変動するマーケットに一喜一憂する。じっくり考えた投資計画を無視して、高値で買い、安値で売ってしまう。そんな経験をしたことはないだろうか。機関投資家の伸長とビッグデータの活用などにより、個人投資家が勝ち続けることはますます難しくなっていると、米国資産運用界の理論的支柱の一人であるチャールズ・エリス氏は言う。今回は、投資の意思決定を行う際の留意点について。世界100万部のベストセラー 『敗者のゲーム[原著第8版]』 より、資産運用を成功に導くための最重要ポイントを、一部抜粋してお届けする。
投資は人生そのものである
運用を一生うまくやるための、第一の課題は、「自分自身を知る」ことだ。
あなたの資産・負債の目標を理解し、自分にとって何が本当の意味での成功なのかを確認しよう。
アダム・スミスがいみじくも忠告しているように、「もしあなたが自分自身を十分理解していなければ、株式市場を理解するには恐ろしくお金がかかる」。不動産も商品相場もオプションも同じだ。
投資家はできるだけ時間をかけて、自分のことを、そして投資家としてどのように感じ、行動するかを知るべきだ。そうでなければ、理性で感情をコントロールすることはできない。
多くの投資家に役立つヒントを示すために、ちょっとひねったテストを紹介しよう。
質問 あなたが投資するなら、どちらにしますか?
回答A 大幅に値上がりし、何年間も高値圏にある株式
回答B 大幅に値下がりし、何年間も低位にとどまっている株式
もし回答Aを選んだなら、あなたはこのテストを行った90%の投資家と同じである。
ほとんどの人と同じと聞いて安心? とんでもない。あなたが株の売り手でない限り、回答Aはプラスにはならない。
なぜなら、株を買うことは配当を受け取る権利を買っているということだからだ。ミルクを手に入れるために牛を買い、卵を手に入れるために鶏を買うように、現在および将来の配当のために株式を買う。
あなたが農場経営者なら、牛を買う時、より多くのミルクがとれるように、より多くの牛をなるべく安く買いたいと思うだろう。
あなたが買う株の価格が低ければ低いほど、あなたの投資1000ドル当たりの株数は多くなり、それだけ配当金額も多くなる。
つまり、こつこつとお金を貯め、今後も株を買い続けていくなら、本当に有利なのは、奇妙なことに株価が大きく値下がりし、低迷を続けることである。
そうすれば、同じ金額でもより多くの株数を安い価格で買い続け、その結果、より多くの配当を得ることができる。
値下がりした市場にこそ可能性がある
したがって、長期的に正しい回答は、意外なことにBである。これこそが、投資で成功し、精神的にも安定するための決め手かもしれない。
よく考えれば、値下がりした市場にこそ、可能性があることがわかるだろう。
ほとんどの投資家は非常に人間的で、相場の値上がりを望み、十分値上がりした株式を熱心に買い増していく傾向がある。その結果、配当収入からの再投資収益率を下げ、下落リスクを高めることになる。
同様に、多くの投資家は株価の下落後には非常に消極的になり、株価が十分に低く、したがって将来の配当率が高いのに売りたくなるものだ。
72年間で、配当再投資がなければ1ドルは106ドルになっている。
当然、市場は上がり下がりがあり、私たちは失敗しながら投資をする。しかし、取り返しのつかない大きな失敗をしないように。借金をして、投資をしてはならない。
株価が上がると飛びつき、下がると慌てて売りそうになったら、ストップ! 散歩にでも出て頭を冷やそう。さもないとあなたは群集心理に巻き込まれて、何か行動を起こしたくなる。
それが間違いのもとで、後悔につながる大きな失敗になる。何もしないことが長期投資の成功の秘訣なのだ。
また、マネーゲームに一度勝利したとしても、さらなる大勝を狙って勝負に出てはならない。
借金をして投資をしたり、これまで得た資金を集中的につぎ込んだりして、のめり込んではならない。

勝ちたいなら、賭けてはならない。大きく負けるかもしれない勝負は避ける。
しかし、勝ったからといって、用心深くなりすぎるのもよくない。
個人投資家のための〈投資の十戒〉
最後に、これから述べる個人投資家のための「十戒」は、あなたが投資の意思決定を行ううえで大いに役立つだろう。
1)貯蓄する。そしてそれを自分の将来の幸せと安定、子供の教育のために投資する。
2)相場の先行きに賭けてはならない。
もしあなたが衝動に駆られ、どうしても相場を見ながら売買するというなら、競争相手はプロであることを自覚すべきだ。投資額はラスベガスでプロを相手にギャンブルする際の金額程度に抑えたほうがよい(勝負の結果を正確に記録していけば、あなたもすぐに降りたくなるだろう!)
3)税務上有利という理由で動いてはいけない。そうした商品は投資対象として魅力はない。企業の税務上の損金を節税目的で商品化したものは(日本にはほとんどないが)、証券会社の手数料を増やすだけだ。
ただし例外もある。自分の経済状況と、めまぐるしく変わる税制に見合った資産管理計画を作成すること。何らかの理由で株を手放さなければならない時には、低い簿価の特定寄付を行うこと。
また、条件に合うならIRA(非課税の個人退職貯蓄口座)を開設し、401(k)プランに毎年最大限拠出すること。401(k)口座以外に資産がある場合は、資産全体の整合性を考えたほうがよい。
所得税を抑えるには、債券・債券ファンドを非課税口座に組み入れる。
4)自分の住宅を投資資産と考えてはいけない。住宅は家族の生活の場であり、それ以上のものではない。
多くの人が2008年の住宅価格の暴落で実感したように、住宅は金融的な意味で優良な投資対象とは言えない。しかし、家族の幸せのためには意味がある。
5)商品取引は考えものである。コモディティ取引は、投機だ。経済的付加価値を生まない以上、投資とは言えない。
6)証券会社と投資信託会社の担当者に気をつけること。多くの場合、素晴らしい人たちだ。しかし、彼らの仕事は、あなたを儲けさせることではなく、あなたから儲けることである。
とても良心的で、長年担当した顧客の身になって、質の高い仕事をしてきた人も少なくないが、あなたの担当者がそうとは限らない。立派な担当者もいるが、なかなかそうはいかないのが実情だ。
一般に、一人の証券会社の営業担当は、資産残高の合計が500万ドル程度の顧客を約200人抱えていると言われる。この営業担当が年間10万ドル稼ぐには、売買手数料収入として30万ドルを必要とする。
これは、担当する顧客の資産合計の6%にあたる。これだけの額の手数料を生み出すには、担当者はあなたに何が必要かを考える暇はない。資金を回転させ続けなければならず、それはあなたの資金である。
7)いわゆる新金融商品に投資してはならない。この手の商品のほとんどは投資家に保有されるためではなく、投資家に売るために設計されている。
8)元本や利息が安全だとか、リスクが少ないという理由だけで、債券に投資してはならない。債券価格も株式と同様に変動し、さらに債券は、長期運用にとって真のリスクであるインフレに弱い。
9)長期の投資目的と投資方針、資産計画を書き出し、それに沿って行動すること。最低でも10年に一度、できれば毎年それを見直すこと。
10)直感で投資してはならない。うまくいって有頂天の時は、大火傷が待っていると思ったほうがよい。
落ち込んだ時は、夜明け前が一番暗いことを思い出そう。そして、何もしないことだ。運用に売買は不要。売買はしなければしないほどよい。
[日経ビジネス電子版 2022年2月28日付の記事を転載]
機関投資家の伸長やビッグデータの活用などにより、市場に勝つことはますます難しくなった。私たちは「敗者のゲーム」に参加しているわけだ。では、「敗者のゲーム」を「勝者のゲーム」に変えるにはどうすればいいのか?
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