残念ながら、現在の国際社会では警察役を果たす国や機関がありません。国際秩序や平和維持には大国間のパワーバランスが必要ですが、歴史を振り返ると、大国の指導者の発言がきっかけとなって、戦争に至った例も少なくありません。田中孝幸氏の新刊『世界を解き明かす 地政学』(日本経済新聞出版)から本文を抜粋し、国際情勢を読む解くための地政学の視点と知識を紹介します。

平和はバランスから生まれる(写真:Musa/stock.adobe.com)
平和はバランスから生まれる(写真:Musa/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

大国のパワーバランスの崩れに付け込もうとする国が戦争を引き起こす

 日本を含めた先進国では、警察の存在が犯罪を押さえこむのに貢献しています。もし治安機関がなくなれば何をしても罰せられなくなるので、必ず犯罪は増えます。これは人間の悪への欲望に対する抑止力がなくなり、力のバランスが崩れた状態といえます。

 国際社会では警察官役を果たす国や機関はありません。国連の安全保障理事会にその役割が期待されましたが、その中核メンバーが侵略に及べば罰するすべがないのが実情です。

 2014年にはロシアがウクライナ南部・クリミア半島を一方的に併合しましたが、国連もどの国もそれに有効な手を打ち出せず、いまだに占領は続いています。

 警察官役がいない国際社会の平和を保つために最も重要なのは、大国間の力のバランスを保つことです。大国がお互いをけん制し、侵略に大きな代償がともなうようにすれば戦争は起きにくいからです。

 歴史を振り返ると力のバランスが崩れた際、それをチャンスとみて付け込もうとする国が戦争を引き起こしてきました。また、大国がある地域から手を引いて力の空白が生じると誤解され、戦争に至った例も少なくありません。

大国が対応をあいまいにしておくことも戦争を回避する

 1950年にはアメリカのアチソン国務長官(当時)が演説で、朝鮮半島を含めない防衛ラインを発表しました。これは北朝鮮がアメリカの不介入を当て込んで、戦争を始める大きな要因になりました。

 2021年冬には当時のバイデン大統領が、ロシアが侵略した際のウクライナへの派兵など大規模な支援の可能性を繰り返し否定しました。

 ロシア側はこれをアメリカが傍観すると解釈し、翌年春のウクライナ侵略に突き進むことになりました。バイデン氏が対応方針をあえてあいまいにしておけば、ロシアの侵略を押しとどめる要因になったのは間違いありません。

 トランプ大統領は25年11月のインタビューで、中国が侵攻した場合にアメリカ軍を台湾防衛に派遣するかは「秘密は明かせない」と明言を避けました。対応をあいまいにしておくことで、緊張を高めずに戦争を抑止する狙いがあります。

 一方で、力のバランスだけを重視する戦略には軍拡競争を招くデメリットがあります。軍事費は国と国との間の信頼度が低下すればその分、増加する性質があります。

 国民生活に重荷となる軍事費を減らしていくためには、官民の交流を活発にして国民の間の信頼度や相互理解を高める地道な取り組みが求められます。

世界を見る解像度が上がる、最高の入門書!

台湾問題やロシアのウクライナ侵攻、グリーンランド問題など、地政学の視点が必要となるニュースが年々増え続けています。戦後80年で世界は再び、大国が勢力圏拡大にしのぎを削る時代に入ったようです。これからさらに紛争が増える時代になるのでしょうか? すべてのニュースには、背景や理由があります。本書は国際情勢のポイントを網羅する1冊です。ぜひ手に取って知識を深めてください。

田中孝幸著、日本経済新聞出版、1980円(税込み)