人間はあいまいな状況が苦手です。しかし私たちの日常には、「情報過多」「どっちつかず」「初めての経験」など、あいまいで不確実なシーンが数多く訪れます。では、どうすればあいまいな状況でも冷静に判断し、よりよい未来に近づくことができるのでしょうか? 今回は、状況が人間の心に与える影響についての話。『「答えを急がない」ほうがうまくいく』(三浦麻子著/日経BP)から抜粋・再構成してお届けします。

状況が変われば、思考も行動も変わる

 私たちは常に自分の周囲を取り巻く状況に影響を受けながら生きている……というと、世間に流されるとか、いつもつるんでいる友人に影響されるとか、時代の風潮とか、そういったことを思い浮かべるかもしれない。
 しかし、そのような自覚できる影響だけではない。
 もっと日常的に私たちは状況に影響されている。

 同じ人間でも、違う状況に放り込まれれば、いつもと違う行動を見せたりもする。
 時には人格が変わってしまったかのように見えることすらあるかもしれないが、それは、人が変わってしまったり、おかしくなってしまったりしたわけではない。人の思考や行動は状況によって影響されるのだから、状況が変われば思考や行動も変わるのは、ある意味、当然のことだ。

行動の観察を通して心を知る

 コロナ禍になって、普段はあまり見られない行動をする人が続々と現れた。大学生が感染症にかかったからといって、その学生が所属する大学に苦情の電話をかける人はこれまではあまりいなかっただろう。
 しかしコロナ禍というこれまでに経験したことがないほど劇的な状況の変化が人の行動を変えた。その影響力は、もともと不安を抱きやすいとか、激しやすいといった心の傾向がある人たちを、大学への苦情の電話という直接的な行動を取るところに至らしめるくらい強かったのではないだろうか。

 社会心理学者という仕事をしていると、時にはマスコミから取材の申し込みを受けることがある。
 コロナ禍でよく聞かれたのが、「どうしてこんなに人がおかしくなってしまったのでしょうか」という質問だった。そのたびに、人がおかしくなったのではなく、状況がおかしくなったのだと説明するのだが、あまり納得してもらえない。

 もし、人間の心が周囲の状況から影響を受けないのだとしたら、実験室に閉じ込めていろいろ調べていれば事足りる、かもしれない(倫理的には問題があるが)。だけど、当然ながら、実験室にいるときと外にいるときとでは、心の状態は変わる。
 コロナ禍や地震などの不確実性の高い状況の中にいるときと、平時とでは、人々の心の状態は変わるし、行動も変わってくる。

(写真:Lahiru/stock.adobe.com)
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 ここでいう状況というのは、私たちが生きている現場に関わるありとあらゆることを指している。
 場所、そこに存在しているもの、そして他者の存在も状況である。立場や持ち物や時間に余裕があるかどうかも、状況に含まれる。

 状況が変わると、人の心はどう変わるのか。
 それを行動という、外から観察可能な指標によって研究していくのが、社会心理学だ。

 社会心理学ではひとりの心理を深く掘り下げるというよりは、多くの人からデータを取ることが多い。
 個人差のある心の働きを、行動という個人差のある指標で観察するので、少ない人数だと何らかの傾向が見出されづらい。大量のデータを取って統計的に解析すれば、調べたいこと以外の差異は影響が相殺されて目立たなくなり、調べたいことの傾向が(あれば)浮かび上がってくる。

確率として得られるデータをどう読むか

 あらゆる人間が、状況Aでは必ず行動Aを、状況Bでは必ず行動Bをとる、ということはまず考えられない。ただし、そのようなデータが得られる可能性がゼロだとは言い切れないし、そういうデータが得られたとして、常に(いつデータを取っても)そうだというわけでもない。

 状況Xでは、行動Aをとる人が30%、行動Bをとる人が70%だとしても、状況Yでは、行動Aをとる人が70%、行動Bをとる人が30%となることがある。このように、状況Xと状況Yでは人々の行動傾向が異なる(当然、状況に動かされない人もいるし、動かされる人もいるが、全体的には傾向が違う)。
 ただしこれもまた、常に(いつデータを取っても)そうだというわけではない。

 何だかすっきりしない話だと思う人もいるかもしれないが、心というあいまいなものを扱う以上、明確な答えを出すことは難しい。
 しかし、だからといって、このような研究に意味がないわけではない。確率的な心の働きの傾向を知ることで、心とうまく付き合っていくことができるからだ。
 確実ではないが、何もないよりは事前予測の成功率は高まる。
 天気予報を見て、傘を持っていくかどうかを決めるようなものだ。降水確率70%というデータに、降るのか降らないのか、どっちかはっきりしないなら意味がないと怒る人は(たぶん)いない。
 もし、そんなデータには意味がないと思うのなら利用しなければいいが、多くの人はその確率を見て、雨が降ったときに備えた行動をとるだろう。

(写真:Nima/stock.adobe.com)
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「どのくらいあいまいなのか」を知ることの重要性

 確率というのは、どのくらいあいまいなのかを示すためのデータだと言える。
 統計的に人の心を調べるというと、人間の個性や繊細な心の機微を数字に置き換えて切り捨てるといったイメージがあるかもしれないが、研究自体にそういう側面があるというよりは、確率で表される結果を単純に解釈してしまったときに、切り捨てて見えなくなるものがあるのだと考えていただきたい。

 社会心理学を研究するにも、その成果を活用するにも、あいまいさに耐える力が必要になってくる。
 いや、社会心理学に限らず、科学的研究すべてに言えるかもしれない。まだ誰も分かっていないことを探究する過程は、あいまいさの中でもがくことだからだ。
 科学的研究とは、不確実なものを確実にしようとする営みだと言える。結論はなかなか出ない。実験や思考を重ねて答えらしきものが見つかっても、本当にそれが正しいのかを疑って、何度も検証しなくてはならない。
 あいまいさに耐えられず、手っ取り早く分かりやすい答えに飛びついてしまいたくなる誘惑に負けると、データの捏造(ねつぞう)問題が起きたりすることもある。

(写真:naka/stock.adobe.com)
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人間はあいまいな状況に、不安を感じます。しかし私たちの日常には、不確実なシーンが数多く訪れます。すると人間は答えを急いで、あいまいな状況から抜け出して不快を回避しようとしますが、それが「よりよい判断」につながるとは限りません。では、どうすれば冷静に判断し、よりよい未来に近づけるのでしょうか。本書は社会心理学の観点からこの疑問に答えます。知識を深めながら、考え方や行動を見直すきっかけになる1冊です。

三浦麻子著/日経BP/2090円(税込み)