人間はあいまいな状況が苦手です。しかし私たちの日常には、「情報過多」「どっちつかず」「初めての経験」など、あいまいで不確実なシーンが数多く訪れます。では、どうすればあいまいな状況でも冷静に判断し、よりよい未来に近づくことができるのでしょうか? 今回は、知的活動のエネルギーとなる「認知」についての話。『「答えを急がない」ほうがうまくいく』(三浦麻子著/日経BP)から抜粋・再構成してお届けします。
ポンコツなときは、認知機能が低下しているのかも
次から次へと忙しく考えたり判断したりしていると、体を動かしていなくてもへとへとになってしまう。そんな状態のときは、うっかりミスが増えてしまう。
落とし物をしてしまったり、約束を忘れてしまったり、大事な連絡を見逃したりもする。さらに、人の話を理解するのが難しくなる。些細(ささい)なことでイライラしたり、我慢がきかなくなったりすることもあるだろう。
ひとことで言うと、いつもより人間的にポンコツになってしまう。
不注意や理解力不足やイライラなど、一見バラバラに見えるこれらの現象は、認知機能の低下という言葉でくくることができる。
体力も知力も限りある「資源」
心理学でいう「認知」は、知的活動の働きの総称だ。
知覚・判断・想像・推論・決定・記憶・言語理解などの働きが含まれる。感情の制御や注意を向けることなども知的活動の一部である。
運動しすぎると疲れて体が動かなくなるように、脳も使いすぎると働きが鈍くなる。
体の動きに関しては、私たちは日頃から何となく、残りのエネルギーを意識しながら活動している。長く歩いたり重い荷物を運んだりして疲れたら、座ったり寝転がったりして休んで回復を図るだろう。
また、後に体を動かす予定が控えていれば、その前の時間はあまり行動しないようにする。
ところが知的活動に関しては、そんなふうに残りのエネルギーを意識しながらうまくやりくりしている人は少ないだろう。
午前中に頭を使いすぎたから午後は休もう、ということにはなかなかならない。大抵の場合は、休めばいいのに、しなくてもいいネットサーフィンをだらだらして、ますます機能の低下に拍車をかけてしまう。
賢明なやりくりの判断を下す能力自体も失われているからだ。
そういうときに、「認知資源」という概念が役に立つ。
知的活動を行うエネルギーも限りある資源だと考えるのである。そうすると、いろいろな現象が理解しやすくなる。
「彼女は認知資源が減ると○○になる」
難しい交渉をしたり、たくさんの大事な判断を下したりするような場面では、認知資源を大量に使う。そんな1日を過ごしたら、夜にはもう認知資源が残りわずかになっているだろう。複雑な文章を読み解いたりすることはできない。
それどころか、夕飯に何を食べるのかを判断することすら苦痛になったりする。
また、大きな心配ごとに悩まされている場合、その悩みに対して一定の認知資源が費やされ続ける。
そのせいで普段より使える認知資源が少なくなり、仕事の質が落ちたり、注意散漫になって怪我(けが)をしたりするといったことも起きてしまう。
使える認知資源が減ると、いつもはできていることができなくなってしまう。
そういう経験は多かれ少なかれ誰もがもっているはずだ。
私の研究室には、認知資源が減ると妙に居丈高になる院生がいる。そんな時の彼女は、たとえば論文の査読者(論文の掲載の是非を決める、編集者から依頼された研究者たち)に売る必要のないケンカをふっかける。
「あなたはSNSで炎上(もしくは炎上に加担)するタイプだね」と言ったら、
「だからやらないんです」とのこと。正しい。
「認知資源」を通して自分の心理傾向を知る
自分の心理傾向を理解することは、世の中をうまく渡っていくために重要である。
ちなみに私は、たくさんのタスクに追われて利用できる認知資源が制限されると、曜日の感覚がおかしくなる。
夕飯も作りたくなくなる。そのうえ、悪食になって、健康に悪そうなものを食べてしまう。いくつかすべきことを忘れたりする。大学の入構ゲートで一時停止するのを忘れて、開きかけのバーに車で突っ込んだりもする。
認知資源という概念を導入して自分や他人を観察してみるのはなかなか面白いので、お勧めだ。そういう目で自分の生活を見直してみると、資源のうまい分配方法や使い方が見つかるかもしれない。
RPGゲームをたしなんだことがある人なら、身体活動のエネルギーはHP(ヒットポイント)、知的活動のエネルギー(認知資源)はMP(マジックポイント)の値だと思えばいいかもしれない。
MPは魔法の強さに応じて使うたびに一定の値が減っていき、ゼロになると魔法が使えなくなる。MPは宿屋で1泊すると回復するが、現実の認知資源も睡眠によって回復する。
認知資源が1日のうちで最も豊富なのは起床時だろう。だから、大事な仕事は起きて間もないうちにやってしまおうという仕事術が語られたりするのも一理ある。
認知資源もお金も使い方は自分次第
なるべく認知資源を減らさないために、着る服や食事内容をルーティンであらかじめ決めておくという人もいる。
ファッションや食事を趣味にしている人からは、そんなつまらない生活を……と思われるかもしれないが、着る服や食事にこだわらなければ、その分、節約した認知資源を他のことに回すことができる。
お金と同じだ。
何にどう使おうが、個人の自由である。その使い方を知っていれば、自分の望みに合った生き方をすることができる。
認知資源はゲームと違って数値で測れるものではないし、もともとの量も減り方も人によって異なるだろう。
でも、使いすぎると枯渇して能力が落ちることや、意識していなくても本能的に、なるべく枯渇しないように隙あらば勝手に節約してしまうことは、すべての人にだいたい共通した傾向だということを覚えておいてほしい。
この傾向が、私たちの判断に数々のバイアスをかけていくことになるのである。
三浦麻子著/日経BP/2090円(税込み)



