2025年12月4日、弁護士ドットコムは東京証券取引所の東証グロース市場から東証プライム市場へと上場市場区分を変更した。弁護士の資格を持つ創業社長として初めて自分の起業した会社を上場させた元榮太一郎氏をはじめ、20数人のキーパーソンの貴重な証言で綴るベンチャーストーリー、『世界は法律でできている』(日経BP)から一部を抜粋してお届けする。その第3回。

よもや(?)の当選

 上場企業の経営者のまま、国会議員になる――。弁護士ドットコムの創業社長である元榮太一郎は、2016年7月の参議院議員選挙に立候補した。

 元榮がチラシやポスターに掲げたキャッチフレーズは「あたたかさあふれる政治」。弁護士ドットコムを作ったのは、困っている人たちを助けたかったから。だから国政でも、困っている人たちに光を当てられるような世の中を実現したい、と訴えた。

 しかし実際には、選挙では何より人の心を打つということが大事だと知る。熱量、若さ、とにかく一所懸命に頑張っている姿……。小難しい話よりも、「私は政治で千葉県を変えたい」と必死で訴えることが共感を生むのだ。

 実際、政策を訴え続けていても、当初は手応えがあまりなかった。新人ということもあり、票読みは難しいとも言われた。事前のメディア報道では、むしろ劣勢が伝えられていた。

 ところが、そこから変化が起きた。元榮の若さと熱意を込めた懸命のわかりやすい演説、そして直接の握手が、人の心を動かしていったのだ。

 そして、投票日。当選確実は、NHKの報道をもって判断するとされていた。選挙速報が始まるのは、20時。早々と当選確実の出る有名議員の名が報じられる中、20時10分、弁護士ドットコムで元榮の秘書役を務め、政治活動のサポートも行う後藤顕治は我が目を疑うことになる。なんと、元榮の当選確実がテレビ画面に出たのだ。

 「選挙事務所は『ウォー!』という叫び声とともに大騒ぎになりました。ただ、こんなに早く当確が出るとは思っておらず、元榮は事務所にまだ来ていなかったんです。すぐに『本人に電話しろ』という指示が来て、電話して」

 10分ほどして顔を上気させた元榮がやってくると、選挙事務所には割れんばかりの拍手が起きた。まさに興奮状態の中で元榮の口から感謝の言葉が出てくる。そして万歳三唱が始まった。バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ。

 選挙事務所に、大人たちの喜びの声が鳴り響く。後藤は感極まって、涙が止まらなかった。苦しかった日々が思い出された。

 それでも全力でやりきり、当選というゴールに辿り着かせることができた。期待に応えられた安堵に、心からうれしさを感じた。獲得票数は、57万7392票にのぼった。

当選したあとこそ“ドブ板”

 上場後初の株主総会では、出馬に関する株主からの質問があった。社長を委ね、会長に就くことを決めていた元榮はこう答えている。

 「これまで、西武グループ創始者の堤康次郎は衆議院議長までやっている。鹿島建設の鹿島守之助、富士急行の堀内光雄、マツモトキヨシの松本和那など、過去にも政治家と実業家の両方で活躍してきた人もいる。同じ人間であれば、自分にもできるだろうと思い切って飛び込んだ」

 政治家と実業家の両方として活躍した人たちはたしかにいる。だが時代が大きく変わっていたことに気づくのは、当選してからのことだった。

弁護士ドットコム代表取締役社長兼CEO、元榮太一郎(写真=的野 弘路)
弁護士ドットコム代表取締役社長兼CEO、元榮太一郎(写真=的野 弘路)

 これまで経験したことのない厳しく苦しい選挙を経て当選した元榮だったが、それで政治活動は終わりではなく、むしろ始まりであることは言うまでもない。当選したあとこそ、むしろ“ドブ板”が求められることを知った。

 「あいつは選挙のときだけ、ご支援よろしくお願いしますとやってきて、そのあとは来ない」なんてことになると、地元で関係者や有権者から支持を失いかねない。当選の翌日から、地元を回る日々が始まった。千葉県の選挙区は東京からでも近いので、平日の夜にも行ける。朝も行ける。予定がびっしりと埋められた。

 10分だけ顔を出して、というものもあれば、挨拶をしてほしい、というものもある。1日に何件も予定が組み込まれた。ところが直前になって優先度の高いものがやってきたりすると、組み直しをしないといけない。

 常に流動的なスケジュールとなり、まさに分刻み。選挙中以上に忙しい日々が始まった。しかも、これは一時的なものではなかった。地元活動は、今の国会議員には極めて重要なもの。昔の政治家にダブルワークが可能だったのは、インターネットもSNSもない時代であり、活動がガラス張りになることもなかったからだ。

 当初は弁護士ドットコムの会議などにも出ていた元榮だったが、早いタイミングで経営者と国会議員の両方を務めることは現実的に難しいと判断する。もちろん、経営状況については定期的なレポートを受けた。

 参議院議員は任期6年。有権者から付託を受けた立場。この間に、国会議員としてやれることをやり切ろう、と考えるようになる。地元活動のために秘書の数を10人規模に増やし、優秀な人材を採用すべく私財を投じて待遇も上げた。一方で、国会の仕事に邁進する。国会質問にも積極的に挑んだ。

 多くの国会議員、自民党幹部、大臣はもちろん、総理大臣や官房長官ともコミュニケーションする機会を持った。財務大臣政務官や文教科学委員長も務める機会を得た。6年で政務官と委員長を務めるのは異例のことだった。

 政府の役職である政務官は営利企業の役職員との兼職を禁じられていた。元榮は一時的ながら1年にわたって弁護士ドットコムの代表取締役会長を退任する。会議にも出られなかった。

 そして2021年、恩師である国会議員に「民間に戻りたい」と申し出る。「やめるほうが難しい」とも言われる政治の世界、得票数57万7392人の付託を背負った中で、一期での退任。いろいろな批判を受けることも覚悟の上で、お世話になった一人ひとりに対して丁寧な説明と礼儀を尽くした。

 2022年6月、元榮は2017年6月に社長を退任して会長に就任して以来、5年ぶりに社長として弁護士ドットコムの現場に戻ってきた。弁護士であり、上場企業創業者であり、さらに国会議員という日本の歴史上ただ一人のトリプルキャリアの持ち主として。

日経ビジネス電子版 2026年2月12日付の記事を転載]

法律によって励まされ、法律によって社会をよくしようとするベンチャー、弁護士ドットコム。弁護士の資格を持つ創業社長として初めて起業した会社を上場させた元榮太一郎氏をはじめ、20数人のキーパーソンの証言で創業からの20年を綴る。日本初の電子契約サービス「クラウドサイン」などのサービスが生まれた背景や、会社が急成長できた秘密など余すことなく描く一冊。

元榮太一郎、上阪徹(著)/日経BP/2090円(税込み)