インフレ対策としての減税は、さらなる物価高を招き、貧富の差も拡大させる点でも、逆効果な政策である。供給不足が招くインフレ下で需要を刺激すれば、物価上昇圧力はさらに強まるからだ。書籍『インフレ・円安・バラマキ・国富流出』(佐々木融 著)から抜粋・再構成。

インフレ対策としての減税は逆効果だ(写真and4me/stock.adobe.com)
インフレ対策としての減税は逆効果だ(写真and4me/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

減税は逆効果、一段とインフレが強まってしまう

 今の日本のインフレに対応するための政策は、たしかに「利上げ」が最善の政策ではないのかもしれませんが、少なくとも減税や補助金の支払いで解決するようなものではありません。本来は供給を増やす政策を行うべきだと思います。つまり、中央銀行の金融政策ではどうにもならないということです。また、円安もインフレのひとつの原因ですので、それに対処するには日本銀行による利上げで実質金利をプラスに戻すしか手段はないと思います。

「今の日本のインフレはコストプッシュインフレだから金利を引き上げるのは間違っている」という議論を耳にします。私もその意見に全面的に反対なわけではありません。ただ、だからといって、ディマンドを増やすような減税や補助金の支払いをする政策は逆効果にしかならないと思います。

 インフレはモノやサービスの需給がひっ迫する時に起きます。供給が少なくて需給がひっ迫したり、供給側の価格が上昇することによって起こるインフレを「コストプッシュインフレ」と言います。一方、需要が多いことにより需給がひっ迫して起こるインフレを「ディマンドプルインフレ」と言います。しかし、こうした言い方は、どちらに注目しているかだけの話ではないでしょうか。

 現在のインフレは、たしかに供給側の要因で起きているのかもしれませんが、同時に「供給が少ない割に需要が強い」とも言えます。少なくとも、供給側の要因でインフレが起きている時に、さらに需要を増やすような政策を行えば、一段とインフレ圧力が強まるのは自明のことではないかと思います。

日銀の国債大量購入がもたらす格差拡大

 政府の借金が大きく膨らんでいること自体が問題なのではなく、金融緩和政策の一環として、そして長期金利を低位にコントロールするという目的のもとで、日本銀行が大量に国債を購入してきたことが問題だと思っています。

 そして中央銀行が大量に国債を購入することの問題は、貧富の差の拡大もあります。図表の左側は普通の国の場合です。

普通の歳出と中央銀行にファイナンスされた歳出の違い
普通の歳出と中央銀行にファイナンスされた歳出の違い
画像のクリックで拡大表示

 政府が困っている人に援助をしたいと考えた場合、通常は国内投資家向けに国債を発行し、そこで得た資金を困っている人に配布します。したがって、イラストからも分かる通り、点線で囲った民間が保有する預金額は全体としては変化しません。私はこういう形であるなら、ある程度困っている人に補助金を配ってもよいと思います。あまりやり過ぎると投資家が高い金利を要求するので政府にも一定の規律が生まれますし、お金の量が増えないので、お金の価値が下がりません。

 一方、図表の右側が日本の場合です。政府が困っている人に援助したいと考えると、日銀が国債を購入して、それで得た資金を困っている人に配布します。実際には日銀は政府から直接は購入せずマーケットを通していますが、それはテクニカルな話で実際に買っているのとあまり大差はありません。この結果、イラストからも分かる通り、点線で囲った民間が保有する預金額は全体として増えることになります。紙幣は単なる紙切れですので、大量に配ればその分価値は低下します。つまり、物価は上昇します。

 コロナ禍では米国やその他の主要国も多かれ少なかれ同じことをやったのですが、今は中央銀行が保有する国債の額を大きく減らす方向で動いています。日銀の場合はコロナ禍以前からこうした動きを続け、やっと国債の額を減らす方向で動き始めたのですが、動きはわずかにしか進んでいません。

バラマキ政策で本当に困るのは低所得者層

 この政策が続くと誰が一番困るでしょうか。一番困るのは実はインフレで困っている低所得層なのです。日銀が紙幣を刷って、それを政府が国民に配ると結局インフレ率が上昇して、インフレで困っている人はさらに困ることになります。加えて、配られたお金がどこに流れるかというと、最後は投資家・資本家といったお金持ちの預金口座に集まっていくことになります。

 配られたお金は増税でもされない限り、民間の預金口座からはなくなりません。困っている人が受け取ったお金をスーパーで使ったら、そのお金はそのスーパーのオーナーの預金口座に入ります。もちろんスーパーでいつもより多く野菜や肉を買ったら、農家や酪農家の預金口座にも入りますが、農家や酪農家もスーパーで買い物をするのでスーパーのオーナーの預金口座に入ります。スーパーのオーナーはいつもの買い物客がいつもより多く買い物をしてくれたので、預金が増えます。そこで、その増えた預金で前から欲しかった高級車を買うとします。そうすると、もともと困っていた人に政府が配ったお金は高級車のディーラーの経営者の預金口座に入ることになります。

 このように、実は困っている人に配ったつもりのお金は、最後はお金持ちの預金口座に集まっていきます。図表の左側の普通のケースでは、預金額全体が増えない中で、政府が仲介者となってお金がぐるぐる回ります。少なくともインフレになりにくいので、貧富の差はそれほど開きません。

 しかし、右側の日本のような場合は、インフレ率が上がるので困っている人はより困ることになります。一方、お金持ちの口座にはお金が集まりますので、インフレになってもそれほど困らないことになります。さらに、通常お金持ちは資産を保有しています。インフレになると資産価格が上昇するので、お金持ちはよりお金持ちになります。困っている人にお金を配ったつもりでも、実はそれが貧富の差の拡大要因になっているのです。

「10億円以上の残高がある預金口座」が最も増えている

 日本銀行が公表しているデータによると、国内の銀行に預金されている個人口座の中で、10億円以上預金されている口座数は2019年以降で見て85%も増加しています。次に多いのが3億円以上10億円未満の預金が入っている口座(70%増)、次が1億円以上3億円未満の預金が入っている口座(68%増)となっています(金額ベースで見ても似たような傾向となります)。アベノミクス以降とそれ以前も比べてみました。アベノミクス以降とその前の10年間で比較すると、圧倒的に高額預金の口座数が伸びていることがわかります。

 インフレや賃金上昇が影響しているのであれば、300万円未満のカテゴリーが減って、300万円以上1000万円未満や1000万円以上1億円未満のカテゴリーが増えるだけでしょう。それが1億円以上の預金口座がこれだけ増えるのは、やはり前述した通り、ばら撒いたお金が一部の資本家・投資家に集まっているからだと思われます。

為替の第一人者が、円安の根本原因を解き明かし、今後起こりうるシナリオと防衛策を提示する。静かに進行する危機の本質を把握し、インフレの時勢を生き抜くための一冊。

佐々木融/日本経済新聞出版/1100円(税込み)