死ぬ直前まで健康で「若々しい」人が、突然ぱたりと死ぬ。いわゆる「ピンピンコロリ」が理想的な死に方とされるが、果たして本当にそうなのか? 眠るように穏やかに死ぬためには、実は「衰え」が不可欠になる――。ノーベル賞学者ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンの著作『Why We Die(ホワイ・ウィ・ダイ) 老化と不死の謎に迫る』(土方奈美訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
寿命が延びると病気の期間が延びる?
たいていの人は、死そのものより、死に至るまで長々と続く衰えが怖いという。加齢に伴う疾患で弱った状態で過ごす年数を減らし、健康寿命すなわち寿命に占める健康な期間を延ばすというのが有意義な目標であることに異論はないだろう。この目標をジェームズ・フライズは1980年に「有病状態の圧縮」と名づけた(*1)。
リチャード・クラウスナーの表現を借りれば、「誰もがかなり長生きした後に若いまま死ねるようにすること」を目指すのだ。有病状態の圧縮では、2つのことが前提となる。1つは老化プロセスを変更し、老化関連疾患の発症を遅らせられること、もう1つは寿命の長さが固定されていることだ。前者は言うまでもなく、アンチエイジング研究の大部分が目標とするところだ。
しかし後者については議論の余地がある。ここ100年の平均寿命の延びの大部分は、乳幼児死亡率の低下がもたらした。とはいえ、ここ20~30年で糖尿病、心臓血管疾患、癌(がん)を含めて、加齢とともに起こる病気の治療が大幅に進歩した。こうした進歩は必然的に平均寿命を延ばしてきた。
オーブリー・デ・グレイは、寿命延長を否定する老年学コミュニティは偽善的であるという説得力ある主張をしてきた。彼は、老化原因への対処法が見つかれば寿命は必然的に延びるため、有病状態の圧縮は「永遠に夢物語のままだ(*2)」という。現在の自然な寿命の限界は120歳前後であることを受け入れるとしても、その限界の根拠として私たちの複雑な生物学的システムが全般的な機能不全を起こし、衰弱につながっていくというぼんやりとした概念以上のことはよく分かっていない。
デ・グレイが指摘するとおり、寿命の長さがこれ以上延びないという前提で有病状態を圧縮するためには、老化のさまざまな要因を除去あるいは遅らせる一方、最終的に死につながる健康上の問題にはあえて手をつけないことが必要になる。老年学コミュニティにおいてはデ・グレイよりはるかに主流派に属するスティーヴン・オースタッドさえも、老化対策の進展によって、今生きている人の誰かが150歳を超えるまで生きられるという可能性に賭けた。
イギリス統計局のデータは、老化関連疾患の治療法が進歩したことで有病状態が圧縮されるどころか、むしろその逆が起きていることを示唆している(*3)。4つ以上の疾患を抱えた多疾患併存状態の年数が生存期間に占める割合は、低下するどころか若干増加している。
世界各国の推移を扱った国連人口部のレポートも同じような内容で、生存期間と心身に障害のない年数はともに延びているが、生存期間に占める障害年数の割合は低下していない(*4)。要するに私たちの寿命は延びており、そのうち有病状態で過ごす年数の割合は高まっている可能性がある。
「ピンピンコロリ」を目指すのはバカげている
有病状態の圧縮は実現可能なのだろうか。私は初めてこの言葉を聞いたとき、ばかげていると思った。クラウスナーの言うような健康で「若々しい」人が、突然ぱたりと死ぬなんてことがあるだろうか。何の問題もなく走っていた自動車が突然、バラバラになって壊れるようなものだ。
フライズ自身も1980年に初めて発表した有病状態の圧縮についての論文のなかで、これをオリバー・ウェンデル・ホームズ・シニアの1858年の詩「牧師補佐の傑作、あるいは素晴らしき一頭立て二輪馬車」に出てくる馬車にたとえた。すべての部品が同等の強度と寿命を持つように完璧に設計された馬車に、牧師がご機嫌で乗っていると、突然馬車が「まるで泡が破裂するように」一挙にバラバラに崩壊し、気づくと岩の上に座っている(*5)。そんな話だ。
動物のなかには死の直前まで生殖活動を続け、健康で元気に生きる種もある。スティーヴン・オースタッドは著書『 「老いない」動物がヒトの未来を変える 』(黒木章人訳/原書房)の中で、何十年も完全に健康な状態で生き続けた末に死ぬアホウドリについて書いている。とはいえこのアホウドリの最期は、100歳を超えた老人が眠っているうちに静かに息を引き取るといった私たちが望むようなものではない。自然界の生は野蛮で非情である。アホウドリは巣に戻るための長旅に耐えられなくなって苦闘の末に力尽きたり、捕食者に殺されたりする可能性が高い。
狩猟採集の民だった私たちの祖先もおそらく同じように、老年期に長らく有病状態で過ごすことはなかっただろう。たいてい餓死、病死、捕食者に食い殺される、あるいは完全な健康体でなくなった瞬間に他の人間に殺害されたりした。有病状態で過ごす期間はきわめて短かったが、大方の人が望んでいるのはそのような最期ではない。
単に有病状態を圧縮することが目標なら、一気にゼロに縮めるという選択肢もある。オルダス・ハクスリーが1932年に著したディストピア小説の傑作『 すばらしい新世界 』(大森望訳/ハヤカワepi文庫)では、完全に健康な人々が決められた時間にあっさり安楽死させられる。「圧縮」のタイミングを自ら決められないとしたら、そのような世界を多くの人が選択するか分からない。耄碌(もうろく)した状態で何年も生きなければならないとしたら圧縮を検討する人もいるかもしれないが、完全に健康な状態ならば死を望む理由があるだろうか。
ここに挙げた例のように、完全に健康な人が何らかの不愉快な外的要因によって突然死を迎えるというのが真の「有病状態の圧縮」だと私は思わない。
100歳以上の超長寿者の遺伝子から分かること
なんとも救いのない話だが、真の有病状態の圧縮が実現する望みはいくらかある。「ニューイングランド・センテナリアン・スタディ」を率いるトーマス・パールズは、ここ数十年で100歳以上の人口は増えてきたものの、105歳を超える人、110歳を超える人の人数はいずれも増加しておらず、きわめて稀なままであると指摘する(*6)。
医療の進歩と全体的な平均寿命の延びを考えると、矛盾するように思える。100歳を超える人の多くはきわめて長期間にわたって健康を維持するものの、約40%は80歳になる前に加齢に関連する疾患にかかる。
対照的に110歳を超える人たちは、ほぼ人生を通じて健康だ。それがおよそ120歳というヒトの自然な寿命に近づくと、一頭立て二輪馬車のように体の機能が急激に衰えて死亡する。110歳を超える超長寿者たちは可能な限り有病状態を圧縮しながらヒトという種の寿命の限界に近づいていくという事実は、寿命を固定的とする説を支持していると言える(*7)。
超長寿者の遺伝情報、代謝、ライフスタイルを研究することで、死の間際まで健康に生きるのに必要な条件を理解できるかもしれない。何百という遺伝子変化がささやかなかたちで長寿に寄与していて、超長寿を可能にする魔法のような遺伝子の組み合わせといったものは存在しないのかもしれない。
しかも科学者たちはきわめて人工的な環境で寿命を延ばす個別の遺伝子を特定することには成功したものの、こうした変異体が野生種の線虫やハエにはかなわないことも分かっている。これらの遺伝子変異が寿命延長以外の面で健康にマイナスであるためだ。
同じように100歳以上の人口ではAPOEという遺伝子に突然変異のある人の割合が高く、それはアルツハイマー病を防ぐのにも役立つと考えられているが、同じ遺伝子変異は転移性癌のリスクを高めるほか、新型コロナウイルスに感染した場合に死亡する確率も高めていた(*8)。
このような研究結果は、未来の医学進歩を使って超長寿命のヒトを創り出すという夢に水を差す。長寿にかかわる遺伝子変異は、予想もつかないかたちで私たちを脆弱にする可能性がある。
いずれにせよ超長寿の人たちでさえ健康状態は20代の頃とは比較にならず、また外見的にも若者と間違えられるようなこともない。彼らにも老いは見られ、次第に弱っていく。
122歳まで生きたジャンヌ・カルマンは晩年、耳が聞こえず、目も見えなかった。何をもって健康体というのか、あるいは有病状態ではないというのかは、よく吟味する必要がある。
老化研究への投資は今後10~20年で結実
死という概念を定義するのは簡単だが、有病状態ははるかに曖昧だ。病気にかかった状態と定義されるものの、糖尿病、高血圧、アテローム性動脈硬化といった慢性疾患の多くは薬で治療でき、患者は完全に正常で満足のいく生活を送ることができる。私は慢性疾患と見ることもできる高コレステロールと高血圧を抑える薬を飲んでいるが、サイクリングやハイキングなど好きなことはたいていなんでもできる。
病気の診断を受けたことを単純に有病状態とカウントしても、その人物がそれなりに健康的な生活を送っているのか、それとも衰弱してやりたいこともできず病に苦しんでいるのか、実像をとらえたことにはならない。高齢期の有病状態に関する統計は、慎重に見ていく必要がある。
今日の老化との戦いは多岐にわたる。一方の極には死そのものを完全に打ち負かしたいと願っている、著名な科学者や投資家を含む少数だが声の大きいマイノリティがいる。彼らには大規模なカルトのようなフォロワーがいる。この目標を支持するものの公に口にするのは恥ずかしいという人はもっとずっと多いのではないか。
もう一方の極には高齢期の個別の疾患を、その原因に関する知識に基づいて治療することに専念する人々がいる。そして両極のあいだの広大な空間には、老化と直接対決することで有病状態を圧縮し、高齢期まで健康的な生活を送れるようにしようとする人々がいる。
今日、政府と民間の営利企業が老化研究に莫大な資金を投じている。これから10~20年でそれらが実を結ぶのか、結ぶとすればどの程度かがはっきりするだろう。試みの一部でも成功すれば、社会に重大かつ予測不可能な影響を及ぼす可能性がある。
*2 A. D. de Grey, “The Foreseeability of Real Anti-Aging Medicine: Focusing the Debate,” Experimental Gerontology 38, no. 9 (September 1, 2003): 927-34, doi: 10.1016/s0531-5565(03)00155-4.
*3 “Health State Life Expectancies, UK: 2018 to 2020,” Office of National Statistics (UK) online, last modified March 4, 2022, https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/healthandsocialcare/healthandlifeexpectancies/bulletins/healthstatelifeexpectanciesuk/2018to2020.
*4 Jean-Marie Robine, “Aging Populations: We Are Living Longer Lives, But Are We Healthier?” United Nations Department of Economic and Social Affairs, Population Division, online, September 2021, https://desapublications.un.org/file/653/download.
*5 Oliver Wendell Holmes, The Deacon’s Masterpiece or the Wonderful One-Hoss Shay, Cambridge, MA: Houghton, Mifflin, 1891. With illustrations by Howard Pyle. Reproduced in http://www.ibiblio.org/eldritch/owh/shay.html.
*6 2021年11月27日、パールズから筆者への電子メール。
*7 S. L. Andersen et al., “Health Span Approximates Life Span Among Many Super-centenarians: Compression of Morbidity at the Approximate Limit of Life Span,” Journals of Gerontology: Series A 67, no. 4 (April 2012): 395-405, doi: 10.1093/gerona/glr223.
*8 P. Sebastiani et al., “A Serum Protein Signature of APOE Genotypes in Centenarians,” Aging Cell 18, no. 6 (December 2019): e13023, doi: 10.1111/acel.13023; B. N. Ostendorf et al., “Common Germline Variants of the Human APOE Gene Modulate Melanoma Progression and Survival,” Nature Medicine 26, no. 7 (July 2020): 1048- 53, doi: 10.1038/s41591-020-0879-3; B. N. Ostendorf et al., “Common Human Genetic Variants of APOE Impact Murine COVID-19 Mortality,” Nature 611, no. 7935 (November 2022): 346-51, doi: 10.1038/s41586-022-05344-2.
ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/2420円(税込み)

