ドラキュラは「若い血」を飲んで永遠の命を得るが、それが現実になるとしたら? 2体の動物を結合させ血液を共有させる研究から、「若い血」が年老いた動物の脳細胞を若返らせることが分かった。血液の因子が、海馬の機能も活性化させる。若返り薬は血液から生まれる? ノーベル賞学者ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンの著作『Why We Die(ホワイ・ウィ・ダイ) 老化と不死の謎に迫る』(土方奈美訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
「若い血」を飲むと若返る?
たいていの人は血液を肝臓、腎臓、心臓、脳のような臓器とは考えない。だが、本当はそう考えるべきなのかもしれない。
血液循環はさまざまな意味で体内で最も重要なシステムの1つとなっている。酸素やグルコースのような必要不可欠な栄養素を他の臓器に供給したり、臓器から出た老廃物を排出したりする。ホルモンへの反応を可能にし、ケガを負った場所を覆って治癒を促す。血液中の免疫細胞は侵入してきた病原体と戦う。血液が老化し、正常に機能しなくなったら(それがクローンか否かにかかわらず)大問題だ。
若い血を飲むことで永遠の命を得るという発想は、はるか昔から存在した。私は10歳のときに初めてドラキュラ映画を観たときの恐怖を忘れられない。だがトランシルバニア地方の言い伝えやゴシック小説はさておき、老いた血を若き血と交換することは可能だろうか。
ラットの「並体結合」から分かったこと
並体結合とはまさにその試みで、2体の動物の循環系を外科的につなぐ。最初期の研究の1つが、19世紀にフランスの生物学者ポール・ベールが行ったものだが、ベールの関心は老化ではなく組織移植にあった。2匹のラットをつないだだけでなく、驚くことにラットとネコをつなぎ、その状態を数カ月にわたって維持したとされる(*1)。
種が異なるケースはもちろん、同じ種でも2体の動物のあいだで血液を共有するとさまざまな問題が起こりうる。不適合性が原因で一方あるいは両方の免疫系が輸血された血液に拒絶反応を示すだけでなく(受血者と供血者の血液型を適合させなければならないのはこのためだ)、心理的問題も起こりかねない。
ニューヨーク州イサカのコーネル大学のクライブ・マッケイは「2匹のラットを互いに慣れさせておかないと、一方が他方の頭をかじって殺してしまう」と語ったとされる(*2)。今日では生化学的不適合を防ぐため、実験動物は近親交配して遺伝的に適合させたうえで、並体結合する前に数週間にわたって互いになじませるようになった。
並体結合の初期の研究は、肥満などの代謝障害で血液が果たす役割などを調べていた。しかしマッケイのように早くも1950年代から老化への影響を調べていた科学者もいた。
マッケイのグループは歳をとったラットを約1年にわたって若いラットと結合させると、その骨の重量や密度は若いほうと同じような水準になることを発見した。他の研究では、老若ラットの組み合わせをした場合、歳をとったラットの寿命は通常のラットより4~5カ月長くなった。寿命が2年のラットにおいては有意な寿命延長だ。しかしどういうわけか、こうした研究は1970年代には尻すぼみになった(*3)。
2000年代初頭、カリフォルニア州にあるスタンフォード大学のトーマス・ランドの研究室に所属する夫婦研究者、イリーナ・コンボイとマイケル・コンボイが老若マウスのペアリングを開始したことで、この研究領域は再び息を吹き返した。
5週間もたたないうちに、若い血液は年老いたマウスの筋肉細胞と肝臓細胞を復活させた。傷は早く治るようになった。若々しい血液によって毛並みまでつやつやになった。同じ基準に照らすと、ペアリングされた若いほうのマウスの健康状態は通常より悪化した(*4)。年老いたマウスと交換した血液を受け取っていたのだから当然だ。
「若い血」がニューロンの数を3倍に増やす
ランドらは2013年に発表した論文では、老いたマウスの脳細胞の成長も促進する効果が見られたという点には触れなかった。ニューロンはほぼ再生しないと考えられていたからだ。ただスタンフォード大学のランドの同僚の1人であった神経生物学者のトニー・ウィス=コーレイは初期研究でのこうした結果に関心を持ち、並体結合の脳への影響を調べることにした。そして老いた血は若いマウスの記憶を阻害し、反対に若い血は老いた個体の記憶力を改善することを明らかにした(*5)。年老いたマウスの脳では新たなニューロンの数が3倍に増えていた。対照的に並体結合のパートナーから古い血を受け取った若いマウスは、ふつうに生きている若いマウスよりも新たに生み出すニューロンの数がはるかに少なかった。
何世紀も前から語り継がれてきた吸血鬼の物語との関連もあり、こうした研究は人々の想像をかき立てた。ランドとウィス=コーレイのもとにはメディアの記者や一般市民からの電話が殺到した(なかにはうさん臭い人や恐ろしげな人もいた)。金持ちの高齢男性(たいていは男性だった)が自らの寿命を延ばすため、若い血を調達しているといった報道もあった。
研究にかかわっていた科学者たちはもっと慎重だった。2013年に学術誌に寄せた記事で、コンボイ夫妻とランドは相当な近交系マウスやラットでも並体結合にともなう疾患の発症リスクは20~30%に達すると指摘した(*6)。しかも並体結合による好ましい影響のすべてが血液によるものであるかは明白ではなかった。老いた個体は若いパートナーの性能の良い肝臓や腎臓の恩恵も享受したはずだ。この主張を検証するため、コンボイ夫妻は2匹の動物を結合せずに血液だけを交換する実験を行った(*7)。その結果、老いた血のマイナス効果は若い血のプラス効果よりも顕著だった。
だが科学者が慎重な見解を示しても、入念なヒト臨床試験が完了するのも待たずにブームに乗ってひと儲(もう)けしようとする多くの企業を止めることはできなかった(*8)。アンブロシアという会社は16歳から25歳までのドナーが提供した血漿(けっしょう)を、2リットルあたり8000ドルで売り出した。
危機感を抱いたFDA(アメリカ食品医薬品局)は、こうした治療は有効性が証明されておらず、安全と考えるべきではないという警告を発し、消費者には適切な規制当局の監督を受けた臨床試験以外のこうした治療を受けないように強く訴えた(*9)。それを受けてアンブロシアはサービス提供を停止したが、それもつかの間のことだった。関係者はアイビー・プラズマという新会社(これは短命に終わった)の下でまもなく営業を再開し、その後再び元の名前に戻った。
アンブロシアCEOのジェシー・カーマジンはこう語った。「私たちの患者は心から治療を求めている。しかもその治療は今、受けることができる。臨床試験はきわめて高額で、とても長い時間がかかる(*10)」。発見の立役者を含むまじめな科学者のほとんどは、きちんとした臨床試験を経ずにこうした治療を人間に提供するのは時期尚早であり、危険な可能性があると考えている。
血液中に見つかった若返りの因子
世間が盛り上がる一方で、トーマス・ランドの当初の発見をきっかけに老化と関連のありそうな血液中のタンパク因子を特定しようとする大規模な探索が始まった。理論的には、若い血のなかに成長を促し、機能を高める因子があるか、あるいは古い血に状況を悪化させる因子が含まれているはずだ。
ウィス=コーレイの研究チームは、この両方が正しいことを証明した。2017年に科学誌『ネイチャー』に発表された論文によると、臍帯(さいたい)血漿に含まれるタンパク質が、脳の中でエピソード記憶と空間記憶の形成に重要な役割を果たす海馬の機能を活性化していた。一方、古い血については海馬の活動を抑制するタンパク質を特定した(*11)。このタンパク質を阻害したところ、悪影響の一部が緩和された。
言うまでもなく並体結合の実験で、若い血は老マウスの脳だけでなく多くの臓器の機能を改善した。スタンフォード大学のランドの当初の研究チームのメンバーで、その後ハーバード大学に移ったエイミー・ウェイジャーズは、血液中に何百、何千とあるタンパク因子をスクリーニングして、古い血あるいは若い血により多くみられるものを特定していった。
GDF-11と呼ばれる因子は若いマウスには豊富な一方、老いたマウスには少なく、また心臓組織を若返らせることができた。しかもGDF-11が作用したのは心臓組織だけではなかった。ウェイジャーズらは、GDF-11は老いた筋肉の幹細胞を回復させて強靱(きょうじん)にすることで、筋肉組織の加齢に伴う機能低下を逆行させることを証明した。ハーバード大学の同僚リー・ルービンと行った2つめの研究では、GDF-11が血管と脳の嗅覚ニューロンの成長を促進することを示した(*12)。
加齢とともに幹細胞の数は減少し、機能は低下する。また血液中の因子のなかには幹細胞を再活性化することで機能するものがあるのは明らかだ。しかし老いた血が若いマウスの健康状態を悪化させるのはなぜなのか。
コンボイ夫妻と、同じく有力な老化研究者であるジュディス・キャンピシによる最近の研究では、若いマウスに老いた血を注入すると、血液中の老化細胞が急速に増加することが明らかになった。これは細胞老化が単なる環境によるストレスや損傷への応答でもなければ、長い時間をかけて進展するものでもないことを意味している。急速に誘発することもできるのだ。老化細胞を除去したところ、老いた血が多くの組織に及ぼした悪影響の一部を逆行させることができた(*13)。
血液の研究はアンチエイジング薬開発につながる
血液から有益な効果を得るのに、必ずしも若い個体の血が必要なわけではない。運動はインスリン感受性やミトコンドリアの状態など、代謝のさまざまな側面に確かな恩恵をもたらす。同じように運動プログラムを受けさせた成体マウスの血液は、認知機能を改善させたり、神経細胞を再生したりする効果があることが明らかになった(*14)。ランドとウィス=コーレイは運動したマウスの血液が筋幹細胞を若返らせることも示した(*15)。異なる組織でどのmRNAが作製されるかをもとに若返りの効果を測定するという新手法を使い、若い血と運動した血では働きが違うことを明らかにしたのだ。若い個体との並体結合は炎症を引き起こす遺伝子の活動を抑えるのに対し、運動は加齢とともに低下する遺伝子の活動を増やした。またどちらも脳組織の成長を促進したが、刺激した細胞の種類は違っていた(*16)。
血液中の老化因子を特定し、それらがどのように作用するかを解明することは、今や主要な研究分野となった。科学者たちはいつか本当にアンチエイジング効果のある少数の因子を調合した薬を処方できるようになるのではないかと期待している。
こうした期待は基礎研究を活性化するだけでなく、先駆的研究者たちが設立したものも含めて多くのバイオテック企業の誕生につながった。具体的にどの血液因子を組み合わせると最も効果的なのか、科学的解明が進むなか、しびれを切らす大富豪もいる。彼らは今もドラキュラさながらに若き血に惹きつけられている。
決済代行システム、ブレインツリーの創業者として知られるテック業界の大物経営者で、中年にさしかかったブライアン・ジョンソンは、毎年200万ドルを自らのアンチエイジング計画に投じている。2ダースものサプリを飲み、食生活は厳格なヴィーガン(完全菜食主義)を貫き、テクノロジーオタクらしく3万3000枚を超える自らの腸の画像を含む膨大なデータを集めている。ジョンソンは「健康およびウェルネスのための総合クリニック兼スパ」を標榜するテキサス州のリサージェンス・ウェルネスに足を運んだ(*17)。
17歳の息子タルミッジから輸血を受け、さらに自らの血を自分の父親に輸血するという複数世代間の血液交換をするためだ。「家族総出」という言葉に新しい意味を加える行為である。自身がまったく効果を実感しなかったため息子からの輸血はやめたが、今でも「生物学的高齢者や何らかの疾患を抱える人には若い血漿は有益だ」と考えている。
*2 C. M. McCay, F. Pope, and W. Lunsford, “Experimental Prolongation of the Life Span,” Journal of Chronic Diseases 4, no. 2 (August 1956): 153-58, https://www. sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0021968156900157. この領域を総括した以下の論文に引用されている。M. Scudellari, “Ageing Research: Blood to Blood,” Nature 517, no. 7535 (January 22, 2015): 426-29, doi: 10.1038/517426a.
*3 Scudellari, “Ageing Research,” 426-29.
*4 M. J. Conboy, I. M. Conboy, and T. A. Rando, “Heterochronic Parabiosis: Historical Perspective and Methodological Considerations for Studies of Aging and Longevity,” Aging Cell 12, no. 3 (June 2013): 525-30, doi: 10.1111/acel.12065.
*5 S. A. Villeda et al., “The Ageing Systemic Milieu Negatively Regulates Neurogenesis and Cognitive Function,” Nature 477, no. 7362 (August 31, 2011): 90-94, doi: 10.1038/nature10357; S. A. Villeda et al., “Young Blood Reverses Age-Related Impairments in Cognitive Function and Synaptic Plasticity in Mice,” Nature Medicine 20, no. 6 (June 2014): 659-63, doi: 10.1038/nm.3569.
*6 Conboy, Conboy, and Rando, “Heterochronic Parabiosis,” 525-30.
*7 J. Rebo et al, “A Single Heterochronic Blood Exchange Reveals Rapid Inhibition of Multiple Tissues by Old Blood,” Nature Communications 7, no. 1 (November 22, 2016): art. 13363, doi: 10.1038/ncomms13363.
*8 Rebecca Robbins, “Young-Blood Transfusions Are on the Menu at Society Gala” , Scientific American online, last modified March 2, 2018, https://www.scientific american.com/article/young-blood-transfusions-are-on-the-menu-at-society-gala/.
*9 Scott Gottlieb, “Statement from FDA Commissioner Scott Gottlieb, M.D., and Director of FDA's Center for Biologics Evaluation and Research Peter Marks, M.D., Ph.D., Cautioning Consumers Against Receiving Young Donor Plasma Infusions That Are Promoted as Unproven Treatment for Varying Conditions,” U.S. Food and Drug Administration, press release, February 19, 2019, https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/statement-fda-commissioner-scott-gottlieb-md-and-director-fdas-center-biologics-evaluation-and-0.
*10 Emily Mullin, “Exclusive: Ambrosia, the Young Blood Transfusion Startup, Is Quietly Back in Business,” OneZero, last modified November 9, 2019, https://onezero. medium.com/exclusive-ambrosia-the-young-blood-transfusion-startup-is-quietly- back-in-business-ee2b7494b417.
*11 J. M. Castellano et al., “Human Umbilical Cord Plasma Proteins Revitalize Hippocampal Function in Aged Mice,” Nature 544, no. 7651 (April 27, 2017): 488- 92, doi: 10.1038/nature22067; H. Yousef et al., “Aged Blood Impairs Hippocampal Neural Precursor Activity and Activates Microglia Via Brain Endothelial Cell VCAM1,” Nature Medicine 25, no. 6 (June 2019): 988-1000, doi: 10.1038/s41591-019-0440-4.
*12 F. S. Loffredo et al., “Growth Differentiation Factor 11 Is a Circulating Factor That Reverses Age-Related Cardiac Hypertrophy,” Cell 153, no. 4 (May 9, 2013): 828-39, doi: 10.1016/j.cell.2013.04.015; M. Sinha et al., “Restoring Systemic GDF11 Levels Reverses Age-Related Dysfunction in Mouse Skeletal Muscle,” Science 344, no. 6184 (May 9, 2014): 649-52, doi: 10.1126/science.1251152; L. Katsimpardi et al., “Vascular and Neurogenic Rejuvenation of the Aging Mouse Brain by Young Systemic Factors,” Science 344, no. 6184 (May 9, 2014): 630-34, doi: 10.1126/science.1251141. こうした発見は、以下の論文に非常に読みやすく書かれている。Carl Zimmer, “Young Blood May Hold Key to Reversing Aging,” New York Times online, May 4, 2014, https://www.nytimes.com/2014/05/05/science/young-blood-may-hold-key-to-reversing-aging.html.
*13 O. H. Jeon et al., “Systemic Induction of Senescence in Young Mice After Single Heterochronic Blood Exchange,” Nature Metabolism 4, no. 8 (August 2022): 995-1006, doi: 10.1038/s42255-022-00609-6.
*14 A. M. Horowitz et al., “Blood Factors Transfer Beneficial Effects of Exercise on Neurogenesis and Cognition to the Aged Brain,” Science 369, no. 6500 (July 10, 2020): 167-73, doi: 10.1126/science.aaw2622.
*15 J. O. Brett et al., “Exercise Rejuvenates Quiescent Skeletal Muscle Stem Cells in Old Mice Through Restoration of Cyclin D1,” Nature Metabolism 2, no. 4 (April 2020): 307-17, doi: 10.1038/s42255-020-0190-0.
*16 M. T. Buckley et al., “Cell-Type-Specific Aging Clocks to Quantify Aging and Rejuvenation in Regenerative Regions of the Brain,” Nature Aging 3 (January 2023): 121-37, https://www.nature.com/articles/s43587-022-00335-4.
*17 David Averre and Neirin Gray Desai, “Tech Billionaire, 45, Who Spends $2 Million a Year Trying to Reverse His Ageing Reveals Latest Gadget He Uses That Puts His Body Through the Equivalent of 20,000 Sit Ups in 30 Minutes,” Daily Mail (London) online, last modified April 5, 2023, https://www.dailymail.co.uk/news/ article-11942581/Tech-billionaire-45-spends-2million-year-trying-reverse-ageing- reveals-latest-gadget.html; Orianna Rosa Royle, “Tech Billionaire Who Spends $2 Million a Year to Look Young Is Now Swapping Blood with His 17-Year-Old Son and 70-Year-Old Father,” Fortune online, last modified May 23, 2023, https:// fortune.com/2023/05/23/bryan-johnson-tech-ceo-spends-2-million-year-young- swapping-blood-17-year-old-son-talmage-70-father/; Alexa Mikhail, “Tech CEO Bryan Johnson admits he saw 'no benefits' after controversially injecting his son's plasma into his body to reverse his biological age,” Fortune, July 8, 2023, https:// fortune.com/well/2023/07/08/bryan-johnson-plasma-exchange-results-anti-aging/.
ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/2420円(税込み)

