視して信じていることを変えないか、あるいは、変化を受け入れて利用するかである。
 多くの機関投資家と個人投資家は、現実味のない過去の市場で生まれた夢を捨てようとしない。「投資機会」というロマンチックな夢に支払う代償は大きい。

 資産運用の世界では伝統的に、市場に勝てるという信念が支配的だった。しかし時代は変わり、今日この前提は、プロの運用機関にとってさえあてはまらない。楽観主義が許されなくなったのだ。
 1年以上の成績を見ると、約7割の投資信託が市場平均を下回る。10年では8割、15年では9割が市場に負けている。

 1年間では多くのファンドが市場に勝ち、10年間勝ち続けるファンドもある。しかし、長期的に見ると、ずっと市場に勝ち続けているファンドはない。
 そして、どのファンドがこれから勝つのかも、誰にもわからない。

 もし、市場平均を上回る運用成績を実現できるという前提が正しければ、なすべきことは単純明快だ。

 第一に、市場全体の動きはS&P500株価指数のような指標で表すことができるので、アクティブ・マネジャーは、S&P500指数銘柄より収益性が高くなるように、まずポートフォリオを組み直すことだけを考える。
 すなわち、個別銘柄の選び方や売買のタイミングを変え、業種の割合を手直しして、指数と異なるようにポートフォリオを組む。

 第二に、アクティブ・マネジャーは「正しい」判断をしたいので、優秀なアナリストを集め、安く買える株や高値で売れる株を探し出すことに全力をあげる。
 よりよい成績をあげるために最新のコンピュータを導入し、ただちに情報を処理し、優れた技術を持つ経験豊富な専門家を採用する。

「勝者のゲーム」と「敗者のゲーム」の決定的な違い

 何十年も前ならこれらの方法は十分機能した。だが、機関投資家の大多数が市場平均以上の成績をあげられるという前提は、残念ながら正しくない。
 なぜなら、機関投資家が市場そのものだから、機関投資家全体としては、自分自身に打ち勝つことはできないのだ。

 機関投資家は、取引所の取引の99%を占める。運用機関の数が膨大で、能力も高く、顧客のために質の高いサービスを提供するからこそ、資産運用が敗者のゲームとなったのだ。
 アクティブ運用の手数料などのコストや、大型取引による売買価格への影響などを差し引けば、運用機関の成績は今後も市場平均を下回るだろう。

 個人投資家の運用成績の場合は、さらに悪い(デイトレーダーに至っては、もっとひどい。やめたほうがいい)。機関投資家の運用を「勝者のゲーム」から「敗者のゲーム」に変えたものは何なのか?
 その分析の前に、まずこの二つのゲームの違いを検討してみよう。

個人投資家が市場に勝つことはますます難しくなっている(写真:Seksan.TH/Shutterstock.com)
個人投資家が市場に勝つことはますます難しくなっている(写真:Seksan.TH/Shutterstock.com)

 TRW社の著名な科学者サイモン・ラモは、「勝者のゲーム」と「敗者のゲーム」の決定的な差について、『初心者のための驚異のテニス』という本で明らかにしている。
 すなわち、テニスには2種類のゲームがあり、一つはプロおよび天才的アマチュアのゲームで、もう一つはその他大多数のゲームである、というのだ。

 いずれのゲームもプレーヤーは同じ道具、服装、同じルールに従うが、この二つは全く異なるゲームである。統計分析の結果、ラモ博士は次のように要約する。
「プロは得点を勝ち取るのに対し、アマはミスによって得点を失う」

 プロテニスでは、最終結果は勝者の行動によって決まる。プロのテニスプレーヤーは長いラリーの末、強力で正確なウイニングショットを放ち、敵の手の届かない所へ打ち込んで勝利をつかむ。こうした一流のプレーヤーはめったにミスをしない。

 一方、アマチュアのテニスは、これとは全く異なる。素晴らしいショットとか、長いラリーはなかなか見られない。ボールはしばしばネットにかかり、ラインの外に出る。ダブルフォルトも珍しくない。
 アマチュア・プレーヤーは敵を打ち負かすことはほとんどなく、いつも墓穴を掘って終わる。得点の多くは相手のミスによるものだ。試合に勝つのは、相手の失点が多いからだ。

 ラモ博士は、この仮説を証明するためにデータを集めた。普通の得点計算方法の代わりに、自ら勝ち取ったポイントとミスによるポイントを計算したのだ。
 これによると、プロのテニスでは、ポイントの80%が自ら勝ち取ったものであるのに対し、アマチュアのテニスでは、ポイントの80%が敵失によるものだった。

 二つのゲームは基本的に正反対なのだ。
 プロのテニスは勝つためのプレーで結果が決まる「勝者のゲーム」であるのに対し、アマチュアのテニスは敗者のミスによって決まる「敗者のゲーム」なのである。

「資産運用」の世界でも同じことが起きている 

 軍事問題を専門とする歴史家サミュエル・エリオット・モリソン提督が、『戦略と妥協』で同様の指摘をしている。
「戦争でミスは避けられない。軍事的決定を行う際には、敵の戦力と計画を推定するが、それは間違うことも多い。よく考え抜かれた作戦も決して完璧ではなく、しばしばあまりうまくいかない」。
「戦争では他の条件が等しければ、戦略上のミスを最少にする側が勝つ」。
 つまり、戦争は究極の「敗者のゲーム」なのだ。

 もう一つの例がゴルフだ。トミー・アーマーは『ベスト・ゴルフ』の中でこう述べている。
「勝つための最善の方法は、ミスショットをできるだけ少なくすること」。
 これにはすべての週末ゴルファーが頷くことだろう。

「勝者のゲーム」は、絶対的勝利に惹かれるプレーヤーが集まりすぎるために、しばしば自己崩壊する。それはゴールド・ラッシュの惨めな結末にも現れている。

 同じように、資産運用と呼ばれる「マネーゲーム」も、最近数十年で「勝者のゲーム」から「敗者のゲーム」へと変わった。証券運用の世界で根本的な変化が起きたからだ。

 市場より高い成果をあげようと懸命に努力する機関投資家が多数現れ、市場を支配するようになった。この変化がすべての原因である。全員が同じ情報を共有し、巨大なコンピュータを駆使し、市場に勝とうとして全力をあげる。

 今やアクティブな運用機関は、初めて市場に顔を出す金融機関やアマチュアと競争しているわけではない。彼らは他の優秀な専門家と「敗者のゲーム」を戦い、そこで勝ち残る秘訣は、相手より失点をできるだけ少なくすることなのだ。

 プロのファンド・マネジャーがきわめて優秀であるからこそ、個々のマネジャーは彼らの総体である市場に勝つことができない、ということだ。

日経ビジネス電子版 2022年2月24日付の記事を転載]


 機関投資家の伸長やビッグデータの活用などにより、市場に勝つことはますます難しくなった。私たちは「敗者のゲーム」に参加しているわけだ。では、「敗者のゲーム」を「勝者のゲーム」に変えるにはどうすればいいのか? 
 投資の本質が手にとるようにわかる、世界100万部の超ロングセラー。

チャールズ・エリス(著) 鹿毛雄二+鹿毛房子(訳) 日本経済新聞出版 2200円(税込み)