長期金利が上昇する中、日本財政は厳しい状況にあります。日本の税収は円建てでこそ増えましたが、ドル建てでは10%も減少しており、その現在地を解説します。書籍『インフレ・円安・バラマキ・国富流出』(佐々木融 著)から抜粋・再構成。

円買い介入には限界がある(写真:Mitchell/stock.adobe.com)
円買い介入には限界がある(写真:Mitchell/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

日本の税収は米ドル建てでは減少している

 時折、「自国通貨安は、近隣窮之化政策となり、日本にプラスとなる」などの議論も聞かれます。しかし、それは日本が貿易黒字国で、輸出競争力があった時代の議論です。今は円安で日本が窮之化してしまっています。

 また、「円安で企業収益が増え、税収が増えていることも、円安のメリット」として指摘する声もあります。しかし、それはトルコやアルゼンチンも同様です。

 日本の税収は2024年までの5年間で17兆円近く増えていますが、米ドル建てで見ると10%程度減少しています。弱くなった自国通貨で換算すると数字が大きくなることに意味はありません。

 多国の例であれば冷静にそう考えられるのに、自国の場合になると良い方に考えたくなるのは仕方ないかもしれませんが、ここは冷静に分析する必要があります。

円買い介入には限界がある――日本は通貨危機の1、2歩手前にいる

 「円安が進み過ぎたら、また円買い・米ドル売り介入をすればよいのでは」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、円買い・米ドル売り介入には明確な限界があります。それは、日本が保有する外貨準備の額です。

 日本は2025年11月末時点で1.4兆ドルの外貨準備を保有しています。そのうち金、SDR等を除いて、円買い介入に使える外貨は1.2兆ドルです。1ドル=150円で計算すると180兆円です。多いように見えるかもしれませんが、日本の家計は今でも1100兆円以上の現金・預金を保有していて、これがインフレで毎年実質的に目減りしていることに徐々に気が付き始めています。

 仮に家計が10%でも日本円の現金・預金から外貨建て資産に資金シフトさせようものなら、110兆円の円売りにつながり、数十円単位の円安圧力になります。外貨準備は全部使うわけにはいきませんので、こうした資金シフトに伴う円安圧力を止めることはできないでしょう。

 日本は2022年と2024年に合計24兆円あまりの円買い・米ドル売り介入を行いました。それでも結果的に元の円安水準に戻ってきています。

円買い介入額と米ドル/円相場
円買い介入額と米ドル/円相場
画像のクリックで拡大表示

 ただでさえ対外直接投資、貿易・サービス赤字、対外証券投資に絡む円売りは毎年30兆円程度が出ていると考えられます。つまり、再び20兆~30兆円の円買い介入を行っても、時間が経てば吸収されてまた円安圧力が強まるのです。

 もし、次に円買い介入を行ってもあまり効果がないとマーケット参加者に見透かされた時、今度は世界の投機筋が本当に円の売り仕掛けをする可能性が出てきます。そうなるともはや円売り圧力を止める術がなくなります。新興国で時折起こる通貨危機はこうして発生します。日本はその1、2歩手前にいるだけかもしれません。

 ちなみに参考までに記しておくと、1990年代~2000年代に行われた、円高を止めるための円売り介入には限界はありません。私も90年代半ばに日銀の為替課の職員として大量の円売り介入に携わりました。円売り・外貨買い介入は、日本の政府短期証券を発行して円を調達して、それを外国為替市場で売って外貨を買います。ですので、基本的には限度がありません。

 1990年代半ばに介入を行っていた当時の上司は「円売り介入はまだよいけど、円買い介入をやらなくてはならなくなった時は大変なことになる」と当時から言っていました。30年後、まさに大変なことになりそうになっています。

円安は経済的強者にはプラス、経済的弱者にはマイナス

 日本は長い間「円安は日本経済にとってプラス」と考えて、円安を促すような政策を採ってきました。円安の方が日本経済にとってプラスという考え方の背景はいくつかあります。

 まず1つ目。日本は以前、貿易黒字国で輸出の方が輸入より多かったからです。相殺して考えれば、円安が輸入に与えるマイナス面(輸入のための円建ての支払い額が増える)よりも輸出に与えるプラス面(輸出による円建ての受取額が増える)の方が大きかったからです。結果的に円建ての企業収益が膨らみ、株価が上昇します。

 円安が日本経済にとってプラスという考え方の2つ目は、円安になると日本の輸出品の海外での競争力が強まるということです。円安になれば、輸出先での外貨建ての値段を引き下げても円建ての受取額を同じにすることができます。

 3つ目の考え方としては、日本は大きな対外純債権国、つまり海外に資産を多く保有しているということが挙げられます。円安になれば、その円建ての評価額が膨らみます。

 一方、円安にはマイナス面もあります。まず1つ目は、以前と異なり日本は貿易赤字国になっているということです。円安が輸出に与えるプラス面(輸出による円建ての受取額が増える)よりも、輸入に与えるマイナス面(輸入のための円建ての支払い額が増える)の方が大きくなっています。前述したように、日本は生活必需品の貿易赤字が膨らんでいますからなおさらです。

 2つ目はインフレ圧力が強まります。日本は生活必需品以外にも多くのものを輸入しています。円安になれば輸入コストが高くなりますから、日本国内でのインフレ圧力を強めます。

 円安は日本経済にとって本当にプラスなのでしょうか。私はその答えは人によって異なると思っています。もしあなたが輸出企業のオーナーか、輸出企業の株を比較的多く持っていたり、外貨建て資産を多く持っていたりするようであれば、円安はあなたにとってプラスです。多いか少ないかの目安になるのは、「あなたが保有するそうした資産と年間の生活費が同じくらいかどうか」が基準になるかと思います。

 もし、そうした資産をそれほど保有していないのであれば、円安はあなたにとってマイナスです。つまり、円安は経済的強者にとってはプラスですが、経済的弱者にとってはマイナスだと思います。たとえばあなたが株や不動産などの資産を大して保有していないのに、インフレや円安を背景に名目値だけ上昇している賃金や株価を見て景気が良いと感じてしまっても、それと同時にあなたの預金は実質的に目減りしていってしまっています。

為替の第一人者が、円安の根本原因を解き明かし、今後起こりうるシナリオと防衛策を提示する。静かに進行する危機の本質を把握し、インフレの時勢を生き抜くための一冊。

佐々木融/日本経済新聞出版/1100円(税込み)