変動するマーケットに一喜一憂する。じっくり考えた投資計画を無視して、高値で買い、安値で売ってしまう。そんな経験をしたことはないだろうか。機関投資家の伸長とビッグデータの活用などにより、個人投資家が勝ち続けることはますます難しくなっていると、米国資産運用界の理論的支柱の一人であるチャールズ・エリス氏は言う。しかし、「敗者のゲーム」を「勝者のゲーム」に変える方法がある。今回は、長期投資のリターンを向上させる秘訣について。資産運用の常識を変えた世界100万部のベストセラー 『敗者のゲーム[原著第8版]』 より、「低コストで高リターン」を実現するたった一つの運用プロセスをご紹介する。
「恐れるよりも、歴史に学べ」
不安や恐怖について研究している心理学者によれば、人が実際以上に不安を感じるのは、次の四つのケースである。
規模が大きいケース、自分が状況をコントロールできないケース、未知のケース、そして突然起こるケースである。
その結果、飛行機事故(年平均死亡者数30人以下、負傷者数350人以下)を、自動車事故(年平均死亡者数4万5000人、重傷者数は35万人を大きく上回る)より恐れることになる。
ほとんどの投資家が、自分のポートフォリオが突然、大きな損失を被るのではないかと不安を抱いている。
しかし、株式市場の長い歴史を学び、それを正しく理解していれば、突然の値下がりは予想の範囲内だと思える。時期はともかく、そうした下落の規模や突然起きることも、予想できるものである。
私たちは、市場について理解していないと不安になる。株式市場がひどく落ち込んだ時に冷静さを失い、不安と恐怖にかられる。
その結果、目先のことにとらわれるあまり「群集心理」の過ちを犯し、大切な長期投資をダメにしてしまう。
また投資家は、株式市場の暴騰や暴落、そしてそれを増幅するさまざまな意見により、非現実的な希望を抱いたり、不必要な恐怖にかられたりもする。
その気持ちはわかる。投資家は市場の本質を十分に理解していないと驚かされることばかりだ。
実際、2008年と2020年に起きた市場の大混乱では、多くの人がパニックに陥った。
だが、投資の現実をよく理解すれば、資産の中の長期投資のリターンを大幅に向上させることができる。これまでの経過を、特に株式市場が極端に揺れ動いた時のことを、客観的にしっかり理解することが、収益向上のための最良かつ最も安上がりな方法だ。
だから、過去何十年間の収益率と平均値からの乖離(かいり)パターンを検討し、株式市場がなぜ大きく動くのかをしっかり学ぶ必要がある。
投資で成功するチャンスは誰にでもある
投資家にとって、現在の株式市場について学び、今後の動きを検討するよりも、投資の歴史を振り返るほうがはるかに効果的だ。野球選手のヨギ・ベラが、「これまで何度も起きてきたことなのに、その度にいつも驚いている」と述べるように、市場にはいつの時代も驚かされるが、実は細部において異なっていても、本質的にはそれほど変わらないものだ。
投資と資本市場の本質を理解すれば、毎日の市場の動きを気にしすぎることなく、真に重要で、賢明な運用基本方針を策定し、それを貫き通すことができる。
そうすれば、長期的にはよい結果が得られ、他の大多数の投資家より高い収益を得ることができる。
実際、投資で成功するチャンスは誰にでもある。誰もが投資で勝てる。それは難しいことではなく、簡単なことだ。
成功の秘訣の第一は、証券会社や投資信託から送られてくるたくさんの宣伝や広告、市場見通しなどを一切無視することだ。
第二は、自分の運用基本方針を決めること。そして長期間それをブレずに継続することが、達成したい結果を得るための早道だ。
投資方針は、自分の長期目標と日々の投資に対する実践が精緻に連動していなければならない。しっかりとした理解のもとで基本方針を慎重に決めないと、運用は「場当たり的」になる。
成功するかどうかを決めるのは、他人との闘いではなく、自分自身との闘いだ。要は、市場の妨害に屈することなく、自分の「任務」を遂行できるかどうかである。
運用のプロセスは一見複雑だが、次の5段階に整理するとわかりやすい。
- 第1段階 長期の運用目的の決定と、その達成のための望ましい資産配分比率の策定……株式・債券、その他の資産への配分を決める。
- 第2段階 株式の配分の決定……成長株対割安株、大型株対小型株、国内株対外国株など、さまざまなタイプの株式を正しく配分する。債券も同様に検討する。
- 第3段階 アクティブ投資かインデックス投資かの選択……これまで見てきたとおり、コストの低いインデックス投資が長期投資には一番よい。
- 第4段階 アクティブ運用を選ぶ場合、どの会社のどのファンドにするかを決定する(残念ながら、多くの人はここに多くの時間と手間をかける)。
- 第5段階 個別銘柄を選び、売買を実行する。
最小コストで最大リターンを実現するための最重要プロセスとは?
最小コストで最大効果を生み出すのは「第1段階」、すなわち、適切な長期目標と資産配分である。
第4段階、第5段階の個別ファンドや個別銘柄の選択は、最もコストがかかる割に効果はほとんどない(アクティブ運用を熱心にすればするほど、税金とコストがかかる)。
これが、「敗者のゲーム」の究極の皮肉な結果だ。私たちは得てして、第5段階の個別銘柄の選択で勝つことに夢中になりがちだ。だが、これこそがミスター・マーケット(市場)の狙うところだ。
このゲームに参加すると高くつき、得るものはほとんどない。それどころか、このゲームに勝とうと夢中になり過ぎるあまり、低コストで高リターンも見込める一番重要な第1段階を忘れてしまう。
だが、どんな資産配分もインデックス投資で成し遂げられる。
アクティブ運用を考えている人は、一見儲かりそうで魅力的だが、コストがかかり、どれを選ぶかによって結果が大きく変わるアクティブ投資ではなく、確実にリターンが得られるインデックス投資を選ぶべきだ。
アクティブ運用をする人の望みは、上位4分の1に入ることだろう。それを実現するための方法は、実はとても単純なことで、長期でインデックス投資をするというものだ。
投資の歴史が証明しているように、今後もインデックス投資はうまくいく。
それでもやはり、インデックス・ファンドの代わりに、ポートフォリオの中身を市場平均から戦略的に遠ざける運用機関を選びたいなら、次のことを十分に理解し、確認しておく必要があるだろう。
どのようにポートフォリオを組み換えようとしているのか(特定少数の銘柄への集中投資か、特定業種への集中か、あるいは現金に集中するのか)、いつ実行するのか(長期方針の一部として常時か、時折短期的になるのか)、そして最も重要なことは、なぜ運用機関がこのような投資を行うと、超過収益を得られると思うのか、ということだ。
個人投資家がこうした問題に正しく対処することはきわめて難しい。

運用方針を立てる際の留意点
すでに見てきたように、「時間」すなわち想定投資期間は、適切な運用目的を規定する最も重要な要素だ。この期間に、投資方針に従ってポートフォリオを運用し、そして投資家はその運用成果を、その目的と方針に照らして評価する。
どのくらいの運用収入が必要かという議論は、運用方針に含めるべきではない。投資のリターンは、投資家が増やしたいからといって、リスクを取らずに増やせるものではないからだ。
投資目的が、顧客が毎年欲しい額に従って設定されるのはばかげている。
支出が運用に影響を与えてはならない。逆だ。支出の決定は運用成果をもとになされるべきで、その運用成果は運用方針によって決まる。
市場があなたの望みどおりのリターンを出してくれることなど、あるわけがない。
5年か10年に一度、自分の総資産、支出目的、投資経験、リスク許容度、どのくらいの期間投資を続けるかなどについて、総合的に見直すとよい。これらはすべてあなたの投資方針の基本となる。
最後に、運用基本方針についての簡単なチェックポイントを示しておきたい。
- 運用基本方針はあなたの長期目標に合っているか?
- その方針は、初めての担当者でもあなたの意図に合わせてポートフォリオを運用できるようにわかりやすく明文化されているか?
- 常識が覆されることの多かった過去50年間、特に2008年を含めた混乱期に投資をしていたとしたら、あなたはその方針を堅持できたか?
- 長期的にみて、その方針は自分の必要性と目的に合っているか?
適切な運用基本方針は、これらのテストすべてに合格するはずだ。あなたの方針はどうだろうか?
[日経ビジネス電子版 2022年2月25日付の記事を転載]
機関投資家の伸長やビッグデータの活用などにより、市場に勝つことはますます難しくなった。私たちは「敗者のゲーム」に参加しているわけだ。では、「敗者のゲーム」を「勝者のゲーム」に変えるにはどうすればいいのか?
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