2025年2月13日に『「答えを急がない」ほうがうまくいく あいまいな世界でよりよい判断をするための社会心理学』(日経BP)発売を記念して、X(旧Twitter)のスペースでトークイベントを開催し、著者の三浦麻子さん(大阪大学大学院人間科学研究科教授)、ライターの寒竹泉美さん、編集担当の志摩麻衣の三者が、本書のテーマから本づくりの舞台裏まで語り尽くしました。その内容を紹介します。その1回目は、社会心理学とはどのような学問か、それを生かした本書の特長について。

社会心理学を通して世の中を見る

編集担当・志摩麻衣(以下、志摩) 日経BPの志摩と申します。今日は『「答えを急がない」ほうがうまくいく』の著者である大阪大学大学院人間科学研究科教授の三浦麻子さんと、本文の執筆と構成を担当してくださったライターの寒竹泉美さん、編集担当の私の3人で、この本の魅力や舞台裏をいろいろとお届けします。では、まずお2人に自己紹介をしてもらい、その後はスペースに慣れている寒竹さんに司会をバトンタッチしたいと思います。まずは三浦さんから自己紹介をお願いします。

著者・三浦麻子さん(以下、三浦) この本の著者ということになっている三浦麻子と言います。社会心理学者です。コミュニケーションが新しい「何か」を生み出すメカニズムを解明することに関心を持ち、いろんな研究をしています。研究やデータが大好きで、他には阪神タイガース、競馬、クラシック音楽、ハワイも好きです。

ライター・寒竹泉美さん(以下、寒竹) 京都でサイエンスライターと小説家をしている寒竹泉美です。この本にライターとして関わっていて、著者がいるのにライターって何と思われたかもしれませんが、今回は後半でこの本がどのように作られたかもお話しします。日頃培ったライターのインタビュー力とツイ廃(ツイッター廃人)力を生かして、司会進行役を名乗り出ました。まずはこの本がどんな本なのか、3人でそれぞれ紹介しましょう。志摩さんからお願いします。

志摩 この本のテーマは「あいまいさに耐える力」です。人間はあいまいな状態が苦手で、次に何が起こるのか予測できない状態に、不安や命の危険さえ感じるのが本能です。しかし、私たちの日常には不確実なシーンが数多く訪れるため、人間は答えを急ぎ、あいまいな状態から抜け出そうとする性質があり、それがよりよい判断につながるとは限らない。では、どうすればあいまいな状態でも冷静に判断し、よりよい未来に近づけるのかという疑問に答えているのがこの本です。三浦さんがお持ちの社会心理学の知識や考え方に加えて、研究の舞台裏やユニークな実験結果など学術的な背景も分かりやすく紹介しています。知識を深めながら、自分の考え方や行動を見直すきっかけになる1冊です。

寒竹 志摩さんがまじめに紹介してくれたので、私たちは好き勝手に紹介しましょう。

三浦 私は社会心理学がすごく面白い学問だと皆さんに知ってもらいたくて、本を作りました。社会心理学って、身近な家族や友達との付き合い方から、これからの世界や日本はどうあるべきかというようなすごく広いところまで、つまりミクロからマクロまで、社会の中のあり方をどう見るか、どう考えるかということを、1つの視点から見るのが面白いんです。

大阪大学大学院人間科学研究科教授の三浦麻子さん
大阪大学大学院人間科学研究科教授の三浦麻子さん
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寒竹 「答えを急がないほうがうまくいく」というタイトルで、ビジネス書の構えをしているけれど、三浦さんの研究成果や話をいっぱい聞かせてもらい、私自身がすごく面白く学ぶことができたので、この1冊を読めば1年間授業を受けたように身につく本になっています。身のまわりの出来事、具体的には新型コロナウイルス禍や阪神タイガース、夫婦別姓制度、パワハラなど、日頃ニュースでも見聞きする問題を社会心理学の視点で見るとどうなるかということも分かる、超実践的な本です。

サイエンスライターの寒竹泉美さん
サイエンスライターの寒竹泉美さん
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三浦 阪神がなぜ優勝したかまで語ってやるぞ、というくらいですからね。夫とのやり取りとか身近なところも書かれて(笑)。

寒竹 自己啓発書というと、こうしなさい、ああしなさいという本も多いのですが、そういう本ではないんですよね。

三浦 私は誰かに、ああしろこうしろと言われるのが嫌いなので、人に言うこともない。

寒竹 だから、あいまいな状態に耐えたほうがうまくいくっていうのが本のコンセプトですけども、そこまで主張したいわけでもなくて。

三浦 考えたほうがいいこともあると思うよ、みたいな感じですかね。

志摩 いわゆるノウハウみたいなものをはっきり示している本じゃないけど、寒竹さんの書きっぷりで、文章を読む楽しさにも気づかせていただける工夫が全ページにわたってちりばめられています。「なんか読みたい」という人にもピッタリで、楽しんでいただける本になったと思っています。

三浦 発売前に私をよく知る方々にお渡ししたのですが、皆さん一気に読んだと言ってくれることが多いですね。

寒竹 まさに、「答えを急がないほどうまくいく」ということで、本も文字を追って自分の中で体験していくことで、主張が染み込んでくることがあります。

志摩 読んで知っていただくところから違う世界に入っていけるし、読んだ後に見える世界が変わっていくというビフォーアフターを私は確実に感じました。

人の心の働きと行動に関する学問

寒竹 先ほどから「社会心理学」と言ってますが、心理学というと、カウンセリングや心の病の治療といった臨床心理学を思い浮かべる人が多いかもしれません。社会心理学とはどういうものなのか、三浦さん、解説をお願いします。

三浦 おっしゃる通り、臨床心理学もメインストリームの1つで、心が病んだときやストレスがかかったときにどうしたらいいのかを扱う心理学です。一方、社会心理学は、ごく普通のときの人の心の働きや、それに伴う行動に関する心理学です。病になったときは一人ひとり症状も原因も違うので、その人個人を深掘りしていくことが重要です。一方で平時の社会心理学は、深掘りするよりも、「おしなべてこういう傾向があります」と語ることに重きを置いています。

 この本も、どういう環境や状況に置かれているかで自分の心の動きやそれに伴う行動が変わるという、状況の力がメインのテーマになっています。その人がどうかというのももちろんあるけれど、こういう人がこういう状況にいるとこうなるという掛け算で考えるのが社会心理学です。

寒竹 社会心理学を知っていくと、すごく客観的になるというか、自分の性質や性格がこうだからこうなるんだと思うよりも、この状況だからこうなるよねという感じで、すごく楽になりました。

三浦 うんうん。

寒竹 あと、なんとか現象のように、こういうときにこういうことが起こると1対1で思っていたものが、確率論というか、天気予報のように確率80%みたいな感じで、白黒ハッキリつかないあいまいさの中で自分の状態や状況を把握する、あいまいなところに頑張って立つということも、この本を通してよく分かりました。

志摩 私は社会心理学という学問のことを知らないままご一緒して、「状況によって、人間の考えることや行動が変わっちゃう」と知ることができてよかったと思いました。この本の原稿を初めて読んだときに思い出したのが、アメリカのバラエティー番組でした。家族の困った行動をお助けしますという趣旨の番組で、「うちのママはときどき街中でも洋服を脱ぎたがってすごく困ってる」という家族が出ていました。

 お母さんの困った行動を直すのがゴールで、私の感覚だったら、うちの母親は変だってなるけど、そのご家族の皆さんは、私たちはママのことをすごく愛しているのに、ママはこういうときにおかしくなっちゃうんだ、それを直してもらったらもっとママのことを好きになれるのにって言うんです。ママのせいというより、ママがなんでこうなっちゃうんだろうという状況に注目した捉え方だったなと、今思うと社会心理学と一致して。人間関係や身近な人とのコミュニケーションにおいて、その視点があるかないかで全然違うなと思いました。

この本は「究極のビジネス書」!?

三浦 私は社会心理学的な考え方が身についちゃってるけど、ずいぶん前に、職場の大先輩の社会心理学者に言われたことが印象に残っています。職場の中で人間関係はいろいろあるけど、誰でもいいところも嫌なところもあるから、「ここでは自分のいいところをどんどん出していこう」と思える場を作ることが一番大事だと。誰がいいとか、この人のここが嫌みたいに個人のことを言うんじゃなくて、その人のいいところが出せる場を作ろうとおっしゃっていて、それはすごくそうだと思いました。

 私自身も嫌なところがあるし、でもここはいいところと思ってることもあって、その後者を出せる状況を作るためにはどうしたらいいかをみんなで考えるのが生産的だと思うんです。これも結局のところ、社会心理学の考え方なのかなと思っています。

寒竹 いろいろな人が力を発揮できる場を作るとか、本当にビジネスに直結する、これこそ究極のビジネス書なんじゃないかな。

三浦 ビジネスにも役に立つし、身近な人間関係の中でも役に立つし、あるいは社会って何だろうと考えるときにもひょっとしたら役に立つかもしれないなと思いながら、テーマをピックアップしていきました。

寒竹 自己啓発って、自分を啓発するのもいいけど、状況を変えた方が早いことも。こういう状況だからこういう自分になってるという視点を持つと、また別の意味でステップアップできそうですね。

(第2回に続く)

文/佐々木恵美 構成/志摩麻衣(日経BOOKSユニット)

人間はあいまいな状況に、不安を感じます。しかし私たちの日常には、不確実なシーンが数多く訪れます。すると人間は答えを急いで、不安を解消しようとしますが、それが「よりよい判断」につながるとは限りません。では、どうすればいいのか。本書は、社会心理学の観点からこの疑問に答えます。知識を深めながら、考え方や行動を見直すきっかけになる1冊です。

三浦麻子著/日経BP/2090円(税込み)